※「」付き会話なし。正直読みづらいです。


 一緒に帰ろう、瞳子姉さん。
 真っ赤な顔と青い髪が相対的だ、視覚からダイレクトに得た感想だった。その後から、玲名の逸らされた視線、瞳にうっすらと輝く水の膜、目尻と頬の紅い色――それから差し出された右手に握られた私の紺色の長傘と、下ろされた左手にある彼女お気に入りの空色の折りたたみ傘を見て、ああ、この子は私のためにわざわざ駅と園を往復してくれたのだと、やっと気付いた。
 仕事の疲れを含んだため息と共に、改札からどっと人が流れ出てくる。人々はきっと私たちを邪魔だと思いながらも、律儀に避けてくれる。
 傘を受け取った時、やっと玲名がこちらを向いてくれた。眉間に皺を寄せ、睨むように私を見た。玲名のこの表情に、見る人は彼女は怒っているのだと怯えてしまうかもしれないが、これは威嚇ではない、何かの痛みに耐えているような眼差しだった。潤んだ瞳は水晶玉のように滑らかさを帯びて光を放っている。玲名、また泣いたのね。そうは言わずに別の言葉を発した。迎えに来てくれてありがとう。


 車窓から曇天は確認していた。玲名が冬に着るセーターと同じ色だと思った次の瞬間には、強い風に乗って雨が窓を打ちつけてきた。生憎傘を忘れ、どうしようかと悩みながら改札へと向かうと、見覚えのある青髪の少女がこちらに寄ってきた。新しく通い始めた学校の制服は、玲名によく似合っている。
 少し前を歩く玲名の背中が、以前よりも逞しくなったように思える。年相応の身体の細さはあるが、スカートから覗く腿と靴下の内には、引き締まった肉体がある。歩く姿も、ぶれない軸があるように真っ直ぐだった。
 しゃんと歩く姿を、子どもたちは揃って、私に似ていると言うのだ。


 玲名は意識的に姉さんを真似しているわ――前に布美子に言われたことがある。私が思うにそんなことはないとは思うが、それでもこんな人間を意識してくれている、しかもそれが玲名とは。思わず微笑みが漏れたら、本人には言わない方がいいかも、と布美子に釘を刺された。
 私もよく出来た人間ではなかったし、子どもたちの見本となれるような大人でもなかった(そう思っていても子どもたちは私を頼りにしてくれるので、それを無碍にはできない。力になれるよう努めた)。子どもたちからすれば、裏切られたと思えるような行動も取った。その中でも玲名が一番、嫌悪感を剥き出しにしていたから、布美子にそう言われて正直嬉しかった。エイリアの一件が落ち着いてからは徐々に玲名も私と向き合うようになった。会話が増え、隣りに立つことが増え、頭を撫でると、子ども扱いするなと言いつつも手を払うことはなく喜びを享受しているようだった。正直嬉しかった、いいえ、とてつもなく嬉しかった。何故玲名が私を意識するのか、その疑問は、初めはそっちのけで。
 他人から好意を向けられることは、嬉しいことには変わりない。でも玲名の感情は、世を生きる上で必要なくだらない固定概念をこびりつかせてしまった大人から見れば、実に危ういものだった。玲名が私を好きでいてくれる幸福は計り知れないけれど、その感情を知った周囲からの反応は、拷問具のように玲名を傷つけるかもしれない。それが怖かった。
 玲名の気持ちは純粋だ。その純粋さは玲名が大人になっても失ってはならない宝なのだ。玲名を護るには、私が玲名からの愛情に、見て見ぬふりをするしか、答えが出せなかった。悩むことは悪いことではないけれど、それで私のことを考えて涙を流すことを、無視するしかできなかった。
 その判断が正しいかは分からない。


 雨足は弱くなってきたが、まだ傘は必要だろう。変わらない距離を保ち、言葉を交わさないまま、私と玲名は帰路についている。
 玲名は滅多なことで泣かない子だった。泣いたことを悟られないように、本人も気をつけている。けれども、子どものちょっとした変化に気付いてしまうのが、家族だ。涙の原因は紛れもない私で、縮まらない距離を作っているのも私だ。私だって玲名が好きだ。
 瞳子姉さん。前を歩いていた玲名が口を開いた。振り返らず立ち止まらず、前を向いて話しかけられた。私の方には鮮明な声として飛んでこない。傘による防音と、ローファーとヒールの足音、控えめに傘を打ってくる雨音が、邪魔で憎たらしい。
 やっぱり私、瞳子姉さんが好き。……この告白は何度か聞いた。聞くたびに胸が痛む。玲名は続けた。姉さんが私のためを思って、距離を置いているのはわかる。でもそうすると、心の中が空洞になった気がするんだ。姉さんは私を肯定している上で、私の気持ちを断わっているけれど、
 玲名の声が、だんだんと涙声になっていく。
 けど、私からすれば、否定されてるような感覚なんだ。存在そのものを……。気持ちだけが駄目だと言っても、気持ちとからだは一緒じゃないといけないから、なんだか、あの時――お父様に裏切られたと勘違いした時みたいな、私はこの世界に居ていい存在なのか、分からない感覚なんだ。
 玲名の独白を遮るように、私は濡れるのを気にせず早足で彼女との距離を詰める。傘を持つ手とは反対の、左手を手に取った。玲名が苦しむ時には助けの手を差し出す(それはきっと家族という囲いの中にいるからで)、しかし助けた後は、後は。(恋人の枠に入ってはいけない)
 皮膚越しに玲名の血潮を感じる。大丈夫、貴女はここにいるわ。そうは言わずに別の言葉を発した。一緒に帰りましょう、玲名。

Title:亡霊

20120915
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