謎めいた2人

自分は空条承太郎という同級生のことをよく知らない。
滅多に学校に顔を見せないし、自分の耳に入る彼の噂は上級生5人と喧嘩して無傷で完勝したとか、彼を注意した先生を不登校にしたとかそんな恐ろしげな物ばかりで、あまりお近づきになりたくなかったのもある。
彼のことを格好いいとか憧れている友人もいたけれど、正直どこがいいのかさっぱりわからなかった。
だから、そんな彼と一緒に旅をすることになるだなんて想像だにしていなかった。

事態が事態なだけに放っておけなくて同行を決意してしまったけれど、私は本当に大丈夫なんだろうか。
あの空条さんと上手くやっていけるだろいうかとかそういう心配もあるけど、私はあくまでただの女子高生だ。学業、スポーツ、趣味、性格、その他諸々のことにおいて特に秀でた部分や尖った面があるわけでもないし、スタンドに目覚めたのだってつい最近のことだ。
むしろ、こんな平々凡々な私にどうしてこんな超常現象が顕れてしまったのか不思議でならない。
超能力を望んでいる人なんて世の中星の数ほどいるんだから、その人のところにいけばよかっただろうにと嘆いてみても、自分の運命を変えることなんてできはしないのだ。

ふとため息を吐くと「浮かねぇ顔だな」と正面の席にいる空条さんが声をかけてきた。
SPW財団から手配される船の準備が整うまで、私たちは香港の港で小休止することになった。ポルナレフさんとの戦いのせいで私は少し消耗しておりあちこち観光する気にはなれなかった。お腹も空いていたので休憩がてらレストランに入ったら、先に彼が席に着いていて食事をしていたのだ。
私が入店すると同時に彼はこちらを向いたから私の存在には気づかれてしまったし、ここで引き返したり違う席に座ったりしたらいかにも「苦手なので避けてます」と堂々と宣言したようなものだ。
空条さんがその辺の不良と違って無意味に攻撃的になることはないとわかっていても、一旦ついてしまった苦手意識というものはなかなか消えないものだ。
けれど、この旅が長旅になることはもう予想がついていたし、いつまでも避けていては駄目だろうと思って勇気を出して「同席してもいいでしょうか」と彼に声をかけたのだった。

その時の私は彼からすれば不審極まりなく、同時にひどく滑稽だったろうと思う。声も体も緊張でカタカタ震えていたし、笑顔も強張っていたのが自分でもわかったくらいだから。
それでも彼は憮然とした顔で「勝手にしろ」と言ってくれたので、私は勝手に彼の真向いに座ったのだ。
けれど、すぐにやっぱり見られなかったことにして相席なんて止めておけばよかったと後悔した。何せ話題が全くない、気まずい。
仮に話のネタがあっても彼に気安く提供なんて私には無理だろうけど。
そもそも彼はお喋りな女の子は好きではなさそうだし、黙っていた方が都合がいいのかもとかなり前向きに解釈することにして私は彼と一緒に黙々と食事をしていた。
そしてついつらつらと考え事をしてしまい、ため息を吐いてしまったというわけだ。

「いえ、何でもないです。すみません」

そう言うと今度は彼がため息を吐いた。これはマズい返答だったのだろうかと焦るも、どうしたらよいのかわからず指先を弄ぶ。
彼の顔はいつだって無表情に近く、感情が読みにくい。それでも何となく呆れられているようだというのは理解できた。

「あの……」
「俺にはてめーが理解できねぇ」

空条さんの方から必要事項以外の言葉を投げかけられるのは珍しい。純粋に驚いてしまってかなり高い位置にある彼の顔を見上げていると、空条さんはもう1度大きく息を吐き出した。

「名前。てめーは俺が苦手だろう」

ズバリ本心を言い当てられてどうしてわかったんだろうと一瞬疑問に感じたが、すぐに自分の態度がわかりかったのだろうと思い当たった。
なるべく当たり障りのないように振舞っていたつもりだったけど、それがかえって腫物に触れるような言動になってしまっていたのだ。
即座にそんなことはないと言い切ってしまえばよかったのだろうが、数かな時間でも黙り込んでしまっては「そうです」と言ってしまったも同然だ。

「あ、あのっ、私、あの、あの……」

どうにかしてカバーしなければと口を開くが、意味のある言葉が全く出てこない。目の前の空条さんは眉を潜めてわかりやすい不機嫌面になった。私は軽くパニックを引き起こしつつもどうにかして適切な単語を探し出そうとする。

「苦手なんだろ?」
「うう……」

空条さんの眼光はいつだって鋭く、誤魔化しを許さない。だからますます苦手意識を持ってしまうのかもしれない。

「ああ……あの、確かに苦手、かもしれないですけど――」
「だったらどうしてここに座った。まだ他に席は空いてるだろ」
「それは、その、」

彼の疑問は尤もだけと、彼の中にはわざわざ離れた席に座ったりしたらかえって気まずいとか、そういった思考回路は持ち合わせていないのだろうか。
彼は強い人だから、私みたいにいちいち人間関係の些細な摩擦を気にする必要は多分ないのだ。
理解してもらえないならキチンと説明するしかない。私は言葉を選びつつ口を開いた。

「さ、避け続けていてもどうにもならないじゃあないですか。長旅になりそうですし、毎日顔を合わせることになりますから、少しは空条さんともお話できるようになりたくて。それに、私空条さんのことを全然知りませんし、空条さんのことが嫌いなわけでもありませんから」

こういった長期の集団行動においては円滑な人間関係というのが非常に大切だ。ただでさえ一般人に近い自分は足を引っ張りがちなのに、さらに自分が不和の種を蒔くわけにはいかない。
親友にとまでは言わないけど、少なくとも普通に会話ができる程度には彼に慣れておきたかった。
空条さんの方は私にあまり関心は持っていないようだけど、少なくとも嫌っているわけではないことはわかるし。
それに、自分も彼に対し苦手意識は持っているが嫌いかというとそれは違った。自分は彼のことをよく知らないので嫌いも好きもないだけだけど。

「ごめんなさい。あの、私、頑張りますから。だからその、協力してくださると――嬉しいです」

自分のようにいちいち怯えたり他人のことを気にしすぎる小心者は空条さんから見れば苛立つものかもしれない。
だからそんなことに付き合ってられるかと彼が突っぱねるようであれば潔く諦めるつもりで口にすると、彼は「やれやれ」といつもの口癖をこぼして帽子の位置を直す。

「とりあえず、それを全部食え。食ったら出るぞ」
「はい?」

『それ』というのはまだ半分以上残っている私の料理のことだろうか。
よく意味がわからずに首を傾げていると、彼は小さく舌打ちした。

「あんまり遅いとおいて行くぜ」
「わ、わかりました! 食べます!」

ありがたいことに、どうやら空条さんは空条さんなりに私と接触を持ってくれる気になったみたいだ。
私が慌てて料理を口にしだすと、彼はもう1度「ようわからん女だ」と呟いたのだった。

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