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※ユミヒス+モブ夢主
※現パロ
※夢要素少なめ

 シミひとつない白雪のような肌に、ピンクベージュのファンデを乗せる。大きな目元を彩るのは、バーガンディ色。アイブロウはふんわりと。桜貝のような淡いピンク色の唇には、発色の良い青みピンク。シルクのような手触りの金髪はひとまとめ。楽屋鏡に映るのは、今をときめく人気モデルのクリスタ・レンズだ。
彼女は小柄ながらも化粧映えする顔立ち故に、女性雑誌をはじめ様々な媒体を通してモデルとして活躍している。時には、シーナで行われるガールズコレクションにも出演するほどだ。
 彼女が宣伝する商品は、必ずヒットするジンクスがある。雑誌、CM、SNSでの紹介など、クリスタさんに自社製品を宣伝してもらおうと各社必死なのだ。

 今日はこれから、雑誌の次月号の撮影が始まる。
 宣伝商品は、クリスタさんの唇を彩る青みピンクのルージュ。メイクアップアーティストとして駆け出したばかりの私にとって、クリスタ・レンズを広告塔に仕上げる大仕事でもあった。
美しく仕上がったクリスタ・レンズモデルを見て、人知れずホッとしていた。彼女の一声を聞くまでは。
「……何か、違うわ」
「え……え……?」
「全体的にうるさい・・・・のよ」
 頭が真っ白になった。今回の撮影イメージやコンセプトを、彼女から聞いた上でメイクをした。ルージュを引き立たせるために、余計な色は入れず同系色でまとめたのに。彼女は美しい顔を不満そうに顰めて、こちらを見ていた。雲の上のような存在であるモデル相手に化粧を施すことが初めてで、粗相がないように気を付けていたのだけど。私が狼狽えているのを見たクリスタさんは、少し苛立ったようだ。ソプラノの声音に気圧されてしまう。
「ぼんやりしてないで、やり直して。撮影の時間が押しちゃうから」
「す、すみません。あの、もう一度イメージを教えてくれませんか」
私の質問に、彼女は黙ってしまった。背後から撮影班やスタイリスト、雑誌の編集者達の圧を感じる。どうしよう。どうしよう。
「……。もう良いわ。時間もないし、これでやるから」
そう言って、彼女は撮影班に合流してしまった。楽屋鏡の前でぽつんと突っ立っている私を一人残して。

 撮影用の照明の前で、様々な表情を魅せるクリスタさん。彼女のひとつひとつの表情を切り取る乾いたシャッター音。スタジオ用の送風機が純白の衣装の裾を靡かせて、彼女の色っぽさを際立たせた。
「良いよ、クリスタ。とっても可愛い! 綺麗だよ! 次は、少し挑発した表情をしてみようか」
滞りなく進む撮影の傍らで、私はメイク道具を片付けながらとある噂を思い出す。それは、私達の業界でまことしやかに囁かれている噂話。教えてくれた先輩達は、辟易した様子だった。

 クリスタ・レンズは、お高くまとった扱いにくいモデル。綺麗な顔立ちを鼻にかけて、嫌味ったらしい。専属メイクが着いても、すぐ辞めてしまう。
 当時はよく分からなかったけど、今なら分かる気がする。そもそも新人である私が、どうして彼女のメイクをしていたのか。理由は簡単だ。
 美容専門学校を卒業して、数年間ヘアサロンで勤務した私はメイクの業界に飛び込んだ。そして、仕事の関係でユミルさんに出会ったのである。ユミルさんは、モデルの素材を活用したメイクを施す凄腕のメイクアップ技術の持ち主で、フリーランスで活躍中だ。モデルそれぞれの骨格、肌の色、雰囲気をベースに美しさを引き出すメイクをするのだ。彼女を知らない者はこの業界にいないほど。
私は運良くも、日々多忙であるユミルさんのアシスタントとして働くことになり――、見習いとしてクリスタ・レンズのメイクをするようにと指示されたのである。それが、このザマだ。ユミルさんの期待を裏切るような形で終わってしまった。



