良薬口に苦し

ばーっと、テントの真ん中に集めた素材を縦に並べる。訝しげな顔をするスコールに見せつけるように最後の素材は思いっきり音を立てて床に置いた。

「こっから先はオレの場所だから! 入ってくんなよな!」

狭いテントの真ん中、並べられた素材を挟んでオレとスコールは向かい合っている。指を差してそう言えば、クールで寡黙な目の前の青年はふんっと鼻を慣らしてこちらを憐れむように見た。

◆ ◆ ◆

些細なことだったのだ。本当に。それは戦闘でのちょっとしたミスとか野営での役割とか、そんな普段なら気にもとめない、当たり障りのないことのはずだった。気がついたらいつの間にか口喧嘩になっていたんだ。周りもいつもの事だと困ったように笑っていたが、2人とも互いに剣を持ち出した辺りからこれはいけないと思ったらしい。オレにはセシルとフリオニールが、スコールにはバッツとジタンが止めに入った。さすがに頭に血が上っていたとは言え、フリオニールがオレの右腕をがっしりと掴むし、セシルが怒った顔でいるものだから抵抗をやめて大人しくした。スコールのほうも剣先はすでに地面に向いていたが、しかしその瞳はオレを射抜いていた。そうこうしているうちに見かねたティナあたりがウォーリアを呼びに行ったらしい。君たちには仲間という意識がないのかとさんざんスコールと一緒に説教された後、今日はスコールとティーダでテントを共有するように、と言い渡されたのが数時間前だった。

正直ついてないと思った。
ただでさえ何かと気に障るのだ。初対面の印象も最悪だった。秩序の皆はそれぞれ互いに仲間と探索に出ているために全員が揃う機会はあまりない。そのためにオレがスコールと初めてあったのはこの世界に召喚されてからそれなりに時間が経ったあとだった。セシルから同い年だと聞いていたし、寡黙だけどいいヤツだとフリオニールは言っていた。同い年ってだけでちょっと嬉しかったんだ。セシルもフリオニールもクラウドもみんな年上だったから。
イミテーションとの戦闘中、気がついたらオレはみんなとはぐれてしまっていた。途方に暮れていたがそうは言っていられない。ひとまず皆と合流するために秩序の聖域へと向かおうと歩き出した時だった。模倣の義士の弓がオレの足元に突き刺さる。気配は感じ取れなかった。バランスを崩し、おわっと我ながらマヌケな声が出たと思ったが、この状況は少しばかりやばい。義士のほうを見るとすでに矢を番えてこちらに狙いを定めていた。あっと思ったときには一瞬だった。くぐもった悲鳴と共に義士の身体はバラバラに崩れ落ちる。その後ろからすっと出てきたのは顔に一筋の傷がある男。それがオレとスコールとの出会いだった。オレは呆然としてスコールを見つめていると、スコールはこちらを一瞥し、眉に皺を寄せて一言死にたいのかと放った。こんなところで警戒もせず、歩いているなど、ただの自殺志願者かと。そうじゃない、ただちょっと疲れていただけで……と言い訳をすれば、さらに皺は深くなり、ならただの馬鹿か……と呟いた。いくら助けてもらったからと言っても初対面の相手に馬鹿呼ばわりされるのは気に食わなかった。それはねーんじゃねーの、と言えば丸腰で気配も消さずとぼとぼと歩いているなど襲ってくれと言っているようなものだ、戦場でそんなことをするやつはただの馬鹿だ、と言い返された。その言い方が気に入らなくて、いつの間にか口論になっていたところを止めに入ったのはスコールと共に探索に出ていたというジタンだった。

「はいはいストップ、おふたりさん。こんなところで喧嘩するんじゃねーよ、たっく。とりあえず秩序の聖域はもうすぐだし、ティーダも疲れてるんだろ? 戻ろうぜ、な、スコール」

ジタンが声をかけなければオレたちはずっと言い争っていたと思う。ジタンが目の前の男をスコールと呼ぶものだからびっくりしたと同時にオレの中のスコール像はガラガラと音を立てて崩れていった。
オレもスコールも普段、探索では一緒にならない。一緒になるのは秩序の聖域に戻ってきた時だったり、野営先が重なったりした時だけだ。顔を合わせる度にオレたちはいつの間にか口論になっていた。傷をつくって帰ってきたオレを見るその視線が気に食わなくてオレが喧嘩を吹っかけることもあれば、スコールが足でまといなやつと言って口論になることもあった。要は根本的に合わないのだ。水と油、スコールとティーダ、この2人が会うと必ず喧嘩に発展するということを周りは理解し始めた。

今回だっていつもと同じだったのだ。気がついたらオレ達は剣を出して戦っていた。いままでの互いに対する不平不満が爆発したのだ。剣を持ち出したことは前にもあったがここまで派手に戦いに発展したのはそういえば初めてじゃないだろうか。とにもかくにも、今日のテントはスコールと一緒だなんて冗談じゃない。ただでさえ今日の探索ではオヤジのイミテーション相手に手こずったり、淑女のイミテーションのバイオをまともに食らってイライラしてるんだ。プライベートをコイツと過ごすなんて考えたくもなかった。

「少しでもこっちに入ってきたらただじゃすまねーからな!」

そう言ってテントでやることもなければ明日も早くから探索に出かけるために準備も早々にしてとっとと寝床に潜った。スコールとなど顔を合わせたくもなかったし、それは相手も同じようだった。すぐにもぞもぞと音がしたと思ったら、ランプの明かりは消えていた。

◆ ◆ ◆

うっという、苦しい喘ぎで目が覚めた。荒い息遣いが響く。何事かと上半身を持ち上げると、ほんのりと照らす月明かりの元、一直線に並んだ素材たちの向こうに苦しそうにもがくティーダの姿があった。明らかに普段とは違う様子に俺は慌ててティーダに駆け寄る。ティーダがバリケードと言いながら並べた素材など構わなかった。

