五感に宿る

以前聞きかじった話では、視力を失った人間も光をまったく感じられなくなるわけではないらしい。
「明かりを失う」と書いて「失明」と読むが、意外なことに、目に障害を負って光を感じられなくなる人というのは稀なのだという。
たとえば、太陽や閃光のような 強い光は暗闇を突き抜けて視神経に届き、視力を失った人にも微かな光源として認識できるそうだ。
だからもし目が見えなくなっても、空を仰げば小さな赤い点になった太陽を感じられる。それはいったいどんな光なのだろう? 
ぼくは盲目の少女が主人公の小説を読みながら疑問に思い、あれこれ想像を巡らせた。太陽を日食グラスで遮ったときのような光? それとも点滅する留守電ランプのような光だろうか?

痛み止めを与えられてもまだずきずきする傷を疎ましく思いながら、ぼくは「正解を見つけた気がするぞ」と心の中で呟いた。
と言っても、ぼくの視力が永遠に損なわれてしまったわけではない。エジプト九栄神・ンドゥ―ルのゲブ神の爪は目の周りの肉をひどく抉っていったが、傷口 は運よく角膜を外れ、視力に障害は残らなかった。
ぼくが擬似的に盲人の気持ちを味わっているのは、強い光が傷に障るといけないという医師の方針で目に包帯をぐるぐる巻きにされているせいだ。
十重二十重に巻かれた包帯は決してきつくはないが、指先でつつくとしっかりした硬さで跳ね返すほどで、エジプトの強い陽光も蛍光灯の光も遮断してしまう。
視界には人為的に与えられた暗闇が真夜中のように広がるばかりで、今が昼か夜かもわからないほどだった。窓を開け放って空を仰いでも太陽が見える自信がない。

(あぁ、そこの角を曲がって……こっちに来るな)

けれど、今のぼくにも感知できる光が一つだけあった。その光はクリスマスツリーの電飾くらいの、小さいけれど暖かそう な赤い光で、まるで群れからはぐれた蛍のようにぼくの視界の片隅に映っていた。
……ぼくは最初それが何の光なのかまったく分からなかった。病室を忙しそうに彷徨っていたかと思えばベッドの脇にじっと止まっていて、行動に脈絡がない。今まで出会ってきた自動追尾スタンドとは違って敵意が感じ取れないし、昼でも夜でも、アスワンからコム・オンボへ病院を移っても変わらず見えていた。
ゆらゆらと揺れながら近づいてくる赤い光を見て、ぼくは自分の鈍感さが可笑しくなってつい笑ってしまった。結局、ぼくはハイエロファントの触脚を伸ばして触れることで、やっとその光の正体に気付いたのだ。
結論から言うと、あの光は前からぼくの身近にあるものだった。その光には熱が無く、光線とし ては余りに微かで、目が見えていた時とはあまりにも印象が違う謎めいたものになっていたから、そのせいで気付くことができなかったのだ。

――あの赤い光がレッド・ガーランドの兜に燃える炎だって!

「花京院。下の自販機で飲み物買って来たぞ。ここ意外と自販機の品揃えがいいんだ。
ただのお茶がいいか? それとも炭酸が……って、何笑ってるんだよ?」
「なんでもないよ、名前。ただのお茶をくれるかい」
「そうかぁ? 絶対口元がニヤニヤしてたぞ? 
……あッ、分かった。さてはまたゲームボーイのこと考えてただろ。どんだけ嬉しかったんだ?」

電池が無くなっちまうからソフトのオープニングだけ聴くのはいい加減やめろって言ってるのに、とぼやく名前の声が近づ いてくる。
革靴のコツコツという足音とたくさんの缶がガチャガチャと擦れ合う音、ベッドの脇の低い位置に見える赤い光を頼りに、名前とレッド・ガーランドが冷蔵庫の前にしゃがんで飲み物をしまっている景色を想像する。
リノリウムの床にアルミ缶が置かれる音を数えた。一、二、三、四、……八本。病室を出られないぼくの分と、付き添いの名前の分。
名前は出るとき袋を持って行かなかった。おそらく、スタンドも使わずに買った飲み物を腕いっぱいに抱えて階段を登ってきたんだろう。そんな炭酸は今すぐ飲まずに冷蔵庫に入れてもらった方がよさそうだ。

