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林道の入り口に程近い場所で、
黒の裾長の上着に長髪、帽子姿、頭部に柏の葉を付けた異形の学生達の縦隊を木陰から見届ける大小四つの人影、そして、学生、人影、双方の足元に等しく広がる虚像の紫陽花。
彼らは其れらに気づく事もなく
イエーナ・ブルシェンシャフトゆかりの三色旗を漆黒の夜空に高々と掲げ、
黙々と行進を続けていた。

『リーマン、フリース、キーザー、オーゲン、シュヴァイザー
総々たる面々ですね・・・』

『相変わらずの博識さだよね、プリュヴィウォーズ。
一介の詩人にすぎないボクには到底望めない知識量だな。』

悪戯っぽい皮肉な笑みを湛えながら軽佻浮薄な口調で極彩色とも言える色の髪をいじっている若者が言う。

『僕はドイツと言えば偉人よりもデューリンゲンの森やエリーザベト何かがすぐに思い浮かぶがねぇ。』

隣の極彩色の髪の若者とは対照的な柔和な笑みを浮かべたジェルミナールが応じる。

『え?誰その人?』

『知らないの?テルミドール、
《門閥貴族の令嬢》 でも 《七選帝侯の息女》 でもないわ 私は《一人の女》
唯 君だけを愛したー・
って、私達の生きてる頃に流行ったのよ?知らない?』

クスクスと笑いながら知っている知識を披露して満足したのかやたらと透き通った声で歌い続けるフロレアール。

『ハハハッ、昼間に能力を馬鹿にした意趣返しか、御婦人を怒らせると恐ろしいモノだね』

『やっぱりわかっていらっしゃるわ、ジェルミナール!
色んな意味で!』

何の内容かも分からないが、意趣返しと言う言葉だけがやけに耳に残り、驚きを隠せないテルミドール、
2人は亡霊なのを良い事にあろう事か合唱など始め出している。

『着きましたよ、此処がFest saalです。』


そのプリュヴィウォーズの一言から一拍置いた後、我に帰って、三者三様、此方に意識を戻す彼らを見ると、
遣る瀬無い気持ちがして彼は思わず溜め息を吐いてしまった。
『何か聞こえて来ますわね・・・』

確かに彼女の言う通り、大広間の中からは演説だろうか、朗々とした声が聞こえてくる。

『と言うか、何時の間にか私達、室内にいたのね』

能天気なクスクスと言う笑いが大広間と扉一枚隔てた聖堂に響く。

『ええ、此処まで先導したのも私、聖堂の門も私が一人で開けましたよ・・・』

再びの溜め息、聖堂の石壁に背を預け、頭を抱える。

『プリュヴィウォーズ、君、生前は苦労人とか器用貧乏とか言われなかった?』

意地の悪い笑みを浮かべながら彼の顔を覗き込み、テルミドールは問い掛ける。

『30過ぎまで無職を苦労人と定義するなら私も立派な苦労人でしょうね。』

『何とまぁ、几帳面なニートなんて珍しいモノも居たもんだ!笑いが止まらねぇ・・・
トコロでジェルミナールの旦那は何でボク達を街道なんかに飛ばしたのさ?
どうせなら此処にいる事にしちゃえば良かったのにね』