「おい、おいしっかりしろ」

ううっと首を振りながら悶え、胸を掻きむしろうとする手を押さえつける。押さえつけた手を跳ね返そうとするその力は普段手合わせしたティーダからは感じられないほどに強かった。バタバタと足を動かし必死に苦しみから逃れようとする姿にどうしていいかわからずひたすらに声をかけ続ける。浅い息遣いのもと、弱々しくスコール……と呟くティーダに普段の勢いは全くなかった。
どうしてこんなことになっている?胸が苦しいらしいが原因がわからない。食事に何か問題があったなら、同じ鍋からよそった俺にもなにか変化が無くてはおかしい。しかしながら生憎そんな気配はない。ならば食事に毒が混ざっていた可能性は低い。
今日は月の渓谷に行ったんだけどさあ、そこでオヤジのイミテーションと淑女のイミテーションにあったんスよ。ティーダがバッツと話していた会話がリフレインする。へぇそれで? オヤジなんてイミテーションでも見たくなかったッス! たたきつぶしてやった! ティーダはほんとにオヤジさんが好きだなあ! はあ? バッツなに言ってンスか! いーっとバッツを睨むティーダが思い起こされる。違う、原因はそこじゃない。でもさあ、その後後ろから淑女のイミテーションのバイオに当たっちゃったんスよ……油断してた訳じゃなかったんだけど……ちゃんとセシルがそのイミテーションは始末してくれたんだけどさ、なんかこう……。バイオかあ、厄介なもん食らったなあ。今はなんともないのか?うん、当たった直後はちょっと毒が回ってたみたいでグルグルしてたけど、いまは平気ッスよ! そっかならよかった。解毒剤は必要ない? 必要な〜し!
はっとした。淑女のイミテーションのバイオが今になって効き始めたのだ。

「クソッ」

ティーダの暴れる力は強くなっていく。淑女のイミテーションのバイオは以前ティナが食らったのを見た。確かその時はすぐにオニオンナイトが薬を調合し、ティナの身体を休ませたために大事には至らなかった。そのときも初めはあまり効いていないようでティナ自身大丈夫だからと言っていた。ティナに関して過保護であるオニオンナイトはダメダメ! ちゃんと薬を飲んで休んで! とティナをテントに押し込んでいたことを思い出す。みんな油断していたのだ。バイオがここまで強烈な毒であるとは思っていなかった。初期にちゃんとした治療をしなかったためにいまティーダはとても苦しんでいる。今から薬を飲ませても間に合うかわからない。自分ひとりではどうにもならないがここで今仲間を呼ぶためにティーダを一人きりにしてしまえば、恐らく彼は胸を掻きむしってしまうだろう。もしかしたら暴れて散らばっている素材で怪我をするかもしれない。何よりこんな状態のティーダを一人になど出来なかった。
ティーダを押さえつけながら考える。もしかしたら……、バッツから貰った薬がまだ残っていたかもしれない。彼は時たま薬草を見つけてきてはこまめに調合しているし、普段よく行動を共にしているためによく渡される。この世界ではポーションは貴重であるからバッツの作る薬は重宝される。暴れるティーダの腕を掴みながら、自らの道具袋に手を伸ばす。暗い月明かりの元、片手で薬を探す。探し当てたそれは綺麗な緑の瓶に入った液体だった。はくはくと浅くなる呼吸に危機感が迫る。そのまま瓶の蓋を開け口に流し込もうとするがどうにも暴れて少ない中身が零れた。
仲間が苦しんでいるのだ。この薬で助かるかもしれない。ティーダは俺にとって目の上のたん瘤のような存在だが、それ以上に仲間であることに代わりはなかった。ならば迷う必要も無い。そう心に決め、瓶の中身を仰ぐとそのまま暴れるティーダの口に流し込んだ。いやいやと顔を動かそうとする頭を押さえ込んでこぼさないよう口移しで注ぎ込む。次第に暴れる力は弱まっていった。即効性の薬らしい。最後までこぼさないように、おとなしくなってもしっかりと頭を押さえて注ぎ込んだ。
呆然として顔をあげるとティーダのぼんやりとした顔が月に照らされ、唇がてらてらと反射する。暴れたために乱れた衣服と相余り、俺は弾かれたようにバッツのテントに走った。

◆ ◆ ◆

「もう少し遅かったら本当に危なかったぞ」

そういうバッツは新たに薬を調合しながら呟いた。昨日、オレはどうやら抜けたと思っていた淑女のバイオで危なかった、らしい。らしいというのは全く覚えていなかったからだ。スコールが異変に気付いてくれたからよかったがその時オレは生死の堺をさ迷っていたらしく、今日は1日バッツと留守番を命じられた。

「スコールが深夜に慌てて駆け込んでくるからどうしたかと思ったよ」

今朝スコールに謝りにいったら無事で何よりだと言われた。よくよくスコールを見ると腕にたくさんの引っ掻き傷があって、オレは相当に暴れていたらしい。本当にごめんと頭を下げると静かに首を振りながらいいと言って顔を洗いに行ってしまった。オレはどうにもむずがゆくて後頭部を掻く。なんだろう、なんだかスコールの雰囲気が違う気がする。

「でもホント、ティーダが無事でよかったぜ」

あのイミテーションのバイオは危険なんだなあ、もっと薬作っとくべきかなあ。そんな暢気なバッツの声を聞きながらそうっすねと相槌を打った。

なんだろう、昨日の晩飯は別に苦くもなんともなかったのに。口に残るのはどこか後を引く苦みだった。



2016.5.16





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