「ほら」

名前がプルタブを開けて、飲み物を差し出してくれた。その位置が咄嗟にわからず手をさまよわすと、名前がもう一方 の手をぼくの手に添えて冷たい缶を握らせてくれる。

「飲み口はそっち側に向いてるからな。ひとりで飲めるか?」
「お茶くらいひとりで飲めるよ。それより買い出しは大変だったろ? ぼくが入院してから名前は働き詰めなんだから、少し休んだ方がいい」
「……うーん、やっぱり缶のままだと飲みづらそうだな。花京院、それコップに注いでやろうか」
「ありがとう。でも、もう手を離してくれても平気さ」

名前は名残惜しげに手を離し、サイドテーブルの上から何か拾った。プルタブが開く音がまたしたので、自分の飲み物に手を付けたのだろう。
きっと今「コップにお茶を注いでほしい」と頼んだら、名前はぼくが退院するまでコップにお茶を入れて飲ませてくれるだろう。
名前に は一日でも早くジョースターさんたちの元へ復帰して欲しかった。
その為にはぼくがひとりきりでも、目が見えなくても、普段通りの生活ができるようにならなければならない。名前や看護師に頼らなくても、ぼくにはハイエロファントがいる。缶のお茶を飲んだり自販機に買い物に行くくらい造作もなくできるようにならなければ。

ぼくが缶を握りしめたまま「名前には頼らない」という決意を燃やしていると、部屋の隅の方でセロハンを捲るチリチリという音がした。
この方向には何があっただろう、と逡巡するが、熟した果物の甘い匂いが鼻先をくすぐるとすぐに答えに思い至った。
そういえば、アスワンで貰ったフルーツセットの籠にはセロハンがかけられていた。名前がその籠をいじってい るのか……?

「名前? きみ、何やってるんだい」
「あッ、バレたか。小腹がすいたから花京院のフルーツセットから一個拝借しようと思ってさぁ〜。いいだろ? おまえの言う通り一休みってことで」
「それきみが買ってきたやつだろ。ぼくは別にかまわないけど……」
「やったッ! じゃあさ、花京院はどれが食いたい?
エジプトまで来るとフルーツセットも異国情緒いっぱいなんだ。
熟したマンゴーと、真っ赤なリンゴとみずみずしいオレンジと桃とブドウと、珍しいのじゃあ甘〜いナツメヤシなんかもあるな。おれはそいつを残して選ぶから」
「だから、そんなに気を使わなくていいってば。名前が好きなのを食べなよ」
「強いて言うならだよッ。何を残してほしい?」
「……じ ゃあ、マンゴーを残しておいてくれるかな」
「オッケー。じゃあおれは桃を食うぜ」

他の果物は皮ごと食べたり手で皮が剥けるけど、マンゴーは皮にかぶれるしナイフを使わなきゃ食べられないから、という言葉を飲み込んでぼくはお茶を飲んだ。
濃く抽出された紅茶の香気が強く香って、鼻の奥がつんと痛んだ。

◆◆◆

なぜレッド・ガーランドの炎だけがぼくの目に見えるのか、アスワンの病院でアヴドゥルに尋ねたことがある。
強い太陽光や電気の光は包帯でぐるぐる巻きの目に届かないのに、名前の動きが察知できるのはなぜなのか。それほど強い光だということだろうか。この光を見ていて目に害はないのか。
隣のベッドに佇む炎の専門家は、次々投げかけられるぼくの質問にひ としきり考えを巡らすと、「それはスタンドの出す光とこの世の光の構造が違うからではないかな」と答えた。

「わたしのマジシャンズ・レッドはこの世の炎を操るスタンドだが、レッド・ガーランドの炎はスタンドの意匠だ。スタンドは精神エネルギーの具現であり、スタンド使いならば心の目で見られる」
「その理屈はわかりますけど、それだとぼくのハイエロファントや皆のスタンドだって光の形に見えていていいはずでしょう。見えるのは名前のガーランドだけですよ」
「ううむ、難しい質問だな。……これはわたしの仮説だが、ガーランドはパワー型のスタンドでエネルギーが強い。頭やプロテクターで燃え盛る炎のデザインも印象深いだろう?
それで目を怪我してもスタンドの存在がきみ の心に伝わるのかもしれない。目を閉じて炎を前にしても、その熱や空気のゆらぎを感じるようにね」
「……そんなことがあるものでしょうか? にわかには信じがたいな」
「だがそうとしか言いようがない。……なぁに、心で感知しているのなら目に害はないだろう。案外視力の回復も早いかもしれないぞ」

