茜の眼が好きだ。透き通った薄紫色の眼。柔らかい曲線を描いた双眸。しばらく眺めていたいけれど、長い時間眼を合わせると最後は気恥しくなって逸らしてしまう。逸らすたび、ああもったいない、と少し後悔する。
「見られてるって意識しちゃうんだよなぁ」
「水鳥ちゃんが見て、わたしが見られてるのにね」
「だって茜、あたしを『見てる』って意識してるだろ」
「ふふ、わたしも水鳥ちゃんの眼、好きだもん」
「そうかぁ?」
自分であまり好きではないものを褒められるとあんまり良い気はしないけど、茜に言われると、それが少しだけ好きになれた気がした。比べてあたしの瞳はつり目だし色は暗い緑色だし。それでも茜が好きと言ってくれるなら、まぁそれでもいいかなと思えた。
「ありがとな、茜」
笑った後に、それとなく茜の瞳へ視線を向ける。伏し目になって翳られた紫色は、今の角度では光が無いように見える。「茜?」と顔を覗き込んだら、困ったように笑った。
「水鳥ちゃんは宝石みたい」
「ほうせきぃ?」
茜の発言にはいつも驚かされる。今回は特に。あたしは宝石じゃない、宝石みたいにきれいなのは茜だ。肌も、眼も、からだも。
「なんであたしが宝石なんだよ」
「わたしから見れば、茜ちゃん、とてもきらきらしてる。サッカーしている時の皆と、似た輝きがあるの」
「それ、青春とか汗とかじゃねーの?」
首を振って否定する茜は、あたしの頬に手を寄せた。対して変わらない身長で、目線は自然にお互いの瞳の高さになる。綺麗な紫の上にかぶさるあたしの、暗い緑色。
「うん、決めた。水鳥ちゃん、一生のお願い使ってもいい?」
人はこういう奴のことを「魔性」と言うのかもしれない。なんだかんだで茜との付き合いは長いが、結局茜の言動に振り回されたり、諭されたり、でも許せる。一緒にいると安らぐ。まったく違うタイプなのに。
その茜から「一生のお願い」が飛び出すのだから、本当に取って食われるのではないか。
「はぁ?なんで、ここで、使うんだよ」
「そういう雰囲気だから」
「雰囲気で使うな、……でも、一応聞いてやるから。聞くだけだからな!了承したわけじゃないからな!」
頬の手は滑らかに動いてあたしの腰を通って背に回った。茜の顎があたしの肩に乗る。紫から解放されたけれど、もう少し見ていたいと惜しむ。
「水鳥ちゃん、死んだら宝石になって」
「宝石、って。なれるもんなのか?」
「骨と髪を宝石の一部に加工できるんだって。日本じゃやりにくいらしいしお金はかかるけど、頑張って貯めるから」
耳元で囁かれて、自分の口でも反芻する。宝石。茜は肌身離さず身につけるだろう。死んでも茜の傍にいられる、けれど、そこにあたしはいるわけじゃない。茜にとっては救いになるかもしれない。
「んー……分かんねえ。どっちにしろその宝石はあたしの一部であってあたし本人じゃないんだから、寂しいだろ、茜が」
「良い案だと思ったんだけどなぁ」
「あたしが先に死んだらの話だろ。茜が先に死んだら宝石にはしないぞ」
「やだやだ、わたしは水鳥ちゃんの傍にいたいの。溜めてるお金をわたしが宝石になる代にシフトする」
「あたしはその金で茜と旅行に行きたいよ」
肩の重みは消え、茜が体勢を立て直して、あたしに向かってふくれっ面を見せる。その両頬を手で挟んで、尖らせた唇から空気を出させる。
(こりゃ簡単には死ねねぇな……)
茜があたしを宝石にしてくれるなら、何になるんだろう。エメラルドじゃなくても、綺麗な緑色の石になりたい。飾られるなら左薬指のリングの一部に。今は死にたくもないし死後に宝石になるなんて考えつかないけれど、年を食って考え方が変わったら、あたしが茜を、大金叩いて宝石にするんだろうか。
茜の瞳をじっと見つめる。蠱惑的な紫がゆらめく。できるならば、この瞳と同じ宝石にしてやる。
20120612
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