ひとりは寂しくないと言った。血は繋がっていなくとも、血よりも強い絆があるから大丈夫だと。それは園の子どもたちにも言えることだし、わたしにも当てはまる。眼鏡の奥に海のような煌めきはあるが、すっかり凪いで揺らいではいなかった。

「本当に寂しくはないんですか」
「ええ。春奈さんこそ、そういう方はいないの?」

 わたしの話はいいんです、瞳子監督。
 瞳子監督は、狩屋くんの様子と雷門のサッカーを見に来たという。練習が終わって、少しだけならと時間をもらえた。思い出話と、世間話をほどほどにした後、そんな話になった。瞳子監督の左手を見遣ると、十年前よりも皺が増えたように思えた。老いには逆らえないが、家事やら何やら担うことが多いのだろうが、整った指先はそのままだった。そのまま皺を足したような。指には忌むようなリングはない。
 校庭のベンチに、缶コーヒーを握り並んで座る。

「私みたいになるわよ」
「喜んで追いかけますよ、瞳子監督」

 自虐のようにくすりと笑った貴女を見て、わたしも似たような笑みを返す。いつまでも貴女はわたしの目標で、わたしの愛するひとですから。

「ひとりは寂しいわよ」
「さっきと言ってること違いますよ」
「いいえ、あなたにとって、ひとりはきっと寂しいと思う」

 いつも、いつでもそう。貴女はわたしの心を見透かす。わたしが本当に傍にいてほしい貴女は、わたしの思考を知ったうえで離そうとする。それが互いのためにならないことをちゃんと知っているから。
 さらさらと木の葉が擦れる音がする。風は瞳子監督の髪を攫っていって靡かせた。

「寂しくなんかないですよ!もう子どもじゃないんですから!」
「私からしてみればまだ子どもね」
「子どもじゃない、です……」
「寂しいからって、涙は出てこないもの」

 堰を切ったように涙が溢れ出て、苦しくなって嗚咽を漏らす。手の甲で拭ってもとめどなく流れてしまう。嫌、駄目、監督の前なのに。みっともない。
 手に入らないから泣く。寂しいから泣く。子どもじゃないんです、十四歳の音無春奈は成長したんです、言い訳は全て泣き声に変わる。

「春奈さんは変わらないわね」

 わたしの頭を優しく撫でる手は、さっきの指輪のない左手だった。肩を震わせながら、爪が食い込むんじゃないかと思うくらい強く握られた拳の上に、瞳子監督の右手が重なる。

「ひとりを共有できなくて、ごめんなさい」

 心臓がぎりぎりと締め付けられるようだった。嗚咽でただでさえ痛いというのに。瞳子監督が嵌めてくれた枷は、緩むことはないだろう。ひとり。わたしと瞳子監督は同じなのに、絶対に交わることはない。寂しさで泣いてるんじゃないです、悲しいんです、瞳子監督。


20111222
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