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世の中には成り立たない公式というものが数えきれない程存在している、と何時だったか彼女は言った。

それは数上の理論の事なのか、はたまた別の事なのかは分からない。もし仮に後者であるならば、利益にならないことをしにわざわざやって来る僕も"成り立たない公式"の何処かに含まれているのかもしれない。


「見ていて楽しいですか…?」

「Oui,勿論さ」


キャンパスの中庭にある、カフェテラスから少し離れたテーブル。彼女はいつも此処で数式を操っている。さらさらと手の中から生まれる文字の羅列はまるで編み物の編まれていく過程を眺めているようだ。


「私みたいな数学オタクの根暗なんかと関わっていると、習さんにも移っちゃいますよ」

「僕には内容はあまり理解できないが…君のその、己の求める美を追求せんとする姿勢は大いに称賛されるべきだと思うよ。嗚呼、また髪が乱れている。僕が結ってあげよう」



肘の辺りまである彼女の黒くて長い髪は、軽いせいかちょっとの風でもすぐになびいて散らばってしまう。櫛で梳いて耳の高さでひとつに結ぶ。いつも最初から結ぶ事を提案するのだが、どうもその一手間が億劫なようだった。

本来ならだらしがない、と思うはずの自分が甲斐甲斐しく世話を焼いているのを考慮すると、少なからず彼女に好意を抱いているのだろう。

食事を人前で全く採らない事と、珈琲ばかりを口にすることだけを見て僕が喰種じゃないかと疑いを掛けてきた時は合理主義の彼女らしくないと驚いたものだが、不思議と誤魔化す気も起きずあっさりと肯定した後に「でも習さんは習さんでしょう」と、まるで1+1が2なのは当たり前という風に口にした時には卓越した合理性を感じた。



「こう毎度毎度僕に後ろに立たれて、君は大丈夫なのかい」

「何が…と聞くのも野暮ですね。その時はその時です」

「つまり、その時になったら大声を出して助けなり何なりを呼ぶ、と…?君は友を…この僕を突き出すんだね?!ハァトブレイク……」


再び彼女の向かいの席に腰を下ろすと、珍しくルーズリーフではなくこちらを向いている目と視線がぶつかる。


「違いますよ。その時は、その時、です。習さんが私を喰べるのなら、それはそれで良いでしょう。仕方の無い事です。いえ、寧ろ喰べたいと思って貰えるのは光栄な事かもしれませんね、だって美味しそうという事なんでしょうから」

以前習さんが"ヒトの方が多く命を摘んでいる"と言ったのを確かに私はそうだと思んです。と呟いて再び彼女は手を動かし始めた。


気のせいかもしれない。しかし心臓の奥がちくりと何かに刺された気がした。
この子はきっと喰種以上に人間の事を食料だと思っている。自分を含め、ヒトが捕食される側だということを少しも疑問に感じていないのだ。



「なまえ…僕は君が好きだよ」

彼女は少し顔を上げてにこりと微笑むと、ありがとうございます。と言った。




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(未知数の筈なのに)(どうして掛け算にならないのだろう)


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