※黄名子ちゃんのネタバレ含みます
※茜水・黄葵前提





 人間が胃に入れるものが、基本的には、二百年経っても変わらないって良いなあ。スーパーに入るのが少し怖かったけれど、野菜や魚やお肉なんかはどれも新鮮そうだし、育ててる人も分かるっていうのは、ちょっと羨ましい。サッカーをすれば気は紛れるし、ウチもやるべきことがあるから、他の思考が入ってくることは滅多に無いけれど、この時代のものに触れたり、一人でいると特に、元居た時代のことを思い出しちゃう。
 でも、何年も続いた習慣って未来でもあまり変わらなくて、この街の女の子はみんな、あの日に備えて忙しそうにしている。かくいうウチもその一人で、菜花黄名子特製のチョコ餅を仲間のみんなに食べてほしくて、ふらふらとお菓子コーナーを行ったり来たりしている。どうしよう、フェイには特別にもう一つあげよっかな、あと――あの子を思い浮かべた時に、いきなり肩を叩かれて心臓が跳ねた。

「なあんだ、水鳥さん!びっくりしたやんね!」
「なあんだとはなんだよ。おっ、バレンタインか?」
「水鳥さんは?作らないやんね?」
「あたしは夕飯の買い物だよ。サッカー部の奴らには小さいやつ作るけど、ちゃんとしたのはやらねーかな」
「ウチはサッカー部のみんなに、ウチ特製チョコ入りお餅を振る舞うやんね!みんな食べざかりだから、たくさんお餅買わないと……」
「へえ、うまそうだな!パックの餅って結構重いし、運ぶの手伝うぜ!そのかわりに」
「うん、水鳥さんにはちょっと多めに」
「分かってんじゃん!」

 快活な水鳥さんはトッピング用のチョコを選び始めた。色んな種類の入れとこうぜ、って持って来たカゴがどんどん板チョコで埋まっていく。ウチも横で笑いながら、こっそりと板チョコの量を増やしていく。これはフェイの分、そしてこれは……。

「……なあ、これってどうすんだ?当日焼かないと餅固くなるから、部室で食うんだろ?調理室だったら夕方は空いてないし。練習終わったら七輪で焼くとか?チョコは……あれだろ、フォ……フォン……なんとか?火使えっかなぁ」
「あっ」
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火のないところに/黄名子と水鳥




「一度は固められているものを、溶かして、また固めて。それだけじゃなくて、いつでもどこでも売っているけれど、この時期だけ大人気になって……。チョコって大変だなあって、毎年思うんです」

 わたしの小鍋の中身をちらりと見てから、葵ちゃんは彼女の鍋と睨めっこを再開させる。そう言われるとわたしの鍋のチョコがゴムべらでかき回されるたびに、うわーっ、って声が聴こえそうな気がした。葵ちゃんの鍋の、あまり駆り出されることのなさそうなゼラチンと砂糖の温泉は気持ちよさそうだった。

「ふふっ、でも、バレンタインにとって想いを伝えるツールは、やっぱりお菓子だから。チョコには頑張ってもらわないと」

 全国の恋する乙女は当日のために、同じ感情を色んなお菓子に込めながら、期待や不安の中、包丁や泡立て器を握る。わたしたちのバレンタインは何も知らない人から見れば「友チョコ」であり、そんな便利な名称に隠れることなく、おおっぴらに愛する人に贈り物ができるのは、少しだけ羨ましい。

「そんな険しい顔してると、お菓子にも移っちゃうよ」

 眉間にしわはだめ、と注意すると葵ちゃんは慌ててわたしの方へ向いた。でもよそ見もだめー、と今度はまた鍋に向き合う。わたしってば先輩みたい。実際先輩なんだけれど。

「食べてくれる人が笑顔になれるように、その笑顔を見て、作った側も幸せになれるのが一番だけど。でも、わたしは他にも伝えたいことがあるから、欲張って他のこともお菓子に入れてるの」
「例えば、何ですか?」
「それは秘密。葵ちゃんだったら、どんな気持ちを込める?」

 ちょっと意地悪なことを言っちゃったかも、と思ったけど、鍋に向き合う葵ちゃんの表情が、だんだんと自然な笑顔になっていく。うん、きっとおいしいお菓子ができあがる。

「お餅に近い感触のお菓子って、やっぱりこれだと思うんですけど……初めてだし、うまくいくかどうか」
「自信持って。わたしも、わたしがしていいことなら手伝うから」
「ありがとうございます、茜さん!」
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essence/茜と葵




