*現パロ *モブとの絡み有り *性描写有り

「ねえ、どうしかしら?」
「わぁ、悪趣味ぃ〜」

彼女が差し出した手には真っ赤なマニキュアがてらてらと塗られていた。まるで指先から吹き出す鮮血のようだとティーダはぼんやりと思った。

「あはは、酷いわね。ティーダ、あなたにも塗ってあげるわ」

そう言ってマニキュアの蓋をクルクルと開け始めた彼女にヤだよと笑えば彼女はお揃いは嫌なのね、と全然嫌そうではない口調で告げた。
彼女との関係は恋人とは違う、とティーダは思っていたし、彼女もそうだと思っていた。確かに恋人同士がするようにキスもした、セックスもした、寂しい夜に肩を寄せて孤独を慰めもした。でもそれはやはり恋人同士のような甘く、永遠の休息が約束されたような、優しさではなかった。どちらかと言うと暴力だとティーダは思う。暴力。痛み。それが、彼女とティーダを繋ぎ止める、そして生と繋ぎ止める唯一の方法のような気がしていた。
彼女のことは、好きだった、と思う。少なくとも、キスをして、セックスをするくらいには。彼女もまた同じように。だから少なからず驚きはした。この関係はもうやめましょう、と告げる彼女の下品な血の唇は色褪せた世界で唯一ぬるぬると動いていた。

「はあ」

一呼吸置いて出てきたのは何とも間抜けな息で彼女はなんだか可笑しそうに眉を歪ませた。所詮この程度だったのだ。彼女との関係なんて。互いの傷を舐めて、それが治らなくても、カサブタすら作ることが出来なくても、生乾きのまま、その孤独を慰めることが出来るなら、その方がいいと思ったのに。

「そっか、それじゃあ」

別れは呆気なかった。彼女は全てのものをティーダの家に置いていった。下着も服も歯ブラシも、あの下品なマニキュアも。そこに彼女がいた形跡はあるのにそこにはもう彼女を見ることは無かった。もう使われることはないのに、なんとなく面倒で捨てることを忘れていた。



もう季節は冬だった。ほんの気まぐれで寒いアパートを川沿いに歩き、その辺の駅から都心に向かって電車に乗った。携帯と財布しか持っていなかったから人混みの中、手持ち無沙汰に窓の外を見た。

(ひでぇ顔……イケメンが台無し)

窓ガラスに反射する自分の窶れた顔はまるで別世界の自分と同じ顔をしたガラス細工のブサイクな人形のように感じた。きっとこいつは声もガラガラで似ても似つかないんだとそう思ってしまった。そんな自分を見つめるのが嫌でティーダは目を伏せた。
大きな駅は人の匂いで溢れかえっていた。汗の匂い、化粧の匂い、恋の匂い。別に用事があったわけではないのに。なんでこんな所にいるのかなあと道行く人を見ながらぼんやりと思う。ああ、きっと自分は自分が思っていたよりも彼女のことが好きだったのかもしれないとそのときになって思われて、ああ、女々しいやつと悔しくなった。都心の、大きな本屋で、読んだこともない小説でも読もうと、少しセンチメンタルな気持ちになりながら出口へと向かう。そのときに見えた黒のジャケットの彼は、ああ、あまりにも彼だった。
スコール。
スコール・レオンハート。
彼はこちらには気付きもせずに人の波に攫われていく。たくさんの匂いの中に彼の独特の匂いが鼻先をくすぐったように感じた。彼との関係はとっくに終わっていたのだ。そうだ、そうだった。あれは幼い間違いだった。小さな子供がふたり、その中に抱えた不安と孤独と傷をみんなみんな慰めるただ野生の獣のような関係だったのだ。別れた彼女よりももっと、もっと、深いところを舐めあった半身のような関係だったのだ。思いっきり後ろから肩をぶつけられて初めて自分がこの人波の中、彼の消えた方向を見て立ち止まっていたことに気がついた。すみませんと謝ることすらしない忙しいサラリーマンに嫌な気持ちは湧かなかった。

駅前の書店は次の年のスケジュール帳が所狭しと並んでいて、まるで来年の予定すらさっさと決めろと眺める人に訴えているようだった。その脇を抜けて奥の文庫コーナーに行く。なんだか不釣り合いだなあとおかしくなって笑った。本なんてどれくらい読んでないんだろう。学校ですら図書館には近寄らない人間なのに。自分の存在がおかしくなってティーダは笑った。たまには適当に本を買って読んでみるのも悪くない。
彼はよく本を読んでいた。難しい本も簡単な本もなんでも読んでいた。構ってくれよと声をかけると彼は無言でこちらを見て本にしおりを挟んで来い来いとしてくれたものだ。そうするとティーダはそれに従って彼の腕の中に包まれて幸せなんだと感じるのだった。そうしてしばらくするとティーダを抱えたまま彼は読書を再開するのだ。そうじゃないだろうとティーダが訴えても彼は静かに抱きしめてそのまま空想の世界に入り浸るのだ。
スコールもティーダも親と呼べるような人間はいなかった。ティーダに父親はいたが彼とは不仲で、尚且つ彼が七つのときに行方不明になった。スコールにも父親はいたが、彼は幼い頃孤児院にいたし、実の父親が彼を引き取っても彼は忙しく子供に構う暇すらなかった。ふたりとも母親はとっくに他界していた。そして両親からの愛というものを知らなかった。愛がどういうもので、どういう風に与えられて、どういう風に与えるものか、それを知る機会を彼らは失っていた。普通の人なら持っているものを、彼らは持っていなかった。
スコールとティーダはルームメイトだった。同じ学校の同じ寮のルームメイト。顔を合わせて生活をした。彼らはルームメイトであってもどこかにきちんとプライバシーの境界線を引いていた。はずだった。しかしながら孤独という寂しさの前に幼子が積み上げたダンボールのバリケードなど無意味なものだった。