「そんなことで落ち込んでるのか、ナマエは」
そんなこと・・・・・って、酷いです。私、自信無くしちゃいました」
 どうしても外せない仕事を片付けた後、ナマエから連絡が入っていた。どうやら、ヒストリアからメイクのダメ出しを食らって落ち込んでいるようなのだ。私が居酒屋に来た頃には、彼女は既に出来上がっていた。
「ヒストリアには、私のアシスタントが来るけどいつも通りで構わないって言ったからな」
「……ヒストリア?」
「クリスタ・レンズの本名さ」
疲れた身体に、冷えたハイボールが染み渡る。つまみであるチーズを口に放り込む。
 周囲は学生からサラリーマンやOL達が、日頃の鬱憤を晴らすために酒を仰ぎ――互いの馬鹿話に花を咲かせている。ガヤガヤと騒然とした活気が溢れていた。
「ユミルさんに言うのもアレですけど……クリスタさんの噂、本当だったんですねぇ」
「お高くまとった扱いにくいモデル、ってやつか?」
「そうです、そうです! その通りだなって」
「私はヒストリアの専属だが、あえてあんたに任せた理由を考えたか?」
ナマエはアルコールでふわふわしている様子だった。明らかに飲み過ぎだ。酒は飲んでも呑まれるな。ベロベロに酔っ払って、お前の自宅まで送る羽目になる私の身にもなってくれ。

 私は両手で拳を作り、彼女のこめかみをグリグリ圧迫させる。痛い、痛いと喚かれた。他の客どもが、こちらに視線を寄越してくる。
「ったく。そんなんじゃ、いつまで経ってもアシスタントで終わっちまうぞ」
「それじゃあ、教えて下さい。どうして新人の私に人気モデルのメイクをさせたんですか? 経験積めってことですか」
「経験を積ませるためでもあるが……、一番は各々の人間に合ったメイクを施すことを、学んで欲しかったからさ。宣伝商品、企業からの要望を汲むのは大前提だが、モデルが醸し出すイメージを組み合わせて化粧を施す。ヒストリアにも言われたんだろ? “何か違う”って」
ナマエは黙ってしまった。ジョッキの縁を指先でなぞる仕草をしている。沈黙は肯定と受け取ることにした。彼女には、ヒストリアの意図が分かっていないようだった。
 ヒストリアは、今でもちゃんと“自分のため”に生きている。そのことを知って、私は人知れず嬉しさを味わっていた。やっぱり、あいつを理解しているのは私だけなのだ。
「……なぁ、ナマエ。少し、昔話に付き合ってくれよ」




 私がクリスタ・レンズもとい――ヒストリア・レイスに会ったのは、当時フリーランスとして辛酸を舐めながらも、新しいことに挑戦出来る楽しさを覚えた頃だったと思う。とある雑誌の撮影用でメイクをして欲しいと、ヒストリアのマネージャーから依頼を受けたのだ。私の技術を見込んでの依頼であった。
 かねてより前職場の同僚から彼女の噂を耳にしていたが、別にどうでも良かった。下らねぇ。自分の技量・技術不足を、他人に擦り付けるなと思っていた。基本的に受けた依頼は余程のことがない限り断らない。
悪い噂があろうとなかろうが、知ったこっちゃない。私は私の仕事を完遂すれば良い。モデルにメイクを施し、輝かしいスポットライトの元で主役にすることが出来れば良いのだ。