思えばあの時にぼくは墓穴を掘ってしまったのかもしれない。
その質問がきっかけで、コム・オンボにひとり残されるぼくの看護には名前が適任だろうということになり、誰もぼくを護衛したいと名乗り出た名前を止めようとしなかったのだ。
レッド・ガーランドは承太郎のスタープラチナにも匹敵するスタンドパワーの持ち主だ。
そんな名前がぼくの護衛に来ると聞いたとき、ぼくは心 強さよりも先を急ぐ一行の戦力が削がれる不安を感じた。
あんなにも強い名前がぼくひとりに構っていていいのだろうか、と後ろめたい気持ちになったのだ。

◆◆◆

「マンゴーといえば、おれ、この旅で初めてマンゴー食ったんだよ。日本じゃあなかなか見かけない果物だろ? 
おれ桃もリンゴもどっちも好きだからさ、その中間みたいな味がするのに感動したんだ」

ぼくの心境も知らず、足元から明るい調子の声が飛んでくる。ガーランドの赤い光がベッドの足元に留まっているので、名前がそこの椅子に座って熱心に果物を剥いているのがわかる。
病院は空調がきいていて、外の熱気はあまり感じなかったが、その代わり閉ざされた空間にはバスケットの果物の甘い匂いが充満していて 頭がくらくらする。
確かに桃とリンゴを足して割ったような匂いがする。ここの病室には桃もリンゴもマンゴーもあるからそれぞれの区別が曖昧だけれど。

「それで、おれはてっきりマンゴーも桃みたいに手で剥いて食えるのかと思ってたんだけどよー、違うんだよな。
案外身に繊維があるから手で剥けなくて、こう、真ん中から切って種を取って格子状に切れ目入れて、イカの飾り切りみたいに皮の方から裏返して食うんだよな」
「名前の言ってることわかるよ。きみの言ってる飾り切りって、松笠切りのイカだろう? 香港で食べた料理の中に入ってたやつ」
「そう!その切り方だよッ! おれ、いつもあの切り方が上手にできなくて、食うときには手も口の周りもベタベタになってるんだ」

屋台ですでに切ったやつ買ってもだぜ? 嫌になるよなぁ。
名前が愚痴る声と一緒に、何やら紙を丸めるような音がした。名前が桃の皮を剥き終わってごみを処理したのかもしれない。
……二つに切って、種を取って、身に切れ目を入れて、裏返す。するとブロック状に切られた果実が前に出て来るから食べる。
名前がさっき話していたマンゴーの切り方を頭の中でシュミレートしてみたけれど、どこにも手や口を汚す要素なんかない。
それってぼくの口が大きいからだろうか? いや、口の大きさなんか名前とそんなに違わないはずだ。

「お店の人がマンゴーを食べやすいように切った結果ああいう形になってるわけだろう? それが食べづらいってことは……名前の食べ方が変なんじゃあない かなあ」
「食うだけなのに変なやり方も何もないだろ? ふつーに剥いてふつーに食ったらそうなるんだよ」
「普通って言うけど、きみカラチの屋台で顔中マンゴーの汁だらけにしてたじゃあないか。
ハンカチで拭いてもそれからずっと虫が寄ってきてて、『この町はやけにハエが多いなぁ。衛生は大丈夫なのか?』って真面目くさった顔でぼくに聞いてきて……」
「おい、その話はやめろ花京院! 言っとくけどおれはマンゴーを克服したからな!あんな赤んぼみたいな食い方はもうしないぜッ!」

桃やリンゴの皮は剥けるのにマンゴーを上手に裏返すことができないなんて。どうしてこの名前って男は変なところで不器用なんだ?
名前が自分の食べ方の下手さを認めると、彼が顎を果汁だらけ にして絶望していた顔やむっつりとした顔をして虫を追い払う光景が次々脳裏に浮かんできて、ぼくはお茶を飲む手を止めて噴き出してしまった。
何気ない旅のワンシーンが変なツボに嵌まってしまってなかなか笑いを止めることができない。
最初は手で口を覆っていたけれど、笑うなよ!笑うなってー!と必死にぼくを窘める名前がどしどし足音を響かせて寄ってくる。
すると余計に笑いがこみあげて、ぼくは傷が痛いのも忘れてお腹を抱えた。

