不思議な夜
この世界にも星はあるらしい。次元城の先、奥に深い泉をたたえる森は鬱蒼としていた。その木々の合間から見える星たちはキラキラと瞬いている。不寝番には慣れていた。戻ってきた記憶は少ないが、自分はもともと傭兵であったのだ。よくこうして静かな夜に星を見上げたのだと、ぼんやりと思った。
俺がティーダに合流したのは2、3日前のことだった。俺がバッツやジタンとはぐれ、ひとり聖域を目指していたところ、同じくフリオニールとセシル、クラウドとはぐれたティーダと出会ったのだ。ティーダは助かったといい、出会うなり俺に抱きついてきた。みたところ、確かにティーダは野営慣れしてはいないようであったし、そもそもひとりでいるところなど見たことがなかった。きっと不安だったのだろう。本来なら俺が不寝番をしているこの時間、キチンと横になり身体を休めるべきであるはずなのに、ティーダはいま俺と同じ毛布にくるまって肩にもたれ掛かって寝ている。これでは意味が無いしそう言って何度も起こし、ちゃんと休めというが彼は決して首を縦に振らなかった。そうこうしているうちに俺が折れてしまったのだ。近くにあった枝を折り、焚き火に投げ加える。爆ぜる音に目を覚ましたティーダは交代する、と申し出た。
「もう少し寝ていろ」
そう言うと大丈夫大丈夫、いつもスコールばっかり長く不寝番してるじゃないッスか、たまにはオレを頼るべきだって、とからからと笑いながら言う。それはそうだが……と渋っているといいっていいって寝るっスよと俺の頭を抱えて自らの肩に乗せた。たまには……まあいいかと思って俺は静かに目を閉じた。
気がつくと、見覚えのない街にいた。そこは鬱蒼とした森でも、戻ってきた記憶にあった学園の風景でもない、鮮やかネオンが光る、俺の知らない、光の街だった。
「……どこだここは」
周りを見渡しても知ったものはない。文字も読めない。はっとして仲間の姿を探す。
「ティーダ、おい、ティーダ。どこにいる? おい」
周りの人間はちらりとこちらを見たもののそのまま街の流れに消えていった。隣で野営をしていた青年の姿が見えない。焦りと不安が募っていく。そんな時、スピーカーを通したような大きな声が響いた。
『さあ、お待ちかね! 今日の試合はエイブスとダグルスの試合だ! もちろん注目の選手はエイブスのあいつ!』
その声にはっと顔を上げて巨大な液晶パネルを見上げる。そこには爽やかな笑顔のティーダの姿があった。
「ティーダ!」
俺の焦りを秘めた声は周りの黄色い歓声に混ざり、その中に消えていった。そういえば、ティーダは元の世界では有名なスポーツ選手だと言っていた。もしかしてここはティーダの世界なんだろうか。先程のアナウンスでは試合と言っていた。今日は試合があるらしい。もしかしたらティーダは試合会場にいるかもしれない。
「あの」
道行く人に今日は試合があるのか、その試合はどこで行われるのかを尋ねる。あちらだと丁寧に教えてくれたその人に礼を言うと不安からか焦る気持ちのまま駆け出した。
ブリッツボールのスタジアムはすでに大勢の人で溢れかえっていた。入場するにはチケットが必要だと、ないのなら売店で買えと受付に言われる。チケットも無ければこの世界の通貨など自分と同じ世界のものだろうか……と考えながらズボンのポッケをまさぐるとくしゃりと、何かの手応えを感じた。引っ張り出すとそこにあったのはエイブス対ダグルスの試合チケットだった。何故? という疑問しかない。が、このチケットを使えばティーダに会えるかもしれない。なんとなく、それは今日のこの試合のチケットであるように思えた。受付で差し出し、半券を貰う。パネルで自らの席を確認し、そのまま席に付いた。スフィアプールを囲う人々はまだ試合前だと言うのに熱をもっている。その中でこの状況にひどく落ち着いた自分がいて、まるでシャボン玉の中に閉じ込められたようだと思った。
