・一部過激な表現があるかもしれません、ご注意ください
・捏造含みます
・南沢さん転校直前
『雷門へ行ったら一緒にサッカーしよう。おれがゴールを守って、南沢がシュートを決めるんだ』
『……まぁ、それも悪くないかも』
『約束だ!』
小学校中学年の頃だったと思う。稲妻町にはたくさんのサッカーチームがあって、俺と三国は同じ地元の違うチームに入っていた。試合があって、始まる前に相手チームを見たら、一人だけブロッコリーみたいな頭した奴がいるなと思って、でもあいつは俺のシュートを全て止めたんだっけ。
試合が終わり合同練習をして、帰る前だったと思う。お前のシュートすごいな、お前もなかなかだぜ、とかそういう話の後に、同じ中学校へ進学したいことを知った。
『指きりげんまん』
『嘘ついたら針千本飲ます』
『指きった!』
三国の小指と俺の小指が絡まる。声変わりを知らない高い声が拙く音程を捉えて、お決まりの唄を歌う。約束を交わした後、三国は歯を出してニカッと笑って、俺もつられて笑った。あの時の笑顔も、声も、約束も、全て覚えている。
シュート練をするとあいつの顔が浮かんだ。雷門に行けば、これからずっと一緒にサッカーできる。そう思っていた。どんな環境であろうとも。
離脱を決意してから、ひとつの夢を見るようになった。
小さい長方形の白い物体を、俺は大事そうに両手で持っている。それは寒天のように柔らかく固まって苦みがあった。中身が薄く透けて見えて、銀色の針がぎっしりと埋まっている。それをつるんと、吸い込むように一飲みする。飲んだ後の俺は愛おしそうに下腹部を撫でるのであった。しかし嚥下したはずの針の痛みがせず、焦燥する。
隣に三国がいて、俺は何かを懇願する。夢での出来事は起きてからもしっかりと覚えているのに、この時俺が何を言ったのかだけが、どうしても思い出せなかった。三国はとても悲しそうな顔をして、首を縦に一回だけ振ったあと、俺の腹を殴る。何度も殴る。腹の中の針寒天が逆流して、数本だけ吐き出してしまう。気持ち悪くなって涙が出て、俺は針を握りしめて気を失う。そこで目が醒める。気味悪い内容なのに、寝起きは反してすっきりとしている。
この夢は罰だ。罰であり、俺の願望が反映されたものだ。あの時にした約束を破り、別のところへ行ってサッカーをするというのだから、バチが当たったのだ。
サッカーをする。想っていた相手とのサッカーを捨てても、それが俺の望んだ『サッカー』ならば。
「好きなんだよ、三国のこと」
独り言は夕闇へ消えた。
転校の手続きを済ませた帰りに、三国の帰路で待ち伏せをした。練習をして、晩飯の材料を買うあいつならこれくらいの時間だろう。次会う時は敵同士だ、その前に別れの挨拶でもしてやろうと思った。
(告白なんてできるわけがない)
俺は外面だけは立派に品行方正で、自分のために大人の前では自我を隠しまくった。先生の前でも異性の前でもそれは続いた。でもサッカー仲間の前では、特に三国の前では、本音を曝け出せた。どす黒い腹の中の、その黒がだんだんと薄くなって、鼠色にまで変色したのは、ひとえに三国のおかげだと、三年間共に過ごして今更気付いた。
何を言ってもこいつは俺の傍にいてくれると確信していた。あいつを利用しているように聞こえるかもしれない、そう捉えられても仕方ない。だからこそあいつは知らないままでいいんだ、俺の気持ちなんて。俺が三国を好いていようが、気持ちを伝えなかろうが、傍にいてくれるなら。
(それも今日で終わる)
キキッ、と甲高いブレーキ音がして、目を向けると三国が自転車に乗っていた。前かごにはスーパーのレジ袋。やっぱりな。
「南沢?南沢じゃないか!」
片手をあげて軽く挨拶をしたら、驚いて目を見開いた後に一瞬辛そうな顔をして、すぐに安堵した笑顔に変わった。忙しい奴。
「どうだよ、俺のいない部活は」
「お前なぁ……いや、なんでもない。立ち話もなんだから、家上がってくか?」
「……そうだな」
どうせ最後だ、こういうのは。最後くらい良い夢見させてくれたらいいのに。淡い期待を三国に託せない、俺たちはただの友だちだった。
来てもらって早々になんだが、夕飯の支度だけさせてくれ。紺色のエプロンを着けながら三国が頼んだ。家庭のことを断わってまでする話でもない。
「ついでに晩飯食ってくか?今日、母さん遅くなるって連絡あって」
「寂しいのか?太一くん」
にやにやと冷やかしたら「寂しいのはお前だろ。待ち伏せなんかして。話があるんじゃないのか」と、真顔で返ってきた。むかつく。思考はだいたい読まれるし、ポーカーフェイスは通用しない。
『三国のうちで飯食ってくる』と端的にメールをして携帯を閉じた。三国はすでに調理に取りかかっている。壁に寄り掛かって、支度をする三国の後ろ姿を眺めた。
(無駄にきれいな襟足め)
包丁とまな板がぶつかる音が均等に響く。それを耳触りだとは思わなかった。地味な服と髪の間に挟まれた、襟足の肌色が浮かんでいる。
舐めたい、と直感的に思った。美味そうだとも感じた。噛んで食するのではなくて、舐めて味わいたい。きっと汗のしょっぱさはある。三国が使ってるシャンプーとリンスの匂いと、他に何か味がするんだろうか。
三国と性的に繋がりたい。そう思うことは何度もあった。あいつを想って慰めたことも。でも気持ちを優先させて行動するのは馬鹿だ、物事の善し悪しと境界線くらいは分かっている。三国を失いたくない。それでも気持ちの操舵が難しい思春期の俺は、悶々と性欲をただただ独りで発散させるのだった。三国の全身の味を確かめて、三国を抱きたいとも思う。でも最終的には、三国に抱かれたいと思うのだった。
(俺も相当キてるな……)
「なぁ、南沢」
考えていた相手に急に声をかけられて、俺は相当間抜けな顔をしていただろう。それ以上に三国は間抜けな顔をしていた。
「視線が……気になって」
「あ?」
「あんまり見ないでくれ、恥ずかしいから」
心なしか頬が紅い、と認識した時にはまた後ろを向いて野菜を切り始めていた。
(なんだ、今の)
俺の思考が漏れていたとか?いいや口は噤んでいた。視線を感じて?いつもは笑顔で流しそうなあいつが?
「家の支度あるなら仕方ないけど、客人ほっとくのかよ」
「俺の部屋にいてくれ、できたら呼びに行く」
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