「いいか!?おれは発見したんだ! マンゴーを上手に裏返して食えないのは皮の周りに繊維が多いからだ!
皮を繊維ごとリンゴみたいに剥いて!種を残して身を削ぎ切りにすれば無駄なく食える!口の周りも汚れないッ!」
「でも手はベタベタなん だろう?……カラチのときみたいに」
「ベタベタじゃねぇよ。 今日はきちんと拭〜い〜た〜よッ」
「いたい、痛いって! やめろよ名前、ぼくは一応ケガ人なんだぞッ!」

いつの間にか鼻先まで来ていた不器用男がぼくの頬の肉をつまんで捻り上げる。
ぼくが頬の痛みから逃れようと手を振り回すと、名前が「暴れるなよ、こぼすだろ!」と怒鳴った。
ぼくのお茶ならもうほとんど入ってないから平気だ!それより傷がひきつれるから引っ張るな!まだ抜糸も済んでないんだぞ!
そう言おうとした瞬間、ぼくの口が開いた。開けたくて開けたのではない。名前が顎を引っ張ってこじ開けたのだ。

「おれの練習の賜物だぜ? 食らえ花京院ッ!」

まるでプッツンラッシュでも繰り出す ときのように名前が叫んだ。レッド・ガーランドの拳の代わりに、口の中にぐにゃっとしたものがねじ込まれる。まるで予期していなかった名前の暴挙にぼくはうろたえたが、口の中に入ってきた塊を咄嗟に噛むと甘い汁があふれてきた。
少し繊維があるけれど、よく熟れてみずみずしい果肉。桃とリンゴの中間みたいな少し癖のある甘酸っぱい味がする。
香港で、カラチで、エジプト行きの旅を始めてから何度も食べた味。鮮やかな果肉の黄色が脳裏に閃く。
……これ、マンゴーだ。

あ、けっこう熟してるな。柔らかくて、すごくおいしい。

「……きみ、桃を食べるって言ってなかったかい?」

ぼくは無心に口の中のマンゴーを噛んで飲みくだしてから、名前に尋ねた。
ぼくの記憶が正 しけりゃあ名前はマンゴーなんか食べようとしてなかったはずだ。

「最初はそう思ったんだけど、マンゴーの話してたらマンゴーが食いたくなったんだよ。ちょうど熟れて食べごろだったし、花京院ひとりじゃあ食べづらいだろうからおれがいるうちに剥こうと思って。
……それともおまえ、どれを食べてもいいって言ってたけど、やっぱりマンゴーだけは大事に取っておきたかったのか?」

だったら悪いな、と特に悪びれる風でもなく名前が言った。
旅の荷物から分けてきたプラスチックの食器とフォークの先が擦れる音がする。名前の声の具合も何か口に入れている時のように籠っている。
名前が切ったマンゴーを食べているのだ。食べづらいと言った松笠切りではなく、ぼくの口に滑り込ん できたのと同じ形の、削ぎ切りにしたやつを。
……こぼすって叫んだのはこのことか、とぼくはようやく合点がいく。

そういえば、名前は小腹が空いてると言っていた。
ぼくは朝と昼に病院食を食べたけれど、名前は朝からずっとぼくに付きっきりで……食事もまともに摂ってなかったんじゃあないか?


その事実に気付いた瞬間、ぼくは名前という男の不器用なやさしさが切なくなる。
結局、ぼくがどんなに気を遣って名前の親切を跳ねのけても、その親切は巡りめぐってぼくのところへ戻ってくるのだ。
いくらぼくが遠慮して身を引いても、名前は自分のためだと言い張ってぼくのためになることをしようとする。籠の中身をわざわざ読み上げて、桃が食べたいと言っていたのにマンゴー を剥いて、その最初のひと切れ目をさり気なくぼくにくれてしまう。
申し訳ないなとか、押しつけがましいだとか迷惑だとか、そういう負の感情をこちらに抱かせないように彼なりに気を遣って。
ぼくの「ぼくに気を遣わなくていい」という配慮と名前の「花京院が気を遣わないようにしてやりたい」という配慮がぶつかり合ったら、どちらかが厚意に甘えなければやり取りはいつまでも平行線のままなのだ。

