テーブルを挟んで向かいの塔子は酷い顔をしていた。化粧はさせた、というより無理矢理リカがしたが、ファンデーションでもコンシーラーでも、塔子の目の下にできた濃い隈は消せなかった。
 かくん、と塔子の頭が落ちそうになる。

「だ、大丈夫か塔子」
「あー……」

 小さい唸り声が聞こえた。さすがに、彼女に約二徹はきつかったようだ。リカは夜更かしは苦ではないが、昼間にへとへとになる程サッカーをして、普段から規則正しい生活を送っている塔子には、大打撃であった。

「ごめんなあ。だって塔子、アンタ眠たくなさそうにウチのギャグ聞いとるんやもん……」
「リカのギャグ……つまらないけど好きだからさ……」

 つまらないのかよ。
 というツッコミはさておき、塔子は本当に落ちそうだった。右手に持つフォークが重力に負けて、ショートケーキの苺に突き刺さった。
 塔子のケーキは鋭角の先の一口分しか減っていなかった。一方リカのチーズケーキはもう跡形もなく、たった今最後の一片を口に入れた。よく晴れた昼下がり、街のカフェでのことである。

(悪いことしたなぁ)

 塔子の寝不足の原因は自分であり、わがままを通して、出かけようと言ったのもリカだ。
 全国を共に旅して巨悪を倒して、これから先の未来も含めた人生の中で、換算すればちっぽけな数ヶ月間、塔子とはここまで深い関係になるとは思いもしなかった。イナズマキャラバンのメンバーが解散し、各々の故郷に戻っても、ほぼ毎日電話とメールをして、リカも東京に赴き(真の目当ては一之瀬だが)、塔子も何回か大阪に来てくれた。
 塔子は、自分のわがままを聞いてくれる。えぇーめんどくさいよ、そうは言いながらも。塔子の優しさに甘えている節がある。
 自覚はしている、申し訳ないと思う。塔子がいなくなったら、どうなるのだろう。
 どうなるって、抽象的だけれど。

(高校生なって、大学生んなって、社会人。サッカー選手?塔子はどないするんやろ)

 チーズケーキを味わいフォークを置いた頃、塔子は震える手で苺を口に運んだ。ゆっくりと噛み解し、飲み込む。

「ああ、だめだ……」
「眠い?」
「ねむ……い」

 椅子の背もたれに体重を預けて、塔子が嘆息した。

「堪忍な、喋り続けたウチが悪かったわ。塔子もガツンと言うてな、早よ寝ろーって」
「何度も言ったよぉ……、でも、リカのギャグ、好きだから……」
「ケーキ食うたら帰って寝よ、な?」

 リカの中で警鐘が鳴る。危険を感じとって、塔子の周りのケーキや水を自分側に避難させた。塔子の頭がふらふらしている。ダメや、アカン!

「リカが好きだから……」
「え」

 ゴンッ!!
 と鈍い音がして、塔子の額がテーブルに直撃した。グラスの水が揺れている。他の客の視線が気になるが、平静を装って、塔子の反応を待つ。

「塔子?まさか、寝た?」
「……」

 あんなに大きな音がしたというのに、塔子はすやすやと寝息をたてていた。これはしばらくは起きないだろう。
 かわいいやっちゃな、青い帽子の上から頭を撫でても、腹式呼吸で背中が上下するだけだった。塔子の分のケーキを、食べかけの端っこから食べ始める。このケーキを、後で家に運ぶまでの運賃にしてやる。あと、できるだけ、塔子の隣に居たいと思った。「できるだけ」が「これからもずっと」に変わるのは近い未来だと、リカは知らずに、苺のないショーケーキを食べた。


20111202
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