世界をかえさせておくれよ

夜が明ける瞬間の、世界が変わる時が、好きだ。何もかもが遠く、まるで自分が世界から切り離され、またすぐに呼び戻されるような、そんな感覚が、好きだ。

◆◆◆

この世界に呼び出されたこと、そりゃ、理不尽だって怒ったり泣いたりした。だってさ、気持ちよく眠っていたのに叩き起されて、戦えって。そりゃあ、怒るよ。でもこうやって仲間と呼べる存在に出会えて嬉しいし、感謝はしてる。辛いことも多いけど、彼らとなら、別れたあともこの気持ち、大切に取っておける気がするから。

「眠れないのか?」

もぞもぞと寝返りをうっていたオレに隣で毛布にくるまっていたフリオニールが声をかけてきた。

「なんかちょっと、目が冴えちゃってさ」
「そうか……明日も早いからな」

そう言いながらフリオニールは道具袋に手を伸ばす。天幕の中は暗いが、入り口から僅かにさす月の光で彼が上半身を起こし道具袋の中を探っているのがぼんやりと窺えた。
あまりいい方法じゃないんだが、と彼が取り出したのはどうやらアルコールのようで、少し飲めば眠れるだろうと勧めてくれた。オレはアルコールを飲んだ記憶がなかったから少し考えたのだけれど、彼の好意を無駄にしたくはなかったし、それで眠れるならと一口煽って毛布に潜り込んだ。


遠い嘶きに目が覚めた。外から漂う冷気にまだ夜明け前だということを知る。フリオニールにはまだ眠っているらしい。彼の呼吸に合わせ、規則正しく上下する毛布はまるでその存在自体が世界の幸せのように感じた。もうこんなにも目が冴えてしまっては眠れはしないと、隣の彼を起こさないように天幕を出る。伸びをして思いっきり深呼吸をすると、冷えた空気が全身を巡って、身体中のスイッチが切り替わるような感覚に襲われた。様々な天幕が囲う中心に近寄ると、哨戒しているスコールの姿がぼんやりと見える。

「……ティーダか? 早いな」
「ん、スコール、おはよう。なんか目が覚めちゃってさ」

毛布にくるまっているスコールの横に腰を下ろす。もう随分と遠くなった火を見つめながら手で近くに落ちている枝を折、投げ込む。
スコールとオレはそんなに仲良くはないと思う。挨拶はするし、ちゃんと今みたいな会話もする。だけど、スコールがジタンやバッツと話すように、オレがフリオニールやセシル、クラウドと話すように何かこう、ワイワイガヤガヤした雰囲気には決してならない。友達の友達。そんな感覚に近い。だからといって、なにか話さなきゃって焦るほど、安心出来ないわけじゃないんだ。スコールについてあんまり詳しくはないから、そのことを聞いてもいいのだろうけど、彼はあまり自分のことを話すのは好きじゃないように思えるから。それにほら、こうしてただ焚き火を眺めているだけでも、居心地は悪くは無いから。

それでも、それだから、少し意地悪な気持ちが働いたんだ。

「なあ、スコール、暇じゃない?」
「はあ?」

隣の無口な彼にそう話しかけると呆れた返事が帰ってきた。そりゃそうだよな、こいつはいま見張りしてるところなんだから。

「見張りってさ、飽きない? 誰も来ないって。イミテーションもカオスの奴らもさ。だから、ちょっとオレに付き合ってよ」

彼の顔を覗きながら言うと、彼は馬鹿にしているのかと言ったように眉間に皺を寄せた。

「万が一に備えているんだ、飽きる飽きないの問題じゃない。第一、俺は見張り番だし、どうしても用事があるならフリオニールあたりを起こせばいい」

まあ、そうだよな、オレもそう思う。そうだけど、そうじゃなくて。オレはスコールがいいんだよ。いまこの世界、オレとこの空間を共有している、スコールがさ。釣れない事を言うスコールは毛布を引き寄せ、傍の木の枝を焚き火に放る。パチリと火花を散らしてそれは緩やかに火が移る。

「スコールがいいんだ」

焚き火から目をそらさずに言った言葉は小さかったけれど、きっと彼に届いたのだろう。視界の隅で揺れる影は少しばかり動揺しているようだった。

「スコールが、いいんだよ」

ゆっくりとスコールのほうを見ながら言う。彼もこちらを見ていた。目が合った瞬間が、なぜだか永遠を感じさせ、そしてそれは刹那に終わった。

「なぜ……?」

どうしてだろう。オレも分からないけど。もしかしたら、彼とオレは近くないからかもしれない。決して、近くはないけれど、遠くもない。だからかもしれない。
彼が眉を寄せている間にオレは立ち上がって、スコールの腕を取った。そのまま引きずるように駆け出す。スコールはあまりに突然のことにびっくりしていたし、転ぶことはなかったけれど、彼はオレに静止するよう名を呼んで叱りつけるように怒鳴った。それでもオレはスコールの腕を離さなかったし、止まりもしなかった。振り返りもしなかった。振り返って、彼の怒った顔を見たらなんだか泣いてしまいそうな心地に襲われたから。大丈夫、そんなに野営地から離れるつもりは殊更ないから。そんな言い訳にもならないこと思いながら走り続けた。


ざざーん、と、波が寄せる音が聞こえる。森を抜けた先にあるのは海を臨む崖だった。そこまで来てオレはようやくスコールの腕を掴む力を弱めた。彼はどうやら相当に怒っているらしく思いっきり腕を払われた。

「ティーダ! いい加減にしろ! なんなんだ……」

今来た道を急いで戻ろうとするスコールを引き止める。訝しげな彼を捕まえながら、海の向こうを指差す。

「夜が、明けるんだ」

びっくりしただろう。そうだろう。オレは静かに泣いていたから。彼にはオレが朝日を後ろから浴びて光背が輝いていたように思えただろう。まあ、そんな崇高なものでは決してないのだけれども。スコールを捕まえた腕は力なく垂れていたが、彼はそれを払うこともなく、ただオレを見つめていた。夜が明ける瞬間はあまりにも短く、それを共有できたことは少なくともオレの中に静かな満足感を与えた。決して仲がいい訳では無い彼との小さな秘密を共有した気がして。それは本当にオレの我が儘なのだけれど。

太陽が水面に姿を現したころにスコールははっとしたようにオレの手を振り払って野営地へと帰っていった。オレはまだその満足感に、幸福感に浸っていたくて、彼が消えた先をずっと見つめていた。



2016.12.02


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