・冬花が不特定の男子、女子に矢印向けてます
・俺ブン設定


 恋愛感情ではない。単に「気になる」「惹かれている」だけ。同じチームのサッカー仲間でもある。(言葉にすると安っぽくなるけど)絆も存在する。それでも、他の仲間たちとは違う、別の感情を、久遠冬花に抱いていた。態度には出さないが、特別視していた。

「良かった、支倉さんが帰っちゃう前に会えて」
「正直びっくりした。冬花とあたし、こういう風に二人で遊んだことなかったし。誘ってくれてありがと」
「どういたしまして」

 特別視していた割には接点は少なかった。期間限定で同じチーム、同じポジシション。冬花は雷門中の人たちとは特に仲が良かったし、あたしは同郷である小鳥遊とよくつるんでいた。
 少し遠いショッピングモールまで出て、買い物して、プリクラ撮って、今は喫茶店で一休みしている。あたしの前に座る冬花は、半分以上なくなったアイスティーに手を伸ばす。一方あたしのアイスココアはあまり減っていない。

「あのね、わたし、支倉さんと一緒にサッカーできて、本当に良かったと思ってます。やっぱりボールを蹴るの、楽しいよ」
「あたしと布美子でみっちり鍛えたんだから、楽しくないわけないでしょ!」
「ふふっ。懐かしいなぁ」

 やわらかく笑った冬花は、可愛いとも、美しいとも言えたと思う。自分の癖で、この人間は色に例えるとなんだろうと考えてしまう時がある。皆の背中を守るキーパーの木野秋は、大らかさを持つオレンジと緑。あたしや冬花と同じラインで守備にいた、状況によってキーパーもこなす倉掛クララは、意志の強い群青と静である紺。
 だいたい人を見ていると二色以上は思い浮かぶけど冬花だけは違った。白と、白と……とりあえず白だと、一色しか決められなかったのだ。それも特別視している原因の一つかもしれない。

「新幹線の時間、大丈夫?」
「あぁ、まだ平気よ」
「……あのね、支倉さん、聞いてほしいことがあるの。ううん、支倉さんには、知ってほしいことがあるんです」

 急に改まって冬花が姿勢を正す。何よそんないきなり、と笑ったけれど、冬花の真剣な瞳を見て、本当にただ事ではないと悟った。沈黙の間に、あたしの鼓動が速まっていく。

「わたし、好きな人がいるんです」
「へぇ、良いことじゃん」

 内心は、そんなことか、と思った。まぁシシュンキだし、冬花は可愛いし、恋愛は禁止事項ではない。浦部リカ程でもないが、あたしだって恋バナは好きだ。でも、なんであたしはまだ焦っているんだ?

「わたしを大事にしてくれてる男の子と」
「うんうん」

 冬花の視線が一度落ちるが、口をきゅっと結んで、あたしに向き合う。

「わたしが誰よりも大事にしている女の子」
「…………ん?」


 思考がフリーズしたのは数秒だけだった。それから、耳まで真っ赤にして眼に涙を溜めて俯く冬花を見つめた。どこかで、ピキッ、と安物のガラスにひびが入る音がした。
 しばらくの間あたしは黙っていた。いや、冬花にかける言葉を探していた。なるべく傷つけないような言葉を。「へぇ、変わった趣味ね」「何、新手のドッキリ?」「もしかして、あたし?」――駄目だ、どうしたら。

「……ごめんなさい、やっぱり、こんな話するんじゃなかった」

 ただでさえか細い声なのに、囁くようなボリュームで冬花は言った。
 なんとなく冬花の顔が見れない。あたしは眼の前に置かれている、満杯に近いアイスココアを注視する。風も、振動も無いのに、水面が揺れている。

「ごめんなさい支倉さん。気持ち悪いよね、こんな」
「なんで、あたしに、話そうと思ったの」

 喉から声を無理に絞り出した。声を震わせないよう必死だった。でも冬花はあたしと違って、先ほどとは逆に、声に芯の強さを持っていた。

「支倉さんなら大丈夫だと思ったの。わたしのこと、知ってもらいたかった」
「大丈夫って、そんな自信はどこから来るのよ」
「確証なんかないですけど、わたし、すごく後悔しているんです。今日支倉さんと遊んで、ああ、なんでもっと色んなこと話さなかったんだろうって。だから、わたしがいちばん大切にしている秘密を、知ってもらいたかった。誰にも話せない、お父さんにも、皆にも話せなかったこと」

 あたしは顔を上げた。冬花の瞳にあたしはどう映っているんだろう。どんな表情をしているんだろう。自分で自分がどんな顔をしているのか分からない。誰にも言えないことを、あたしに打ち明けたこと。あたしが対象から除外されたこと。冬花が「誰よりも大事にしている女の子」は、あたしでは、ない。
 それでも。

「……あたしで、よかったの?」
「うん」

 やわらかく微笑み頷く冬花を見て、少しだけ泣きそうになった。


 結局別れる前にあたしたちは泣いてしまって、打ち上げでも散々やったのに、「元気でね」とか「メールするね」とかを繰り返した。大きい荷物はすでに駅のコインロッカーに預けてある。雑踏をかき分けて待ち合わせの場所へ向かう。あたしと一緒に、小鳥遊忍も愛媛へ帰る。忍はすでに待っていた。

「ごめん、遅くなった」
「……美月、あんた、どうしたんだその顔」
「え?」
「ぐしゃぐしゃじゃん」

 怪訝そうに忍はあたしの顔を覗き込んだ。「とりあえず、まだ時間あるんだからトイレ行きな。待っててやるから」と、あたしを化粧室へと押し込む。しぶしぶと洗面台と鏡の前に立つが、鏡に映ったあたしは本当に酷い顔をしていた。涙で化粧が崩れている。

「はは、さすがにこれはないわ」

 鞄を下ろしてポーチを取り出そうとしたところで、手に何か冷たいものが触れた。冬花と入った喫茶店の、飲みきれなかったアイスココア。もったいなくてテイクアウトをしたのだが、プラスチックの容器が汗をかいて、鞄の中敷きを濡らしていた。色も、中の氷が融けて薄くなっている。
 流そう、と思って蓋を取った。

「……冬花、どうか幸せに」

 液体と氷は排水口には流れず、あたしはココアを一気飲みするべく口に付けた。冷水が喉を通るのを感じる。容器の底についていた氷が、重力に反してあたしの口へ落ちてくる。ほとんどが融けてしまったから、全てを口に入れて、思い切り噛み砕いた。
 冬花の告白は、あたしを信頼してくれてのことだ。人によっては嫌悪感を抱く秘密を、あたしに話してくれた。それがもしもう少し早かったら、あたしと冬花はもっと近づけたのかもしれない。逆に、あたしが自分から冬花に近づけてれば。
 何にせよもう遅い。あたしの中のココアが渦巻いて、逆流しそうになる。これは恋愛感情ではない、暗示をかけるように反芻していた。


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