空白
*死ネタ

恋人同士だからってわけじゃないけど、何か証が欲しかった。そう言って笑う彼に俺は少し思案して、なら、ピアスでも交換するか、と問うた。俺がそんな提案をすると思わなかった彼は少し驚いた表情をして、それからぱっと満面の笑みを浮かべて頷いた。この世界にはデートする場所もプレゼントを買う場所もないから、少し寂しいと。いつもそばにはいれないから、スコールをもっと感じていたいと。困ったように言うものだから、どうしても安心させてやりたかった。

ティーダの少し長めの髪に隠れるように、それでもきらりと光る俺のシンプルなピアスはまるでコイツが俺のものだと言うことを静かに主張している。ピアスを左手で弄びながら、なんか違和感があると彼は笑った。ティーダのピアスは彼が元いた世界で所属していたスポーツチームのロゴマークだと言う。胸のネックレスと一緒なんだと初めて見せてくれた時のことが思い出される。俺には少しごつく、少し大きなそのピアスを付けると、彼はわあと感嘆の声をあげた。

「なんだか、面白いッス。スコールがオレのピアス付けてて、オレがスコールのピアス付けてるなんてさ」

ちょっとスコールにはごついかな、でも似合ってるよ。そう言って彼が笑えば愛おしさが溢れてくる。彼が付けている、己の一部だったその銀の飾りに手を這わせ、そのまま頬を撫でると彼は気持ちよさそうな表情をして、甘えたように擦り寄ってくる。そのまま俺はティーダの薄桃色の唇に口付けをした。彼から伝わる体温に、俺の耳にいる彼の一部が共鳴するように熱を帯びる。熱に浮かされるように貪れば彼はそれに必死に応えようとするのがわかった。恋人同士の証が欲しいだなんて、わざわざ形がなくても、こうしていること自体が証だろうと。離れていてもその気持ちは変わらないと。そう思いつつも同い年の彼が求めるものはすべて与えたいと思ってしまったから。

◆◆◆

俺の髪はそこまで長くはないし、ましてやティーダのピアスはごついから気が付かれるのに時間はかからなかった。

「あら? スコールが付けてんの、ティーダのピアスじゃん?」

面白いものを見つけたと言うようなジタンの表情が憎らしい。交換したんだと言えば意外だなと彼が笑った。

「なんかスコールってそういうことすると思わなかったなあ。あ、もしかしてティーダからか? どちらにせよ、お熱いねえ」

うるさいと払えばけたけたと笑う。遅かれ早かれ指摘されることは分かっていたけれどもなんだか居心地が悪くてその場から去りたくなった。

「まあ、いいんじゃねぇの。そういうことしてもバチなんか当たらないって。そういうこと、今しかできないんだからさ」

ジタンと同じように笑ってたバッツが俺を慰めるように言う。今しかできないからという彼のひとことにじゃれ合いのような雰囲気は少しなりを潜めた。一瞬の静寂。そうだ、そうなんだ。今しか、できないんだ。俺とティーダはいつも一緒にいるわけじゃない。俺はジタンとバッツと、ティーダはフリオニールとセシルとクラウドと。拠点に帰ってくる時期はばらばらだし、すれ違いも多い。少し前は本当に偶然だったんだ。偶然、帰りが重なって。拠点でゆっくりできたんだ。だから彼が何かが欲しいとねだった。離れていても、そばにいれるようにと。女々しいのかもしれない。ティーダも、俺も。

「もう少し先に行ってみよう。何か手がかりが見つかるかもしれない」

そう言って立ち上がったバッツに倣う。にやりと笑った彼はそのまま駆け出す。ジタンがおい、待てよ! とその後を追いかける。それはこっちの台詞だと、叱りつけるようにふたりに置いていかれないように駆け出すのに時間はかからなかった。

闘いは熾烈を極めていた。イミテーションは少なくなってきたと言えども、油断は決してできない敵だった。振り下ろされる虚構の兵士の一撃は重い。矢をあてがう模倣の義士の狙いは的確だった。うつろいの騎士の剣先は身体に多くの傷を作る。うたかたの夢想は揺れるように剣を振るった。剣戟が轟く中、弾き飛ばしたガラス片は跡形もなく消え去る。うたかたの夢想は彼とは似ても似つかぬしゃがれた声をあげ粒子へとその姿を変えた。ちらりと見えた耳元にはザナルカンド・エイブスのロゴマークが輝いていて、彼が、彼でないことを、改めて理解する。
連戦続きで疲れた身体は言うことを聞かない。四肢を投げ出したジタンに敵に見つからないよう、早く歪みを抜けるぞと言えば生返事が帰ってくる。ため息を付きながらほら、とジタンに手を差し伸べるとよろよろと彼の手が重なった。ない力で彼を引っ張りあげようとした刹那。ごうっとまるで洪水に飲み込まれたような激しい感覚に襲われた。ぐちゃぐちゃと視界が黒く塗りつぶされるように急に意識が遠くなる。遠くで誰かが俺を呼んだ。ジタンとバッツが驚いたように声をあげた。全身を突き刺すような痛みと、身体がバラバラに消えていく感覚。つま先から粒子になる不安。声を上げても届かないそんな押し潰されそうな感情が、熱い。熱が、耳から、全身に、洪水のように駆け巡って、消えた。大丈夫かと心配するジタンとバッツの声が聞こえる。掠れた声で返事をすれば、まだ安心してはないだろう、不安気なジタンの表情が伺えた。

