崩れゆく世界を君と
「スコールはさぁ、怖くないの?」
「……なに?」
何の話だと前をゆく青年は振り返った。こっちを振り返るなんて思っていなかったからばっちり目が合う。少しびっくりして歩みを進めていた足が止まった。
「……世界がなくなること」
「怖いのか?」
「そりゃあ、まあ……」
ただ真っ直ぐ無表情で見つめてくるスコールになんだか気まずさを覚えて目を逸らす。怖くはないのだろうか、彼は。この世界がなくなることが。
秩序と混沌の神々の争いは激しさを増していた。イミテーションと呼ばれるまがいものの人形は幾度となく溢れ、ただでさえ辟易としている秩序のみんなの命を脅かしている。こうしてオレとスコールで秩序の聖域の周りの見回りをしているが、秩序の聖域の周りだというのにかれこれイミテーションとの戦闘は事を欠かない。これも女神が消えてしまったからだろうか。クリスタルを手にしたはいいものの、呼び出したコスモス自身は消滅してしまった。カオスを倒さねば世界は崩壊する。
そりゃあ、オレが、世界がなくなることを怖がるのはお門違いかもしれないけどさ。オレが、オレの世界を、壊したんだから。わかってるけど。
スコールはそのことを知っててそう聞き返したんだからタチが悪い。この前、なんとなく、そう、本当に気まぐれだったんだ。オレが一人で不寝番をしていて、そのときにスコールが起きてきて他愛のない話をした。その中でポロッとしゃべったんだ。オヤジといろいろあってさ、ちょっと弱ってたっていうか。スコールは無口だから、何も言わないでいてくれたから。その夜は結局二人で不寝番をした。朝起きてきたジタンにそれじゃあ意味が無いじゃないかって言われたし、実際オレもそうだと思ったよ。でも、オレはそんなスコールの不器用な優しさが好きだったんだ。甘えたかったんだ。同い年の男に甘えるって言うのは変な話だけどさ。それからスコールは何かとこうしてオレと行動を共にするようになった。オレのことを知ってるのはスコールだけだし、なんだか悪いことしたかなって思うけど、この世界で一人、オレの事を知ってる人間がいることにすこし安堵したんだ。
「俺も怖いさ」
風が攫うかのように吐き出された声には少しの震えがあった。へえ、意外だなあ、なんて口には出さなかったけど雰囲気で悟られたらしい。スコールの目がすっと細くなる。そんなことを気しない様子でなんで? と聞き返すと静かに、しかしはっきりと、ティーダがいなくなるからだと、そう言った。
「……なんて?」
「お前がいなくなるから……この世界がなくなってしまえば、ティーダ、お前はどこに帰るんだ」
……正直びっくりした。だって、まさか。そんな返答が帰ってくると思わないじゃないか。この世界が滅んだらオレ達の世界も滅ぶ、とか、仲間が死んでしまうかもしれないとか。あ、これはオレがいなくなるってことと似てるのかな。そうじゃなくて。
「えっと……それはわからないッスけど。てかそーじゃなくて、普通はこう、元いた世界も消えちゃうから〜とか死ぬかもしれない〜とかそういうこと怖がるんじゃないの」
「それはお前だって思っていないだろう」
図星だった。オレは普通じゃないから。帰る世界なんてないから。オレが怖がっているのは、この世界がなくなってしまったらどこに行くんだろうという漠然とした不安だったから。
びっくりして固まってしまったオレの身体をスコールは静かに抱きしめた。
「えっと、スコール……?」
びっくりしたオレが声をかけてもスコールは何も言わなかったし、何もしなかった。ただ抱きしめられてどうしていいのか分からなくて、結局オレはスコールに身体をゆだねた。
スコールの身体は温かくて、生きてるって心地がした。肩のファーが擽ったい。なんだかそのことが嬉しくて、気がついたら涙が頬を伝っていた。あほらしい。オレは17歳の男で。いま同じ17歳の男から抱きしめられて泣いているなんて。
この世界がなくなることも自分自身の世界がなくなることも彼の世界がなくなることもそのどれもが怖くて、悲しいことだと思う。きっとこの戦いが終わってもオレはオレの行きたい、元いた世界には戻れないし、そもそも彼が望むようにどこかの世界にすら存在はないのだろう。彼には辛いことを話してしまった。気に病むことはないのに、そうかといつものように無視してくれればいいのに。そういう時だけ優しくなるから。その優しさがオレは好きだから。
「いじわるな質問してごめんな」
そういうと少し強く抱きしめられた。
2016.5.17
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