わっという一際大きな歓声にシャボン玉が弾ける。水が見る見るうちにスフィアプールに満たされてゆく。その中を選手達が鮮やかに舞っていた。はち切れんばかりの歓声を浴びながら登場したのは、よく知る仲間の金色だった。ティーダはまるで魚のように縦横無尽にスフィアプールの中を駆け巡ると大きく中央で飛び上がり、また水中へと戻っていった。呆気に取られたまま見つめていると、どうやら試合が始まったらしい。ティーダの動きは鮮やかで、生き生きときていて、普段の快活さとはまた違う、生命力を垣間見た気がした。試合はエイブスが優勢を保ったまま順調に進んでゆく。歓声がだんだんと遠くなる。俺はただティーダだけを見つめていた。試合が終わっても熱は冷めない。熱を持ったスタジアムはずっとずっと輝いていた。
スタジアムの外、出待ちするファンに紛れてティーダを待つ。爽やかな笑顔を見せながら、滴る水も気にもせずにそいつは皆の前に姿を現した。わっとファンに囲まれ、サインをせびられ、その勢いに負けて俺はだんだんとティーダから遠ざかっていく。このままではいけない。
「ッ、ティーダッ!」
俺の声など、騒音と歓声に掻き消えたと思った。実際周りはガヤガヤとしていて、ティーダ自身がその中心にいたのだから。しかし、あいつは真っ直ぐこっちを見つめていた。少し驚いた顔をしていたが、そのままいつもの笑顔になる。周りのファンにちょっとごめんな、と言いながら人混みをかき分け、俺の方に寄ってきた。
「スコール、ちょっと歩こう」
そのまま俺の腕を掴んでティーダはファンをかき分けていく。おい、と制止する俺の声を無視してズンズンと進む。気がつけば周りに人はおらず、静かな海岸線が広がっていた。
「……ティーダ、」
「ごめん、スコール!」
そういうとティーダは目の前で両手を合わせ、お辞儀してきた。どうやら謝っているらしい。俺が訝しげな顔をしたのが分かるとそのままいつものように右手を後頭部に持っていった。
「ごめん、スコール。オレ、スコールの夢にイタズラしちゃった」
「イタズラ?」
よく分からない。俺の夢にイタズラ? なんの話だ。
「いや、ほら、えーっと、オレさ、スコールにもっとオレのこと、知って欲しくて。ちょっとイタズラして。スコールをオレの夢の中に招待したっつーか、なんつーか」
歯切れ悪くティーダは目を泳がせる。夢の中に招待?
「……ここはお前の夢の中なのか?」
「んー……まあ厳密には違うけど、そういう感じッスね」
にっと笑いながらいう。ここはティーダの夢の中だなんて、いますぐに理解できない。しかしながら、漠然と感じるティーダの気がそうなんだろうということを示していた。
「夢っつーか、オレの元いた世界?ここ、ザナルカンドって言うんだ。眠らない街、ザナルカンド。さっきも言ったけどさ、オレ、スコールにオレのこともっと知って欲しくて。元いた世界のことも、知って欲しくてさ。ごめんな、寝てるところ、イタズラしちゃって」
あ、ほら、とティーダが声を上げる。いつの間にか海岸線は桃色に光っていた。
「夜明けだ」
ティーダが呟いた言葉は、どこか寂しげに響いた。
「ありがとな、付き合ってくれて」
朝日を浴びながらティーダが泣きそうな顔で微笑む。そのままゆらり、ゆらりと顔が白み始め、気がつくとそこは野営をした森だった。
「おーい、スコール、朝、朝ッスよ〜」
暢気な声で覗く顔に先ほどの寂しげな微笑みはない。
「……わかってる」
頭を抱えながら起きる。おはようと言う声に、おはようと返す。まだ寝惚けてんスか、と言う声に顔を洗ってくると返す。おう、と元気な返事が聞こえてきた。何だったのだろう、あの夢は。不思議な夢だと、不思議な夜だと割り切るにはあまりにも鮮明すぎた。ただ、今朝の様子からティーダに夢のことを聞いてもどうしようもないだろう。冷たい水に手を浸す。じわじわと奪われる熱に、まるで夢のことも忘れていくような気がした。何だったのだろう、輝くネオンも響く歓声も。だんだんと水に溶けて遠くなる。ただ、ティーダの泣きそうな笑顔だけはずっと心の中にあった。
2016.6.2
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