※R15気味(?)
「カネキくん、今日もとっても美味しそう」
カウンターテーブルに座り、珈琲を啜りながらその切れ長の双眼で僕を捉える。この彼女の"喰べたい"アピールは、どこぞの彼と比較しても全く劣る所はない。残念な事に。
その為、彼女と月山さんは彼にしては珍しくやや、いやかなり険悪な仲だ。
黒く長い髪がさらりと僕の肩に掛かる。
一人の普通の女子大学生に見えるとはいえ、こんなでも白鳩の間では有名な、20区に息を潜めるSレート問題児の一人。いつの間に背後に移動されたのか、すんと耳元に顔を埋めて囁く。
「ねえ…」
「…なに?」
「今日こそ味見を……」
「駄目だよ」
つれないわね、と言って離れる彼女はいい匂いをしている。この人は僕のことを美味しそうと言うが、此方から見たら余程あなたの方が美味なのではと感じる。
思い返してみれば色んな人に狙われ続けて来た僕だが、そんなに美味しいのだろうか。オートファジーなど悪趣味な事をするつもりはないが、少しだけ気になった。自分も他の隻眼に出会えばちょっとは気持ちが分かるのかもしれない。
「ムッシュエマドモアゼェル! 今日も麗しい日和で何より…おっとこれは、Lady slinking cat.カネキくんに一体何の用かな?」
カラランとドアベルを叩き割らんばかりの勢いでドアを開け放って入ってきたのは月山だった。噂をすれば何とやら、自分となまえとの時間に介入された事に眉を顰めつつ、また厄介なことになってしまったと頭を抱える。
「あら、人聞きが悪いんじゃないですか?月山さん。貴方こそねちねちとカネキくんに付き纏っていないで新しいご飯でも探したら如何?」
「regrettable……本当に残念だよ。君が僕の美食を邪魔する人物でなければ良きカムラッド…或いはディナーになれたというのに」
やれやれ、といった様子で体の横で手をひらひらとさせる月山を見て彼女はふんと鼻を鳴らし、他所を当たって頂戴。とそっぽを向いた。
西尾先輩や菫香ちゃん辺りなら口悪く激昂し始めるような言葉でも、彼女はいつも必要最低限の反応だ。
そんな態度をとられても満更嘘でもないといったように、瞳の奥に僅かな紅をちらつかせる月山の表情を見て危うさを感じた。
「なまえちゃん」
「なに?」
「手伝って欲しい事があるんだけど、奥、良いかな」
二つ返事で了承した彼女を連れて店の奥に下がろうとすると、月山に引き止められる。
「ノン!何処へ行くんだい?」
「今も言いましたけど、少し作業を…今日は芳村さんは出掛けているのでまた他の日にして下さい」
「……!もしや奥の部屋で秘密のテイスティングパーティーを開催するつもりでは…?」
「…まあ、そんな所です」
ちょっと違いますけど、と付け足した言葉など聞こえなかったかのように忽ちわなわなと震え出したのを見て、急いでなまえを扉の向こうに押し込む。自分も飛び入ると、内側からがちゃりと鍵を閉める。
「ノン!Non!Noooon!!!断じて許す訳にはいかない!戻って来たまえ!さもないとこの幸福への扉をブレイクして…!」
「ここから先は居住スペースなので勝手に入るとトーカちゃんやヒナミちゃんに怒られますよ!」
釘を刺して扉から離れる。基本的に女性に配慮がある人だからこれで少しは大人しくなってくれれば良いのだが。もし仮に駄目だったとしても、ここのドアはちょっとやそっとでは破れない造りであるから大丈夫だろう。
自室に入ると、ローテーブルの周りの荷物をざっと端へと避ける。どうぞ、と言って彼女を振り返ると何故か彼女はきょろきょろと目を泳がせていた。
「どうしたの?」
「さ、さっきテイスティングって……やっと私に喰べさせてくれる気になったの?!」
ああ、と短く呟いて仕事用のベストを放ると私はどうすればいいの?と珍しく頬を緩ませた彼女に向き合った。
「そうだね、じゃあ始めようか。
君のテイスティングパーティーを」
涼しげな瞳をまんまるくさせているなまえをベッドに突き落とす。両腕をシーツに縫い付けて膝で両脚を割れば、もう身動きを取ることは出来ない。
先ほど彼女がしたように首元の香りを吸い上げると、思考回路がびりりと痺れる。
「ちょっと、ちょっと待って…っ」
らしくもなく慌てふためく彼女を無視して生暖かい口内に舌を滑らせる。唾液だけでも眩暈を起こしそうな程甘美で、思わず我を忘れそうになった。
「僕だってずっと君を"食べたかった"よ。なまえ」
はあはあと肩を上下させるなまえのブラウスのボタンに手を掛ければ、彼女はそれ以上何も言わなかった。
捕喰欲
(深見草崩るる刻は黄昏の)