 あの時は夕飯の準備だ、なんて言ったけれど、黄名子と別れた後こっそりと元来た道を戻って、チョコを買いに行ったのは言うまでもない。あたしたちが荒らしていったチョコ売り場には、早くも新しい板チョコが品出しされていた。さすが、仕事早いぜ。そこから大急ぎでなんとか完成させたトリュフを、一日冷蔵庫に保存してから、柔らかい赤色の紙で包む。茜の作るやつには敵わないけれど、気持ちは十二分に込めたつもりだ。
 味の善し悪しなんて分からない。あたしが日常的に食べてきたチョコはどれも甘かったし、不味くはなかった。けれど茜から貰うお菓子はどれも心から「うまい」と思ったし、年に一度に頂くものは、気合いの入れ様が違うのか、こいつの作るものなら一生隣で食べていたい、と感心してしまう程には、うまい、いや、そんなありきたりな言葉では片づけられない。同じチョコレートで、材料も市販の物なのに、なんでこんなにも違うんだろう。中学入ってからなんか、貰えるとは思っていたけど、せいぜい神童のオマケだろうと思ってた。

「えへへ、隠し味」

 思いきって聞いてみたら、どうやら技巧の違いだった。ひと手間、というやつか。あたしは料理には無頓着な方だし、チョコレートとしての味が強いから分からなかった。やべえ、茜のお菓子、結構な数食べてるのに。

「ちゃんと想いを込めないと、中途半端なまま固まっちゃうから。ね。とびっきりの想いを込めたから。お菓子を通じてでも想いって伝わるんだよ、水鳥ちゃん。違いに気付いたならあとちょっとだね」

 あたしだって気持ち込めたんだけど、レベルが違うって言うのかよ。後半は何を言っているのか分からないし。味が違うんだ、市販のチョコよりもおいしくて、でも味のどこが違うとか言われてもなんて説明すりゃいいか分かんねえ!しかもあたしが作ったやつ渡していいかも分かんねえー!急に自信なくなってきた!

「今年のもきっとおいしいよ。あと、水鳥ちゃんが持ってるの、欲しいな。絶対、おいしいから」
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味のない隠し味/茜と水鳥




「わあ、マシュマロやんね!」

 黄名子ちゃんはハート型のマシュマロを取り出すと、大きな瞳はいっそう輝いた。見る角度を変えながら、まるで宝石を光に透かすみたいに、私が作ったお菓子に感動の眼差しを向けている。
 誰もいない部室で、私たちは寄り添って座っている。バレンタインだからって部活後の閑散さが消えるわけじゃなく、でもいつもの違うのは、サッカー部に用意したお菓子の甘いにおいと、七輪の炭のにおいが残っていることだった。

「葵、これ作ったやんね!?すごい!」
「うん。初めて作ったから自信は、その……あまりないけど、気持ちを込めて作ったから!」

 口から咄嗟に出た言葉を、一旦心の中にしまって、考える。茜さんが彼女のチョコに込めた気持ちと、私がこのマシュマロに込めた気持ちは、一緒だと思う。バレンタインは元々そういう日だし、私が黄名子ちゃんに対して抱いてる感情がそういうものだと、気付くのに時間はかからなかった。
 喜びの声を上げて私のお菓子を眺める黄名子ちゃんだったけれど、マシュマロを食べることなく一度箱にしまって、鞄の中を漁りだした。

「じゃあ、これはウチから」
「え、だってチョコ餅はみんなで……」
「葵には特別やんね!」

 はい、と渡されたのは空色の包みだった。唖然とする私に、早くはやく、と黄名子ちゃんは急かす。私も焦る気持ちを抑えながら、丁寧にリボンを解いていくと、こんがりと焼けたブラウニーが顔を出した。

「そう、特別だから、ハートの型で。星じゃなくてハート……あっ、ええととにかく、葵がマシュマロに込めた想いと同じのが、それには入ってるやんね」

 ハート型のブラウニーは、しっかりと厚みもあっておいしそうだった。どうしよう、涙が出そう。必死に我慢しながらのありがとうは、私が今まで生きてきた中でも屈指のありがとうだった。黄名子ちゃんも照れくさそうに笑って、横から抱きついて、私の頬に頬ずりをしてきた。黄名子ちゃんのほっぺは、さっき食べたお餅のような柔らかさで、私のマシュマロは少し柔らかすぎたかもしれない。

「せっかくだし、食べよっか」

 気持ちを伝えるのもあるけれどやっぱり、おいしいと、笑ってくれるあなたの笑顔が見たくて、頑張って作ったんだから。作っている時の苦労だって、その言葉と笑顔で甘い笑い話に変わる。

「いただきます!」
「いただきます、やんね!」
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恋は甘く柔らかく/黄名子と葵



20130214
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