不快なはなし
*不快 *R15
避けきれずに内ももをスパッと切られた時、やられた、と思った。ぱっと舞う自身の血を横目に見ながら目の前の敵を叩き潰す。ガラスの人形はバラバラに砕け散って消え去った。
「内ももか……出血が酷いな。ちょっと見せてみろ」
だんだんと痛みを感じてくる。戦闘中はまるで感じなかった痛みに顔を顰める。フリオニールが自身の道具入れから薬草やらなにやらを取り出していくのをぼんやりと眺めていた。内ももを流れる血は不快だった。前にもこんなことがあったよなあと思えば胸の奥からゾワゾワとした何かがせり上がってくる。恐怖と気持ち悪さと、まるで知らないはずの、知ってはいけないはずの何かをオレは……。フリオニールがオレの目の前にいる。何かを言っている。口が動く。手が動く。目が動く。ああ、ああ、はくはくとオレの口は浅い呼吸を繰り返す。フリオニールの輪郭がゆらゆらと歪んで、フリオニールだというのに、フリオニールではなくて。フリオニールは、フリオニールに、フリオニールが……。
「うわあああああ!!」
オレは目の前の人物を突き飛ばして駆け出した。出血がなんて気にしていられなかった。逃げ出したかった。見えない無数の手が身体中に絡みついてくるようで怖かった。内ももから垂れる血液はオレの記憶を呼び覚ます。
嫌だ、やめてくれ!
やめろ!
オレは!
オレは男だ!
やめてくれ!
どうして!
そこは……
嫌だ!
入ってくるな!
やめてくれ!
嫌だ!
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!!!
せり上がる不快感に足を止めてそのまま戻した。血と吐瀉物と泥と混ざりあったこの臭いをオレは知っている。後ろから誰かがオレを呼ぶ声がする。嫌だ、嫌だ。どうして? オレはチームメイトだっただろう? そんなにオレが気に入らなかったのか? 勝てたことにあんなにも喜んだじゃないか! どうして? どうして……。オレのこと、気に入らないのならそれでも良かった。でも、気に入らないからって、そんな……。気持ち悪くてオレはまた吐いた。もう胃の中に何も無いのに。ティナが作ってくれたはずのシチューも、フリオニールがくれたおやつの果実も、みんなみんな戻した。元の綺麗な形はない。オレの中に一度入って、オレの中から出ていったもの。何度も何度も咀嚼され、オレの中でぐちゃぐちゃになって、吐き出されたもの。それをまるで自分のように思えて呆然としていれば、フリオニールの鎧の擦れる音が聞こえてきた。
「大丈夫か?」
彼はオレの顔を見て少なからずほっとしたようで、それでいてある一定の距離を保っていた。そうだろう、オレは彼を突き飛ばしてしまったのだから。
「……その、触られることは嫌かもしれないが、これは命に関わることだ。お前が俺のことを嫌いなのは構わないが、手当だけはさせれくれ」
慎重に近づく彼に違うんだと叫びたかった。ごめんなさいと言いたかった。それが出来ずにオレはただなすがまま、彼の治療を見ていた。
フリオニールは応急処置を終えると、一旦戻ろうと告げた。オレは確かに戦える状況ではないし、ひどく疲れていた。彼は嫌かもしれないが、と背中に乗れと言う。オレはその優しさが嬉しかったし、それでもあんなことをしたのに、オレは汚れているのにともごもごと後ろめたさを口にした。いいから、という彼に泣きたくなって背中に身体を預けた。ごめん、ごめん、フリオニール。違うんだ、怖かった。怖かったんだ。フリオニールはああ、分かってるよ、と答えてくれたけど、たぶん、彼とオレの話は噛み合ってないんだろう。そう思った。それでもこの話はもうしたくなくて、ずっとごめんと謝り続けた。
2016.12.29
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