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現在無人島で暮らしていて、自給自足で生活を成り立たせている俺だが、たまに買い物のために最寄りの島であるオベルにやってくる。
いつもはなるべく知り合いに見つからないように用事を済ませる。見つかったときは即座に宴会になってしまい、賑やかなのは楽しいが、性に合わないため避けている。
しかし、今日に限って哨戒に出かけようとしていたフレアに見つかってしまい、王宮に招待されたという次第だ。
その理由というのが、自分の髪の毛だった。前述の通り、無人島暮らしが長くなるにつれて見た目を気にすることがなくなり、伸ばしっぱなしになっていた。それにフレアが気づいて、
「髪、切ってあげるわ」
という親切でありながら有無を言わせない申し出に乗ったのである。
オベル王国の波音の隙間を縫って、耳元に届く鋏の動く音。切られているのは薄茶色の自分の髪。
今までは自分で適当に揃えていたから、他人に切ってもらうのは新鮮でどきどきした。
「……ん、終わりよ」
切った髪が被らないように体を覆っていた白い布が外され、やっと体の自由を得た俺は腕を上げて体を伸ばした。
体を整えたあと、何気なく頭に手を添えると、いつもの俺の髪の長さより確実に短いことがわかった。鏡を貸してもらって確認しても、短いと思った。
「……いつもより短くないか?」
「ええ。これからもっと暑くなるし、丁度いいと思って。……迷惑だった?」
「いや……馴れてないだけだから」
そうは言ったものの、「いつもと違う自分」には違和感を感じる。なんとなく気になって、ついつい髪を触ってしまう。
だが、フレアが俺を気遣ってしてくれたことには変わりない。それに、自分で切るよりはずっと揃っていて様になっている。
「髪切ってくれてありがとう」
帰り際、俺は無人島から乗ってきた小さな船から、陸にいるフレアに言った。
「伸びたと思ったら、いつでも切ってあげるから」
そう微笑んだ彼女は、俺を大海に見送った。
髪がフレアの手で短くなっ分だけ、暑さが和らいだり、活動しやすくなったりして、なるほどこれはいい、と思っていた。群島にはあってないような冬がやってくると、丁度よく寒さを防いでくれる長さになったが、寒さの山が過ぎればあとは煩わしいだけだった。
肩のあたりまで伸びた髪を見て、俺は再びフレアに髪を切ってもらおうとオベルを訪れることにした。フレアに髪を切ってもらってから、オベルには何度か足を運んだが、人のいい国王やかつての仲間には会っても、折りが悪いのか彼女には会っていない。今回の訪問は数ヶ月ぶりの対面になる。
活発なフレア彼女のことだから国にいるとは限らないが、俺は今日は会えるような気がした。
王宮に足を運ぶと、彼女は快く俺を迎えてくれた。
「伸びたら来てって言ったのに」
「別にわざとじゃないけど」
この間と同じように俺の体を白い布で覆いながら、フレアは少し不満げな声を漏らした。彼女の予定だと、俺の訪問はもう少し早かったらしい。
それでも、フレアの態度は昨日も会ったかのように自然だった。長らく世間から離れている俺には、それがとても心地よく感じられる。
「今回はどれくらいがいいかしら?」
「すごく動きやすかったから」
俺が以前と同じ髪型を要求するものだと思っていたのだろう。フレアは少し驚いたようだが、すぐに喜色をにじませた。
「わかったわ!」
ご機嫌なフレアは、俺の髪を梳いていく。触れられた髪は熱を感じ取る。心地よいけどくすぐったい。フレアは一通り櫛を通したあと、鋏を動かし始めた。
オベルの王宮は静まり返っていて、微かに波のさざめきが聞こえる。俺の心を落ち着かせる音。そこに鋏の動く音がしても不快でないのは、使用者の陽気さのせいだろうか。
フレアは手を休めずに、他愛のない話をした。会話というより、口数少ないことを自覚している俺はほとんど聞き役だった。
「ねえ、フレイはいつまで無人島で暮らすの?」
これもその一つ。彼女に会うたび、微妙に言葉を変えながらだが、毎回訊かれているような気がする。
俺はあの島が好きだった。海は何にも縛られない。無人島でならその自由さはすべて俺のものだった。だからしばらくはあそこで暮らす。
「フレアが結婚するまでかな」
いつもなら言わない――というか発想すらしない冗談だ。フレアだっていつかは結婚する。いや、立場上しなければならない。だが、このお転婆が服を着たようなひとが、誰かの妻となり母となる姿が想像がつかないのである。
俺のそんな考えを見抜いたのか、フレアは少しばかりむすっとしたようだ。
「フレイは私が結婚できないと思ってるんでしょう?」
「そう言ったつもりはないんだけどな」
「もう。……ほら、できた」
苦笑いと共に解放される。軽くなった頭。正直、以前切られたときより短いような。
「フレイが酷いこと言うから切りすぎちゃったわ」
誰にも会わないでしょう? と、冗談めかして笑うフレアにつられて、俺も相好を崩す。
――誰かと笑い合うことが幸せなら、俺は確かに幸せだった。