マネージャーで初詣に行こうという話になったのは今年最後の練習の時で、その時はその場のノリで決めてしまった。結局夏未が父親の年越しパーティーに着いていくことになり、音無家で除夜の鐘を聴いた後鬼道家に行くと、春奈も結局行けなくなってしまった。

「わたし、冬花さんは久遠監督が止めると思ってた」
「私も最初、お父さんから許可下りないと思ってました。『良い友だちができたんだ、行きなさい』って」
「……普段の監督からは想像できないわ」
「ふふっ。だから一足先に、新年の挨拶してきちゃいました」

 日付が変わる二十分前、秋が外に出る頃には、夕方に降り始めた雪が数センチ程積もっていた。東京での降雪は珍しい方だ。さくさくと軽い音を立てて待ち合わせ場所である雷門中の校門へ向かうと、冬花はすでに待っていた。門柱の上に、小さい雪だるまが一つ置かれている。
 ここから神社はそう遠くない。けれども慣れない足場がふたりの歩みを遅らせる。

「来る途中に尻もちついちゃって」
「大丈夫ですか?結構凍ってますし……」
「うん、なんともないから大丈夫だよ。冬花さんも気をつけてね」
「はい……きゃっ!」

 冬花の悲鳴を聴いて、反射的に手を伸ばして傾いていく右手を掴んだ。掴んだはいいが勢いは止まらず、秋の両足が踏ん張りきれずにそのまま冬花の横に倒れてしまった。
 コンクリートでないうえ防寒対策で着こんでいるためか普段転ぶよりは痛くはない。

「だ、大丈夫ですか秋さん!!」
「えへへ、ごめんね冬花さん……」
「なんで秋さんが謝るの……もう、本当ごめんなさい」

 自分は尻もちで済み、助けようとした秋が横転する結果になってしまった。秋を急いで抱え起こして服に付いた雪を払う。
 冬花の手を握った感触がまだ残っている。自分の手をじっと見つめたあと、秋は決心して冬花に告げた。

「せっかくだから……その、繋いでたいな」

 これはわたしたちの安全のためであって、他意はないの。心の中で言い訳を繰り返すうちに、気持ちが表情に出てしまった。ぎこちない微笑みを浮かべ、熱い頬に乗った雪はすぐに溶けて液体となった。言葉にすると尚更恥ずかしい
 冬花は初め驚いた顔を見せたが、秋とは違った自然な笑みで、黙って秋の左手を掴んだ。行きましょう、と冬花がやわらかい笑顔を浮かべたおかげか、秋もつられて笑うことができた。



 おそらく、日付が変わるの少し前には神社には着けないだろう。どうせ混んでいるだろうからゆっくり行こう、とふたりの間で結論付けて、雪道をゆるやかに歩く。吐き出した白い息は混ざり合ってそのまま消えた。雪も止まない。

「秋さん、あのね」
「どうしたの、冬花さん」

 握った手はそのままに、恥ずかしがるように俯いた冬花を見守る。

「その……秋さんとは、毎年毎年、『今年もよろしくお願いします』って」
「うん」
「毎年、言い合いたいんです」

 まいとし。強調した言葉を秋も思わず反芻してしまう。冬花の頬が椿の花のように紅潮しているのを見て、ワンテンポ遅れて冬花の真意を理解したようだった。秋も同じように顔を赤らめた。冬花が秋を待つ間に告白の練習をしていたことは、冬花だけの秘密である。
 ぎゅ、と秋の手の力が微かに強くなる。ミトンの中と顔が異様に熱く感じる。

「えーと、その……冬花さん」

 深呼吸すると、冴えた空気が肺に広がって心地よかった。しどろもどろになってはいけないと、冬花の瞳を真っ直ぐ見る。

「これからも、よろしくね」

 冬花の右手が離れたかと思うと、秋の背に冬花の腕が回って、勢いよく抱きつかれた。冬花と秋の頬が擦れて、突然のことだが先程のようには身体は動かなかった。勢いに対応しきれずに秋は倒れていく。ああわたし、今日で転ぶの三度目ね、とぼんやり考えながら。
 背中の強打を覚悟していた。しかし冬花が器用にも身体を捩って、ふたりは半身だけ地面とぶつかった。密着は解かれたがそれでもまだ近距離で、冬花は彼女らしくないいたずらっ子のような笑みを浮かべている。こんな笑みも出きるんだと感心する前に、ふたりして大声で笑ってしまった。

「これからもよろしくね、秋さん」
「うん、こちらこそよろしく!冬花さん!」

 白い道の上に座って、お互いについた雪を取る。天からはまだ雪が舞い降りてきて気温も下がってきているが、ふたりは寒さを感じることはなかった。除夜の鐘が鳴り響いて、どちらからともなく笑った。


20111231
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