私だって構って欲しいお年頃だ。放っておかれたらやっぱり悲しい。いつもはHelterSkelterに居座ってイトリちゃんとぐだぐた会話を楽しむところを、今日は引っ張って帰って来られた。
それだというのにウタさんは戻って来てからというもの、もう3時間は私に背を向けて布や糸なんかと向き合っている。
ソファにごろごろと転がってスマートフォンを弄くるが、暇だ。暇すぎる。
「ウタさぁん…わたしは暇ですよぉ…」
ごろりと転がりつつ床に着地して、よじよじとウタさんの方へ這って行く。椅子の側面に寄っかかって、こてんと頭をウタさんの膝に乗せるとようやく彼はちらりと此方を向いた。
「本当はなまえちゃんとゆっくりしようと思って帰って来たんだけど、留守の間に急ぎの仕事が入って来ちゃってて」
よしよしと言って頭を撫でる手を掴んで、もっと!と言うとついでに頬っぺたまで撫でてくれる。
それでもどうやら急ピッチで仕上げてくれているらしく、忙しそうなチャキチャキという金属音が心地よく耳に響く。
ウタさんの膝枕に、心地良いリズム。最大限に暇の波に飲まれた私の意識は簡単に眠りの底へ引き摺り込まれていった。
「これでよし」
今回の注文はシンプルな物の大量生産だったお陰で助かった。せっかくの休日をぶち壊された事に関しては後で何らかの制裁を与えてやりたい気持ちはあるが、今は一旦忘れる事とする。
それらのマスクが全て出来上がった頃には、なまえはすっかり眠り込んでしまっていた。
美しく伏せられた睫毛に、見ているだけで柔らかそうだと分かる髪、可愛らしい唇。どこを取っても最高に愛らしい、僕だけのなまえだ。
これからどうしようかと、取りあえず腕の下から身体を持ち上げて膝の上に引き上げると、閉じられていた瞼がふるりと震えた。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん大丈夫…お仕事おわったの…?」
そう言ってまだ眠そうな目を擦りながら、ふわあとひとつ欠伸をした。それにつられて自分も少しだけ眠くなる。思えばここ数日はほぼ寝てない状態だったかもしれない。
「なまえちゃん、今日はかえ…」
「帰りません!」
だって私まだウタさんと何にもしてないもん!とぐりぐりと頭を押し付けてくるなまえを横抱きにして、寝室へと向かう。
「オトナのお遊戯ですか?」
「僕はそれでも良いけど、なまえちゃん眠そうだよ?」
ほらクマ、と言って目の下をなぞればなまえはゆったりと目を閉じて、その手をそのまま上から握った。
「そういえば私…ここ最近あんまり寝てなかったかも」
布団と枕を整えて照明を落とす。隣に大人しく横たわるなまえの腰を引き寄せて、しっかりと抱き込む。
「そんなに一日中、なにしてるの?…なまえちゃんいい匂い。お腹空いてきちゃった」
「ウタさんのこと考えてたらね、いつの間にか朝になっちゃうの。起きたら血みどろなんてやだから、ウタさん喰べないでね。」
今日は生ウタさんと寝られる!と言ってぎゅっと腕を回したなまえの耳に、ちゅっと軽く口付ける。
おやすみ、と呟けばおやすみ、と返ってくる。なんと幸せな事だろうか。先の見えない暗闇の中で、僅かな幸福の光を頼りに明日を願った。
幸福基準値
(低めの僕等はきっと勝ち組)