光がないと物体は写真には映らない。

「そういやぁそうだな」
「フラッシュたけばいいんだけど、なるべくなら、自然の光に照らされたものを写したいの」

 その光源はまだ地上を照らしてはいない。夜明け前の薄暗い世界の中、水鳥と茜は河川敷の土手に腰かけた。寒さを和らげるように、肩を並べて寄り添う。人々の生活が始まっていない空間の中、静寂を破るのは二人の話し声と、本数の少ない電車が、たまに重たい音を鳴らして鉄橋を走っていくだけであった。
 朝日が見たい、と言いだしたのは茜だった。なんで初日の出でもないのに行かなきゃいけねぇんだ、それに寒いしと、もちろん水鳥は反論した。それでも必死で懇願してきた茜に気圧されたのもあって、仕方なく頷いてしまった。

「なんだかんだ、茜には負けるよ」
「え、何が?」
「なんでもねーよ」

 手持ち無沙汰に水鳥は、足元のクローバーから四つ葉のものを探し始める。夜明け前の、青いフィルターがかかったような世界で、目を凝らしながら他と違う一枚を探すのは至難の業だった。別に、暇潰しだから構いはしない。茜はただじっと、日が昇る方を眺めていた。
 三つ葉と、白詰草の花をかき分けながら、不意に水鳥が尋ねる。

「なぁ、なんでいきなり」
「朝日?」
「うん。あたしら、っつーか茜の突然の思いつきで結構行動することあるけど、さすがに今回のはどうかと思ったぞ」

 緩慢さをもって水鳥を見る。体育座りの、折られた膝頭に頬を押しつけて、ゆっくりとはにかんだ。

「水鳥ちゃんとのね、特別な日常が欲しかったの」
「日常……って、ほぼ毎日部活で顔合わせてるだろ。それにしょっちゅう出かけてるし、ファミレスとか」
「そうじゃなくてね、特別」

 結局四つ葉は見つからなかったらしい。胡坐をかいて茜の言葉を待つ。

「朝日を見てね、何かが始まればいいと思うの」
「うーん……よくわかんねぇな」
「わからなくても、いいの」

 やんわりと諭すような口調だったが、諦めを含んではいなかった。茜は天然でずれた発言をする時と、あえて真意を隠そうとする時がある。今回は後者だ、一緒にいる時間が増えて、その癖も見分けられるようになってきた。そういう時こそ言及を避けてほしいことも。水鳥は不服そうに特別ねぇ、と呟いた後に何か閃いたように、

「ほら、手出せ。右……いや、逆の手」

 ぷつん、茎の長い白詰草を取って、茜の左手の、小指へと巻きつける。暗い中かわいい形のやつ見つけんの、大変だったんだぜ。

「ふふ」
「な、なんだよ。気障すぎたかな」
「水鳥ちゃんかわいいのに、水鳥ちゃんの口からかわいいって言うと、違和感」
「う、後からすげー恥ずかしくなってきた」
「今度は薬指にね」
「おっ、お前もさらっと恥ずかしいこと言うな!」

 だんだんと辺りが明るくなってきた。水鳥が先に立ち、茜の手を掴んで引っ張って立たせる。住宅の隙間から目映い光が差し込む。

「……きれい、だな」
「来てよかった?」
「ああ。ありがとう、茜」
「わたしも、水鳥ちゃんと一緒に見れて、よかった」

 薄く棚引いた雲は金色に彩り、夕焼けとは違い爽やかな青色が広がっている。夕焼けの赤とは違う、柔くも強い光が、世界を、二人を包む。

「あ、写真!撮んなくていいのかよ!」
「うん、ちょっと待って」

 日の出に見惚れている水鳥の横から、数歩だけ後ろに下がる。水鳥が影になって、洩れた陽光が茜へと届く。これだと逆光になってしまうが、パソコンでの修正を見越しての撮影だった。

「水鳥ちゃん」
「んー、なんだよ」

 水鳥が振り返りきる前に、シャッターを押した。


20120118
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