ぼくは、名前が自分の世話に手を煩わせるこの状況がいやだ。だけど、今のぼくは事実何もできない。
ぼくと同じように視力を奪われたハイエロファントは部屋に触脚を伸ばすので精一杯だ。ぼくひとりで日常の動作をこなすのには長い時間がかかるだろう。
ならば一刻も早く介助から独り 立ちできるように、名前に迷惑をかけてでも元の生活に戻る努力をするべきじゃあないのか。今だけは彼のやさしさに甘えることが許されるのではないか。
果汁の甘さがすっと舌から消える。ぼくは爪先で床のスリッパを探って足に履いた。
スリッパを履いて立ち上がらなければならない用事ができたのだ。

「名前」
「ん? どうした花京院。ふた切れ目ほしいのか?」
「そのマンゴー食べ終わったら、一階まで連れて行ってくれないか。病院の構造を覚えたいんだ」
「いいけど、……おまえ無理してないか?傷も塞がってないんだし、まだ寝てたっていいだろ」
「ぼくが無理してるって? 無理しなきゃあいつまでもこの病院で再起不能のままだよ。そうだろ?」

きつい言葉を柔らかい 語調で薄めて、ぼくはベッドから抜け出した。ふらつく体を咄嗟に名前が支えようとするが、ぼくはその腕を強く掴んで彼の顔を見上げた。
名前の顔は見えなくても、背後に控えるレッド・ガーランドの炎が見える。
その炎を熱いと感じることはないけれど、この炎が燃えているから名前がそこに居るとわかる。

「聞いてくれ、名前。ぼくは、この病院にひとりで置いて行かれても平気だと思ってた。
目が見えなくてもぼくにはハイエロファント・グリーンがいるし、仲間の誰かがぼくに構って足止めを食うなんてとんでもないと考えていた」
「花京院……? 何言って、」
「でも、きみがいなきゃあ、ぼくは果物を食べることも笑うこともできず、病室で塞ぎこんでいたと思う。
何も見えな い暗闇にひとりきりで、早く皆に追いつかなければと焦り、恐怖に呑まれそうになっていたと思う」
「おまえがかァ? 花京院に限ってそんなことあるわけないだろ」
「そうだね。そんなことあるわけない。もうそんな事態は起きないよ」

本体がお腹いっぱいになったからだろうか、レッド・ガーランドの頭の炎が勢いを増してより強い光を放つ。
ぼくは名前が怪訝そうな声を上げるのを微笑んで聞き、しっかりと口角を上げて朗らかに笑ってみせた。
不思議と後ろめたさはもう感じなかった。
きみが来てくれたから元気が湧いてきたんだ。きみと居ると仲間と居る楽しさを思い出せるから、何としてもそこに戻ろうと思える。
そんな気持ちを与えてくれるきみに、改めて心からのお礼が言い たかった。

「ここに居てくれてありがとう、名前。あと少しだけきみの力を借りていいかな」

スタンドの仕組みは謎だらけで、レッド・ガーランドの炎が見える理屈は仮説のままだけど、きみの魂に燃える炎がぼくの恐怖を照らしてくれることは確かなんだ。

しばしの沈黙があり、やがて名前がぼくの両肩を支えたまま、「あぁ」と力強く応えた。
……それからすぐに、不安そうな声音で一言付け足したけれど。

「でも、ほんとに大丈夫か花京院……。おれ、おまえにマンゴー食わせただけだぜ……?」
「…………」

入院生活でメンタル弱ってるんじゃあないのかと言いたげな名前の語調に、彼が困った時に浮かべる引きつった笑みが思い出される。
名前の立場で考えてみればその反応は当たり前で、ぼくは照れ隠しのため明後日の方を向いて咳払いをした。
それでもレッド・ガーランドの赤い炎は、瞼を透かす暖かな陽光のように視界の端に閃いている。

早く一階に行こう、名前。ぼくが立ち直るために、進むために、今だけ肩を貸しておくれ。
あぁ、早く目が治るといいな、とぼくはしみじみ思った。
ぼくらみたいな間柄で気を遣いあうのは、これでお終いにしたいものだね。

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