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「バカ!!!やめて!来ないで!」

腕に抱えたクッションをぼんぼんと投げ、また近くのソファで拾っては投げ、そして走る。軽い素材のワンピース一枚なもので随分と身軽だ。無駄に広い部屋内を駆け回り、ベッドやソファを巧みに使い――逃げる。

ぎゅっと握り込んだ手にはじんわりと手汗が滲んでいるが、それもこれも、やけに楽しそうに後を追ってくるこの男のせいだ。


「鬼ごっこかいなまえ?…エスケープする君を捕まえて、というのも絶妙に魅力的なシチュエーションだが…今日はじっくりと愛を深め合いたい!嗚呼!しかし君と二人なら何処へでも愛のhejira………」

「なにが!愛を!深め合いたい、よ…っ!」


かじった癖に。と続けようとしたが叶わなかった。両手でぶん、と追加で投げるも避けられる。高級なクッションは重いのだ。生地も厚く、そこらの安物のように片手で掴んでという訳にはいかないから骨が折れる。

普段は比較的私によく譲歩しれくれるのだが、どうしたものか度々暴走を始める。まあ相手は機械でなく人なので当然の事ではあるだろう。しかしその結果に己の身の安全が掛かっているとなれば妥協もしていられない。


恋人である月山習が喰種だと知ってから、何か彼が喜ぶ事をしてあげられないかと自発的に始めた血液提供。

いくらこの人の幸福そうな顔と引き換えになるとしても、やはり自分の肉体を噛み千切られたくはない。これでも一応試してみた事はあるのだ。言葉では語り尽くせない程に痛い。骨や人体機能に当たり障りの無さそうな二の腕を選んで貰ったにも関わらず、一口齧られた瞬間に意識を手放した。


それから暫くは私を喰べようともしなかったし、ある程度時間が経ってから悪戯半分本気半分に強請ってきた時も阻止する事に成功していた。それなのに。

久方ぶりのお泊りで一夜明けた今日の早朝。ごろごろと広いベッドで寝起きの余韻に浸っていた時、事件は起きた。背後から近付いて来て私の首裏に顔を埋めたと思ったら、そのまま肩甲骨の際をぱくりと一口咀嚼したのだ。


ぎゃああと下品な悲鳴を上げてベッドから跳ね起き、今に至るという訳だった。手当も何もしていないせいで、恐らく髪で隠れた下は血濡れであろう。嫌だ、貧血だ。


「も、もう無理…ほんとやめて…、」


ソファの背凭れに雪崩れ込んで両手を高く上げ、無理無理と大きく振る。そうすると後ろを追って来ていた、こちらも同じく寝間着姿の習も減速して、ソファ越しに私を見降ろした。


「一体どうしたんだいなまえ、朝だというのに随分とエキサイティングな遊びがお好きなようだ。昨晩の熱冷めやらぬ、といった感じかな…?勿論、それは僕とて同じだよ」

「なに言ってるの!それはこっちの台詞だからね!!!見て!痛いの!血たくさん出ちゃってるでしょ!無駄にしたんだからこれから暫くお預けだからね!!!わーん手当してよーーー痛いよー」


ごろんとうつ伏せになって傷口が見えるようにすると、突如習は素っ頓狂な声を上げた。


「Non!!!一体全体何だいこの傷は?!しかもまだ真新しい、ああこんなに血液が……マイスペシャルスウィーツが溢れ出してしまっているじゃないか!No kidding…なまえ、何があった?」

「はい?」


暫くお預けと言ったからだろうか。おとぼけを決め込む事にしたらしいこの男は、疑問と怒気をぐっちゃぐちゃにしたような表情を浮かべて私を見つめている。それとも遂に本気でおかしくなってしまったのか。そうだとしたら「習様がご病気です!」なり何なり叫んで松前さんに回収して貰わねばならない。


「さっき習が喰べたんでしょここ!」

「Pardon me?僕が?ジョークは止してくれたまえよ、なまえ」

「冗談じゃないから!じゃあ鏡見てみなよ、口についてるから!私の血が!」


んん?と疑問の声を発し、部屋の隅にある姿見の前に行くと、唇にたっぷりとついた血液を人差し指で一掬いして鼻に近付けた。


「C'est...pas vrai...?(嘘だろう?) 確かにこれはなまえの血液だ……いや、しかし何故…なまえ、君を喰べたのは本当に僕かい?」

「まだ言うの!そうなの!習がかじったの!」

「No way……ジュレーヴ…信じられない…よく思い返してみればひどく幸福な夢を見ていたような気がするよ…不慮の事故とはいえ、痛い思いをさせてしまったね…」


申し訳なさそうに眉を下げ、再びこちらに歩いてくると自分もソファに座り、私の体を持ち上げて両脚の間に押し込んだ。そしてお腹に腕を回すと、優しく傷口に舌を這わせる。


「ヒトの怪我の治りは遅いのだったね。お詫びとは言えないけれども、せめて手当と称して償わせておくれ…」

傷口を濡らすのはやはりとても痛い。びちゃびちゃとあまり聞いていて気持ちの良くない音もすぐ後ろから絶え間なく聞こえてくるしもう最悪だ。



「全然お詫びじゃないもん。こんなの習が二重に得するだけじゃん」

「おや、ばれてしまったかな。それでは何をお望みかな? princess.」


まるで私の考えなど見透かしているかのように、肩を掴んでいた手はするりと頬を撫でる。痛いし、怒っていたはずなのに、その動作にきゅんと胸の奥が疼くのはやはり惚れた弱みというやつだろうか。


「ちゅう、して」

「オフコース勿論、喜んで」


鉄の味が混ざる蕩けるような口付けに溺れ、先程までの事をすっかり忘れてしまいそうな自分を嘲笑した。



は糾える縄の如し
(匂いで気付かなかったの?)(Non...てっきり身体になまえの香りが染みついているのかと…昨晩の情事では)(あああ分かったもういいから!)


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