「好き、クララ」
「……私も好きよ」
「その、友だちとしての好きじゃなくて!」

 一世一代の告白だった。そりゃあ長い間同じ屋根の下で生活して、同じチームでサッカーして、ましてや同性。クララはそういうのに偏見ないとは思っていたけど、やっぱり拒絶と否定が飛んできたらと想像したら心臓が鉛のように重くなることがしょっちゅうだった。由紀に応援してもらって、どこから漏れたのかマスターランクの女子全員に伝わり、そこから更にマキや希望たちにも知られ、結局クララ以外の女子がわたしの秘密を共有することになった。
 しかし頭が良く勘も冴えるクララにはバレている、多分。

「分かったわ」
「な、何が」

 手に持っていた分厚い本のページをめくり、これね、と項目を指差した。小説だと思っていたそれは広辞苑だった。

「鋤」
「違うー!!」

 ご丁寧に図解まである。農作業の格好をした男の人が鋤で土を耕すさまが描かれてあった。その鋤をひったくって穴掘ってそこに入りたいわ。
 この反応は間違いなく、クララはわたしの気持ちを知っている。どデカい施設とはいえ狭い世界だ、こうなることは予測していた。けど、知っていてこういう態度をとって、嫌悪を見せないクララはつまり、偏見を持ってないということでよろしいでしょうか。

「やっぱり最初の『すき』で合ってるわね」

 ばたん、と辞書を閉じた風圧で整った前髪が揺れた。深い青の瞳がわたしの眼を捕らえる。シナリオ通りに行かずに変な茶番が入ったせいで、わたしの思考はパニック状態に陥っていた。でも好きって言ったもん、ちゃんと告白したよわたし。

「愛、泣きそうよ」
「正直言って泣きたいわよ!クララってばいじわるばっかなんだもん」
「好きな子ほどいじめたくなるじゃない。ほら、よしよし」

 子ども扱いするかのようにわたしの頭を優しく撫でる。だめ、本当に泣きそう。
 瞳を閉じて涙を零そうとした時、クララがわたしの目の前にいた。近い、と思うより先に唇に何かが触れ、え!?

「なっ……!?クララ!?」
「片思いがいちばん楽しいだなんて、どこの誰のセリフか知らないけれど」

 ごちそうさま、とでも言わんばかりにクララは自分の唇を舐めた。不意打ちで怯みどころか動転して状況が把握できない。つまり、クララはわたしの気持ちに気付いていて、拒否しなくて、キスして、それで。

「お互い好きって分かっている方が、楽しいに決まってるわ」

 半泣きになっているわたしの、涙に濡れた目尻にキスをして、さも愉快そうに笑った。悪魔がいる、わたしの前に悪魔がいる。艶やかに微笑んだそいつの口から覗いた舌は、鮮やかな桃色をしていた。人間の色だった。


20120111
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