『寂しいの。ねぇ、寂しいの』

そう下着姿で訴えてくるテレビの中の女はまるでそのままティーダとスコールのようだった。寂しさを紛らわす方法を彼らはそれ以外に知らなかった。例えばそのドラマの男女が温かな食事をし、抱きしめ合うことで孤独の寂しさを紛らわせていたのならば。彼らは身体を重ねようとは思わなかったのかもしれない。卵から生まれたヒヨコが、最初に見たものを親とするように。彼らにとってセックスは孤独を慰める唯一の手段だった。

結局彼が手にしたのは平積みにされている、当たり障りのない恋愛小説だった。表紙を見て、ぱらぱらと捲って、レジに持っていく。1000円札を出して、お釣りをもらう。カバーはおかけしますか? はい、お願いします。ありがとうございました。そう言って頭を下げた店員から本を受け取ってそれを財布と一緒にケツのポケットにねじ込んだ。
さっき見かけた彼のことが気になって仕方がない。駅にいればまた会えるような気がして、ティーダは待ち合わせの人の中に身を置いた。

セックスは彼らにとって寂しさへの処方箋だった。薬だった。それを飲まねば死んでしまうぐらいに溺れていた。それが非生産的なことであっても。そんなことはどうでもよかったのだ。あがる声も息遣いも、出された精も、その全てが生だった。

「スコール!」

彼の姿が見えたとき、躊躇いもなく呼びかけた。スコールは目を開いて驚いたようにこちらを見る。ティーダは彼に駆け寄って久しぶり、と努めて明るく言った。

「どうしてこんなところに?」
「ちょっと用事があってさ。偶然、スコールを見かけたから。元気かなって」
「俺は元気だが。アンタは? 相変わらずブリッツか?」
「ああ、そうッスよ。この前レギュラーになったんだ」
「そうか、それはよかった」
「なあ、スコール」

セックスしようぜと、まるでどこかでお茶しようと言うぐらいの気軽さでティーダはスコールに声をかけた。彼は顔色一つ変えずティーダを見つめていた。こっちと行って手を引くティーダは電車にスコールと自身を押し込めた。たくさんの人を乗せた小さな箱にゆられて海の見える静かな街にふたり、降り立った。冬の海は寂しい。彼らの間に会話はなかった。漏れる息だけが白く揺らいで消えた。今朝出てきた部屋は寂しいまま散らかり放題だった。そのままスコールを部屋に入れてティーダは彼に口付けをした。寂しい、寂しいと。全身が、その場所が、告げていた。薄く開いたスコールの唇に忍び込ませた舌はゆっくりと彼の歯をなぞっていく。その存在を忘れないように。大切に、舌先に残すように。いつしかスコールもそれに応えるように舌先を交わり合わせる。唾液が混ざればその孤独が安らぐような気がした。麻酔みたいだと、ティーダは思う。スコールは麻酔。孤独と寂しさを忘れさせてくれる、そんな麻酔。口元から垂れた銀糸が輝いて、ふたりを繋いでいた。服の中に割り込むスコールの、長く細く、それでいてゴツゴツとした手が熱かった。彼の触れたところが火傷のように熱を持った。夢中になってもう一度口付ける。いつの間にか服は脱がされていた。熱い。熱い。口から、皮膚から、全身でスコールを感じていた。ゆらゆらと揺れる自分の足をスコールの肩越しに眺めながら、ああ、いまオレは、スコールとセックスをしているのだとなんとも今更なことを考えていた。それは生きているのだということをティーダに理解させるのにじゅうぶんな要素だった。あやふやだった彼の存在は、スコールから孤独を受け取ったことでようやく輪郭を示した。別れてからずっと、ずっともやもやとしていた霧が晴れたような気がした。

朝は皆に平等にやってくる。綺麗に整えられた部屋にも、汚れ散らかった部屋にも、そして彼らがセックスをした小さなアパートにも。ティーダが目を覚ますと横には静かに呼吸するスコールが寝ていた。不思議だった。あの頃に戻ったように思えたから。なんとなく悔しくて彼に口付けをした。スコールは少し顔をしかめ寝返りを打つ。ちょっと悔しくなって、散らかった床に落ちていた、血のマニキュアを手に取った。スコールの色白な手に赤を落とす。マニキュアを塗ったところから血が通っているように感じられた。あの硬派なスコールの指先に下品なマニキュアがあることがなんだかおかしくて、ティーダは笑った。これってもしかして幸せなのかもしれないと、彼は思った。

2016.12.27

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