「顔色が悪い。もしかしたらさっきの戦闘で何かあったのかもしれない。早く移動して休んだ方がいいな」

バッツが周囲を警戒しながらそう告げる。一人で歩けるから、もう大丈夫だからと、疲れている彼らに迷惑をかけたくなくて、本当にもうなんともないのだと、歩き出した。

「なあ、本当に大丈夫か?」

腰を落ち着ける場所でジタンが隣から覗き込んでくる。もう、なんともない、悪かった、心配かけて。そう言うと、ならいいけど……と不安気な表情のまま、目線は俺の耳元で止まった。

「……どうした?」
「スコール、ピアスが……」

はっとして耳元をまさぐる。そんなはずはないと思ってもそこにあるはずのものはなかった。慌てて周囲を探しても光る銀色の姿はない。

「……さっきの戦闘で落としたのかもしれない……」

慌てて探しに行こうと立ち上がった俺をジタンが引っ張って制止した。

「今日はもう、やめとこうぜ。俺たちは疲れてるし、またイミテーションが出てくるかもしれない。あの歪みへの行き方ももう分からないだろ。……ティーダには悪かったって言うしかないけどさ」

そうだ、俺のわがままで彼らを危険に晒すわけには行かない。理性ではわかっていても、本能では探しに行きたくて仕方がなかった。まるでそれは彼の、ティーダの一部をなくしてしまったように不安になったんだ。わかってる。もうあの歪みには戻れない。戻れたとしても戦闘の跡、ぐちゃぐちゃの中ピアスを探すのはあまりにも無謀なことだった。脱力感しかない中、ジタンが毛布を寄せてきた。不寝番はバッツがするから、俺たちは休もうと静かに身を寄せる年下の彼の優しさが、無性に泣けてきた。



一旦、聖域に戻ろうと提案したのは誰だったか。あまり長く聖域を離れていたわけでもなかったが、それでも急いで帰らねばという使命感がどこかにあった。ティーダにピアスのことを話さねばと。イミテーションのこともだ。強くなっている。少数で動くのはやめた方がいいのかもしれないなあとぽつりといったバッツのつぶやきが耳に残った。
聖域は慌ただしかった。帰ったぞーというバッツの間延びした声にオニオンがバッツ! と声を上げた。

「バッツ! 助かった。あのさ、人手が足りないんだ、早く、こっちに来て!」

ただならぬオニオンの様子に何があったのだと尋ねる隙もなく、バッツは引きずられていく。お、おい、と言ったジタンの声は行き場を失って消えた。

「……ジタン?スコール?」

このあまりにも弱々しい声は誰だろうか。声のした方を向くと、フリオニールが泣きそうな顔でこちらを見ていた。フリオニールは傷だらけだった。一応手当てはされているものの鎧には染み付いた血が色濃く変色している。

「お、おい、フリオニール、大丈夫か?」
「俺は、平気だ……それより、クラウドが……、ティ、ティーダが!」

はっとしたようにフリオニールが俺はを見て、すまないすまないと彼は謝罪を述べた。ぽろぽろと涙を流しながら彼はただひたすらにその言葉を繰り返す。ジタンが落ち着けと諭しても彼は止まらなかった。ジタンが俺、何かフリオニールが落ち着ける飲み物でも持ってくるよと聖域の向こうにかけていく。フリオニールにどうしたのだと尋ねたところで返ってくるのはただすまないという謝罪しかなかった。
ジタンが持ってきたハーブティーは彼を落ち着かせるのに充分だったろう。ぽつりぽつりと彼は話し始めた。いつもの4人で探索をしていたこと。イミテーションに襲われたこと。反応が遅れたティーダを庇ってクラウドが負傷したこと。数が多くて彼らの援護に行けなかったこと。悲鳴が聞こえたこと。血塗れで倒れるティーダとクラウドが見えたこと。さあっと血の気引くのを感じた。フリオニールは俺を見るとずっと握りしめていた右手を差し出した。開いた中にあるのは、俺の、シルバーの、ピアスだった。俺が、ティーダと交換した、あの、シンプルな、ピアスだった。震える手でそれをつまむと、フリオニールがそれしか、それしか残らなかったんだと告げた。流した血も消えたと。クラウドはいまも治療している。意識がないんだとフリオニールがつぐ言葉はもう耳に入らなかった。

その日はどうしたのか分からない。クラウドは未だに目を覚まさないらしい。オニオンとバッツが付きっきりだったのは覚えている。フリオニールは傷心仕切っている。セシルの姿は見えなかったが、彼も相当傷を負っていてずっとティナが看病しているのだろう、彼女の姿も見当たらなかった。ジタンにスコールは休んだ方がいいと、明日の不寝番はお前だからと言われた。誰もいない天幕の中、フリオニールから渡されたピアスは未だに手の中できらきらと輝いている。左の耳元に触れるとそこにはもうごつく重たい銀のピアスはないことを知る。そうか、ああ、そうか。あのとき、ティーダは俺を呼んだんだ。どうして俺はそのときそばにいてやれなかったんだろう。どうして気が付かなかったんだろう。あの感触は全部ティーダが経験したことだったんだ。怖かった。辛かった。そばにいて抱きしめてやりたかった。ピアスなんかじゃダメだった。結局形も何も残らなかったんだ。
もともと俺の一部で、ティーダの一部となったピアス。ピアス自体は前と同じように輝いていてももうそれを愛おしそうに見て、触れてくれる恋人はいないのだと、静かに涙がこぼれた。



2016.12.4


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