緩やかな風が頬を撫で、次に脳天の方の髪をふわふわと揺らしていく。
こんなに大きく窓を開けているのに、勝手に本のページが捲れたり近くの物が吹き飛んだりしない。うららかな春。ぽかぽか陽気と眠気に誘われて思わず惰眠を貪りがちだが、それは勿体ないというもの。
そう思ったそばから欠伸が出てしまうのは、私が意志薄弱な証拠だ――
「なまえ、こんな所で居眠りかい」
どうやら習がやって来たらしい。机の上に組んだ腕に顎を乗せたまま少し首を後方に動かすと、二人分のカップを持った彼が階段を上がって来る所だった。初めは自ら珈琲を淹れる姿に驚いたものだが、どうやら彼には彼なりのこだわりがあるらしい。
そして習が"こんな所"と言ったのもまあ頷ける。今、私が半ば突っ伏しながら読書をしているこの場所は廊下にある小窓の前だからだ。小窓と言っても80インチテレビ程の大きさはあるのだが、"珈琲を飲むのに適さない場所"という意味ではこんな所、という評価なのだろう。
「君は此処が好きだね」
「うん…だって気持ちいいんだもん」
そもそも、この場所には最初から机や椅子が置かれていた訳ではない。私が好きでよくここから外を見ていたら習が持って来てくれたのだ。
この窓は中庭に面していて、薔薇園や色とりどりの花がよく見える。まるで漫画とかでよく見る中世ヨーロッパの貴族のお屋敷みたいだ。まあ実際、家自体もそんな感じなのだが。
隣に座った習が珈琲を啜る。お互いに無言でも、沈黙が何故か心地良い。
首をこてんと倒して肩にのせると、くすりと笑う。結婚して大きく何かが変わった訳ではない。しかし私も彼も、自分の中に幾分か気持ちのゆとりが出来たのは明確だった。
「………習、抱っこして」
「仰せのままに、my lady」
ふわりと抱き上げられる。肩口に顔を寄せると柔しく耳を食まれ、それにぴくりと反応してしまった。
好きで好きで大好きで堪らない。形の良い意地悪な唇にかぶりつくと、「おや積極的なレディだ」と言ってまた笑う。
「ねえしゅう…わたし、もうねむいよ………」
「それじゃあ二人で秘密のレストタイムといこうじゃないか」
「…ねるんだよう………」
抱えられたままベッドに移動し、二人して布の海に沈み込む。せっかくの天気を睡眠が無駄にするだなんてとんでもない。この人の隣だったら結局なんだって良いのだ。
ブランケット1枚でごろ寝できる気温が気持ちいい。腕枕をしてくれている習の手をきゅっと握り込む間にも、意識がとろとろと蕩け出す。
焦る必要はない。これからずっと何時だって一緒なんだから。
我等、黄昏を覚えず
(習っ!夜!もう夜!!!)(ノン!何ということだい!)