『私も其れが不可解だったのですよね・・・。』

いきなり話を振られたのに驚いたのか、彼は一瞬目を丸くしている。


『あー、2人共、それ今聞かないとダメ?』

明らかな愛想笑いを浮かべながら答えるジェルミナール。

『そりゃ、だって。
中のバカみたいに長い演説終るまで正直ヒマだもの。』
『何か今後、意味のある事なら今の内に知っておきたいと思いまして。』


正反対の理由だが満場一致である。

『ヒマなのは僕の知った所では無いが、
意味なら有るし完結している、
唯の観光だ、
ドイツの森の雰囲気なんてそう感じられる物ではないからね』

サラッと冗談ではない事を言い出すジェルミナールに唖然とする2人。
その時、ずっと窓際を見つめていたフロレアールが口を開く。

『誰かが黄泉の国への門を開けてしまいましたね・・・』

先程の様子からは想像も出来無い程の物憂げな表情を浮かる彼女のその視線の先、先程彼等が歩いて来た林道の大地に咲き誇る紫陽花の花が此方に向かって紫へと染まっていた。

『加害者の姿も見えない状態でこれほどはっきりと染まると言う事は・・・』

腕を組み、紫の紫陽花の先の誰にも見えない物を見据えるような目でプリュヴィウォーズは独白する。

『あぁ、間違いなく憲兵などでは無いね、常に殺人を犯し、自らも棺桶に片脚を入れている者達、即ち正規軍だ。
哀しい事だが死人は神からの幸福と言うサービスの企画対象外らしい・・・
そうとしか思えないほど不幸だ。
済まないが、そこの有能な御両人に一仕事お願いするとしよう。
黄泉の門の美しさに取り憑かれた哀しい彼等を現に引き戻してやり給え、
多少、刺激的にね。』

冗談を良いつつ、笑い合いながらも、彼らの目は使命に燃えた今、決起せんとするあの学生達に勝るとも劣らない革命家の目となっていた。

『仕方ありませんね、史実通りで無くなった歴史に興味は無いので、そろそろ働くとしますか。』
『しかし旦那、ボク、大声でテンション高い人ムリなんですケド。
コミュ障なモンでして。』

明らかに困っている風には見えない表情で聖堂の天井を見つめながら彼は続ける。

『精神的負担に対する、福利厚生があるなら考えない事もないんデスけどネ。』

清々しいまでのあざとさである。

『はぁ・・・一応考えとく。
しかし、いつも程度の能率では僕も納得しない事だけはわかって置いてくれ。』

諦めたような、一本取られたような複雑な表情で、
両手をヒラヒラさせながら。
ジェルミナールは彼の言葉を肯定する。

『日が登るまでに帰ってきなさいよー、二人ともー。
私は寝るから・・・』

0時の鐘が鳴った途端、どこまでも能天気で空気の抜けたような声でフロレアールが、
『コテン』と座り姿勢のまま倒れてそのまま眠ってしまった、
その異様さは正規軍の侵攻に気付いても全く動揺を見せない彼らが言葉もなく亜然とするレベルの奇怪な光景だ。

『・・・ま、まぁ、彼女は僕が面倒見るから、君達は行くと良い。』

とりあえず、沈黙をどうにかしようと安請け合いするジェルミナール。
しかし、これは言葉で言うほど簡単な話ではないのは誰の目から見ても明白だった。

『広域術式ともなれば消耗も激しいとは予想はしていましたが、
まさかこうまでピッタリ0時に活動停止するとは・・・
毎度の事ながら驚きです。』
『朝まで保たせるにはこれがベストらしい。
私は大広間に踏み込んで学生達の撤退に随行するので、
足止めは君たちに任せるよ。
では、Le c・t・ r・dempteur de Dieu(神の御加護を)』

御加護など無いと知りながら、そんな皮肉と共にジェルミナールは立ち上がり、
フロレアールが外を見つめていたあの窓を開け放つと、
その文字通り死人のような顔で二人に笑いかける。

『とてつもなく皮肉の効いた挨拶じゃないデスか、
旦那らしくていいケドね、
んじゃ、行って来ますわ。』

言葉と同時に、
テルミドールは開け放たれた窓から飛び出し、
禁じられた死を招く紫の道標に沿って森の中を駆け抜けて消えて行ってしまった。

『では、ご武運を。』

そしてプリュヴィウォーズも見た目通りの律儀な立ち振る舞いで一礼すると、
彼も後に続き、刹那のうちに視認する事ができない程彼方の闇へと溶けて行った・・・

『さて、羊を逃がし、狼を狩るか。
全く持って荒唐無稽な話だ・・・』



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