狙ってやって来ているのか、と思う程、この人の来訪はいつも適格だ。
鍛錬が終わり、月山との打ち合わせが終わった時だった。かたりと音がした方の窓を見遣れば、ボトルを片手に手を振る彼女の姿があった。そう、決まっていつも僕と月山さんが揃っている時に現れるのだ。
「なまえさん、お久しぶりですね」
「カネキ!つっきー!お久しぶり〜」
はいお土産。と言って手渡されたボトルには、ストロベリーカクテルのような赤色の液体が波々と入っている。
「Bonsoir,レディ、ご機嫌如何かな」
「うーん、それがね。あんまり宜しくないのよー」
そう言いながらソファに腰掛ける月山の膝に頭を乗せ、ごろりと横になるなまえの姿を尻目に、3人分のグラスに開封したての鮮やかな酒を注いでいく。
その頭に手を添え、美しい髪をさらさらと梳いていく手を恨めしく思わない訳ではないが、彼女が此処を訪れる時は心の救いを求めている時だ。都合の良い相手だと捉えてしまえば酷だが、彼女をこの場所に留めておけないならせめて拠り所になれればそれで良いと思うようになった。
我ながら柔順過ぎるとは思うが、それはきっと対岸の彼も同じ事だろう。
トレーをローテーブルに運んで自分も反対側のクッションに身を埋めると、月山さんと目が合う。すると心中を見透かしたようににやりと口角を上げると、頭を撫でる手はそのままに柔らかい口調で彼女に話し掛けた。
「なまえさん、僕達だけでエピスドゥースメモリーを語らっていてはカネキくんが寂しがってしまうよ」
その言葉に反応してがばりと起き上がったなまえさんは、そのままテーブルを跳び越えて僕の膝に跨るようにして着地する。その反動で心身共にぐらりと揺れるが、手の中の液体に比べれば生ぬるいものだ。
零れていない事を確認すると、僅かな動揺をそのまま隅に押しやって、正面からぎゅうとしがみ着いてくる身体に腕を回して抱き締める。
「何か、あったんですか」
と聞いても多分彼女は何も教えてはくれないだろう。普段はあちらこちらを転々として、毎日何をして過ごしているかも僕達はほんの一端しか知らない。しかし彼女も喰種の身。決して優雅で穏健な日々ばかりを送っている訳ではない筈。
それでもこの人の救いになるかもしれないと、何かしてあげられるのかもしれないと、毎回理由を問うのだ。
「んーん、なんにもないよ」
「…そうですか」
「と言いたい所だけど色々あるんだ〜〜!カネキ〜抱き締めてくれー!ハグは最大の精神療法、ってね」
もう抱き締めてますよ、と言いながら腕の力を強めると微かに血液とアルコールの香りがする。もしかしたら既に何処かで一杯終えた後なのかもしれない。一瞬むらりと奥底から何かが立ち昇って、次の瞬間には無意識になまえを組み敷いていた。
ものの零コンマ数秒で我に返り、しまったと思うも、すっかり視界が逆転してしまっているなまえはにへらにへらと笑っていた。
「カネキも甘えたいお年頃かい?ようしようし、今日は特別に甘えさせてやろうぞ〜!」
くるしゅうない!ちこう寄れ〜と笑うと、頭をぐっと引き寄せられる。むせ返る程なまえの匂いを肺に吸い込んで、身体を奔る甘い痺れに半ば目を白黒させていると、肩を掴まれて引き起こされる。
「僕の好む二人が仲睦まじくあるのを眺める事も乙だとは思うが……少しはこちらにも"待て"に見合う報酬をくれまいか?Miss kitten」
そのまま首筋に顔を埋め、ちゅっちゅっと音を立てて唇を落としていく。流石にそれはやりすぎでは、と言いたい所だが、未だ彼女の上に居座り続けている辺り口を出す資格は無いなとぼんやりそれを眺めた。
「よ〜し、今日はお姉さんが添い寝してあげよう!さ、寝るよ」
「噂に聞く川の字、というやつかい?tres bien,実に良い提案だ。勿論僕がセンターだろうね?」
「冗談は止して下さい月山さん。僕は貴方の隣は真っ平御免だ」
当たり前だが、真ん中はなまえさんという形で落ち着く。ベッドに移動してごろりと転がり、おやすみーと聞こえた数秒後にはもうすやすやと穏やかに胸を上下させていた。
きっと朝になる頃には彼女は再び姿を消しているだろう。せめて束の間の逢瀬の証に、とその安らかな寝顔を目に焼き付けた。
留まり樹
(眠らないのかい、カネキくん)
(月山さんこそ)