煙に巻かれた

壁にもたれ、手を後ろで組んで待つ少女。
小さな口に挟まれた白く細い棒。その先端から流れる紫煙。
小柄で高校生という年齢からみても幼さの残る姿には似合わない代物なはずなのに、
いつも気だるげな態度故か、不思議と不自然さはなかった。むしろ、似合っているともいえる。

「おい、名前」

待ち合わせの場所でそんな名前の姿を見た承太郎はほんの少しだけ、眉を顰めた。
その反応に気づいた名前は意地の悪そうに微笑んだ。

「君に咎める権利はないと思うが?」

顰めた承太郎の口にも、未成年であるにもかかわらず苦みを含んだ煙が揺らめく煙草が銜えられている。
煙草は、もちろん未成年には有害である。加えてその害は男性以上に女性の方が深刻だという。
しかし、それを指摘したところで“わかりましたはいやめます”というような娘ではないのも確か。
「やれやれだぜ」、と呟いたところで名前は噴き出した。

「おい」
「冗談だよ、冗談。これは煙草なんかじゃあない」

名前は彼女のスタンド―ディープ・パープルの名を呼ぶと、
紫煙は一瞬おとぎ話に出てくるようなランプの魔神の姿を形作り、背に回していた手の中の髑髏の描かれた壺の中に消えた。
承太郎の反応がよほど面白かったのか、喉の奥で笑う。
ちなみに、煙草だと思っていた白い棒は日本から持参したシガレットチョコだという。

「これでスタンド使いかどうか見分けることが出来やしないかと思って。
 先の偽船長とアンタの掛け合いを参考にしてみたんだが、それなりに効果はあるみたい。
 先ほど会ったジョースターさんにはスタンドなしで試したけど
 何を食べているんだ、と聞かれただけだったよ」

ぱくりとシガレットチョコを銜えなおすと、名前はそう言ったが、すぐに溜息をついた。

「最も、スタンド使いじゃない刺客もいるから意味はないけどね」

DIOはスタンド使いだけでなく、スタンドの見えない殺し屋をも雇い、こちらの命を狙っている。
100年も眠っていた吸血鬼の男のどこに払えるほどの金があるんだろう、とどうでもいいことを考えてしまうほどに、敵は多い。

(まったく、あの時の私はどうかしてたとしか思えない)

面倒臭がりに定評のある自分が、面倒事に自ら飛び込むような真似をするなんて。
日本に送られてくる刺客をちまちまと倒すのも面倒だし、放っておいて家族や友人に被害が及ぶのも頂けない。
終わりが来るかもわからない作業を1人続けるよりも、力のある者たちと原因を潰した方がと思ったことは確かだが、
それを含めてもやはり自分の行動は常軌を逸していた。
そう自嘲する名前の口から、シガレットチョコが大きな手により奪われる。
何事かと顔を上げれば、至近距離に承太郎の顔。
指にシガレットチョコと煙草を挟んだ手で器用に名前の顔を上に向かせ、名前が逃げないようにと顔の横にもう片方の手をつく。
承太郎の顔が近づき、くっつきそうになった瞬間

「っ?!げっほげほっ・・・かはっげほっ・・・!!」

ふぅ、と彼は口の中に溜まっていた煙草の煙を名前の顔に吹きかけた。
思いっきりその煙を吸い込んだ名前は顔を背け、口元を抑え何度も何度も咳込む。

「っなにすんのよこのスカタン!!!」

数十秒後、何とか持ち直した名前が目に涙を溜めながら承太郎の足を蹴る。
こちらはひどい目に合わされたというのに、加害者は素知らぬ顔で煙草を吹かし直しているのが更に名前を苛立たせる。

「嫌ならやめろ。ジジイも誰も咎めねぇぞ」

思わず、目を丸くする。
考えていたことがわかってしまうほどに顔に出ていたのだろうか。
何にせよ、思考を読まれるということは不快感しか生まれないな、と名前は軽く溜め息を吐き、首を横に振る。

「それは無理かな。面倒事は嫌いだし、やめたいと思ったことがないなんて嘘になるけれど」

先ほどあげた刺客以外にも、飛行機は墜落するし、食事は台無しになるし、漂流するし。
“やめたい”という思いを抱いたことは小さなことも含めれば星の数ほどある。
だけど、私は旅に同行する。今も、これからも。

「面倒な事この上ないけど、こんなところでサヨナラするのは性に合わないんだよ」

面倒が嫌いなのも事実だけれど、自分が負けず嫌いなことは、ほんのちょっぴり理解している。
命を狙われて、旅に参加すると決めてここまで来たのに、尻尾巻いて逃げるようなことはしたくない。

「続ける理由はそれだけか?」

ただ、1つだけ付け加えるとするのなら。
何かを失う気がした。目に見えない、何かを。かけがえのない、何かを。
時には命よりも大切な、何かを。

「おい」
「いや、なんでもないよ。それだけだよ、今のところはね」

それはいったい何なのか、わからない。
この旅を通して見つけられるだろうか。
目の前にいるこの男と、一緒にれば。

「ところで、いつそのチョコを返してくれるのかな?」

なんて、らしくないことを考えてみる。

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