頭痛がして片膝をついたら、今度は眩暈が襲ってきた。締め付けられるような痛みに呻き声が出る。チームメイトの動きが止まって、「玲名!!」と誰かの呼ぶ声がして、そのあと皆の声が聞こえて、ああ。段々と意識が遠のいた。日差しが目蓋の裏を突き刺して、身体が熱くて、それから、
監督は、私が倒れた次の日をオフにした。元々の休みは明後日だったが、皆の体調の具合を見て、前倒ししたそうだ。最近暑い日が続き、消しきれなかった疲労が徐々に溜まっていることも、皆も薄々と感じてはいた。
「玲名は熱中症よ!いきなり倒れちゃうんだら、マキ、マキ……すっごい心配したんだからね!謝ってよバカ玲名!」
「ああ。ごめん、心配かけた」
すっきりとした気分で目が覚めた私を、マキは叱り、布美子やリカたちはこれでもかという程に心配していた。大丈夫か大丈夫かとひたすら繰り返す塔子にはこっちが心配になったが。
玲名さん、今日はゆっくり休んでね、と秋に釘を刺され、皆それぞれ休日を満喫しようと、どこかへ出かけていった。誰かしら宿舎に残っているのかもしれない。私が倒れたから休みになったようなものだ。少しだけ気が引ける。
サッカーがしたい。グラウンドを走って、ボールを蹴りたい。少しくらいなら平気だろう。ベッドから抜け出たが、きゅるるるる、と腹の虫が情けない音で鳴いて、そういえば半日以上何も食べていないんだっけ、と今更ながら思い出した。
それから。
テレビで見た憧れの地、ここはタイタニックスタジアムだ。状態の良い芝の上に私は立っていた。すぐに、あぁこれは夢だ、と認識できる。私はグラウンドにいて、練習中に倒れて……うん、間違いなく夢だ。
正面を向くと、少し先に人影があった。センターサークルの外側に、私に背を向けて立っている。
「忍?」
あの髪型と髪色は間違いない、小鳥遊忍だ。イナズマジャパンの選考会の時に、鬼道率いるBチームが着ていた、また塔子やリカたちが女子チームを結成し、その時に着ていたというセカンドユニフォーム。背中にあるはずの番号はなく、忍の足にはスパイクを履いていなかった。
忍はずっと項垂れている。ゲーム中は中盤で攻撃の基盤をつくり、相手に挑発的な態度はとっても、サッカーを心から楽しんでいると、一緒にプレイしていて分かる。相手にカウンターを仕掛けられた時、真っ先に守りに転じて、頼もしい背中を見たことは何度もあった。しかし夢の中の彼女の背はどこか暗く翳っていた。
虚しい、寂しい、悔しいと、忍の背は語っていた。この感情は私も味わった。FFIの存在を知った後の絶望感。それでも私はサッカーが好きだから、ヒロトやリュウジが公式戦で活躍しようとも、砂木沼と瞳子姉さんが対抗チームを作っても、やっぱり好きだから、こうして今ボールを蹴られることに感謝している。今のチームでサッカーできて、幸せだ。
忍も今はそう思っているはずだ。小鳥遊忍という人間も、サッカーが、好きだから。
白い背中に声をかけてやりたい。スパイクを持ってきて、ボールを渡して。それこそあの円堂守のセリフを借りて、私の精いっぱいの笑顔で、「サッカーやろう」と。
「忍、帰ろう。帰って一緒に……」
私が一歩踏み出すと急に、視界を黒い影が遮った。それは芝生の緑も忍の白も全て黒に染めて、しのぶ、たかなししのぶ、と声を張り上げる余裕さえも与えずに浸食していった。黒くて何も見えない、見えないならと、私は瞳を閉じる動作をした。そして、
「病み上がりなんだからサッカーやっていいわけないでしょ」
「やっぱり駄目か」
「あんたねぇ……。どうせ明日になれば嫌でもサッカーしなきゃなんだから、飯食って寝な」
何か食べようと食堂の方へ向かうと、ジャージ姿の忍に出くわした。忍には夢で会っているので久しぶりという感じはしなかった。あんた大丈夫なの、ああもうすっかり、等と皆と交わした会話をして、私は少し嬉しくなって「腹ごしらえしたらサッカーする」と、つい口を滑らせてしまった。当然忍は怒り、昨日秋が作ってくれた食事を温め、それと一緒に私は部屋へ連れ戻された。
「そうだ、ありがとう、忍」
「はぁ?何が」
「私が倒れた時、真っ先に名前を呼んでくれて」
「……ああ、あれは」
中盤なんだから一緒に練習してただろ、しれっと言ったつもりらしいが、忍の頬は少し赤かった。私も軽く笑んだ。
秋特製のおでんを完食して、水もたくさん飲んだ。先ほどから忍が早く寝ろとうるさいので、仕方なくタオルケットに潜り込む。
「もう一つだけわがままを言うが」
「何よ」
「寝付くまで、傍にいてほしい」
「へぇ、珍しい。いいよ、ついでに夕食ん時に起こしてあげる」
「ありがとう。あと一つ、サッカー……」
あんなに寝たというのに、急激に眠くなってきた。このまま寝て、晩ご飯に起きて、また寝ればサッカーできる。霞む視界の中で、忍が小さく笑った。
私も忍と同じ格好だった。セカンドユニフォームを着て、スパイクは履いていない。前の夢と違うことは、私がボールを持っているということだけだった。ボールさえあれば充分だ。
名前を呼んだ。忍が完全に振り返る前に、私は持っていたボールを落下させた。ダイレクトで蹴るつもりで足を引いて、蹴る瞬間の足元を確認すると、白い靴下ではなく、青い靴下の上に、確かにスパイクを履いていた。
手に入れることのできない青を私は身にまとっていた。セカンドの白がいつの間にか青く染まっていた。魔法みたい、そりゃあ夢の中なんだ、奇跡なんて今更だ。
ボールをトラップした忍の足にもスパイクがあった。私に向き直って、無邪気そうにはにかんだ忍の、ユニフォームが青く染まっていく。そして、私たちはサッカーをする。
20110909
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