 元々ヒストリアは、子役としてドラマや映画で活躍していた。近頃は映画の出演より、雑誌の広告で見かけることが多い。
 整った顔立ちに、陶器のような滑らかな肌。くすみのない金髪と、オーシャンブルーの瞳。清らかな雰囲気。純真な見ためも相まって、“女神様”という異名でブレイクしていた。与えられた役を完璧にこなすものの、バラエティ番組では居心地が悪そうに見えた。
他の子役は、大人が求めているであろう模範解答を口にしている。ある意味で不気味だが、ヒストリアは真逆であった。台本があるドラマや映画の中では輝けるが、バラエティには向かない役者だと直感した。
 司会者との会話の応酬。コメントを振られた時の対応。芸人から持ち上げられた時の反応。どれを見ても、ぎこちなくて不自然で――気持ち悪かったのだ。彼女には“自分”というものが欠如している。完璧な見ためなのに、不完全な内面。そのアンバランスな不健康さが、たまらなく愛しいと思った。
「クリスタ・レンズって、何やってもつまらなそうだな」
「……は?」
 メイク道具を準備しながら、鏡の前でスマホをいじるヒストリアを見て一言。思ったことを口にした私を、鏡越しから怪訝そうに見てくる作り物の女。
「こう言っちゃ何だが、私はあんたのファンさ。デビュー作の映画、とても良かったぜ。母親からネグレクトされて他の兄弟と懸命に生きようとしたり……あの映画も良かった、何だっけ、スクールカーストの上位に君臨する女王様はサマになってた。あと、雪山に籠る王女役も面白かったよ」
「……それはどうもありがとう」
下地を指に取り、ヒストリアの肌に馴染ませる。パウダーファンデを薄く伸ばし、ポンポンとチークを差し込む。ヒストリアは大人しくされるがまま。
「まさか人気子役の“女神様”から、雑誌のメイクの依頼をもらえるなんて思いもしなかった」
「……そのあだ名、嫌いなの。やめてくれない?」
 今日初めて感情を露わにした。しかも私の言葉で。何だよ、お前。そういう顔、出来るじゃねぇか。ニヤつく口の端を抑えるのに神経を使った。
「ああ、すまなかった。嫌な気持ちにさせるつもりは全くなかったんだ」
形だけの謝罪を口にする。性格が悪いのは百も承知だが、私は皆が求める“女神様”じゃないクリスタ・レンズが見たいんだよ。私しか知らないあんたの素顔が見たい。これが独占欲なのか。それとも、歪んだ愛情なのか。

 化粧とヘアメイクが終わり、ヒストリアが鏡の前で出来栄えを確認している。文句を言われる前に、先制に出た。
「言っとくが、どんなに凄腕のメイクアーティストが化粧を施しても、内面が美しくないと変わらねぇよ」
「どういう意味よ」
ムッとした表情も、可愛かった。次は、笑った顔が見てみたい。
「私を指名したのも、他の奴らの化粧に納得いかなかったからだろ?」
今日ここに来るまで、彼女が出た雑誌や広告を一通り漁った。
 同じようなメイクは施さない。これが私のモットー。過去のメイク歴を見ることで、対象モデルのイメージを掴むためのルーティン作業なのだ。スキンケア商品。
ダイエット食品。イチオシのアパレル服などなど……。
どの彼女も、透明感はズバ抜けて表現されているのに、強気で勝ち気な女を彷彿させる化粧とヘアメイクばかり。
 どれもキツめな仕上がりだったのだ。もったいねぇな。写真の中に収まる勝ち気な女は、庇護欲を掻き立てられるほど可憐で脆い部分があるのに。それらを汲み取れないなんて。否、私がやれば良い。だって、それが仕事だからな。
 思った通り、図星だったようだ。彼女はしばらく黙ったまま、鏡の中にいる美しい女を眺めていた。
「ねぇ。“自分”を作るにはどうしたら良いのかしら。化粧やヘアメイクを変えても、結局似たような仕上がりにされるの」
ヒストリアの顔は、ひとつひとつが派手な素材で成り立っている。だけど黄金比率でまとまっているから、うるさく感じない。今まで彼女の素材を生かした、華やかな濃い“女神様”メイクばかり施されたようだ。
 乾いたソプラノボイス。つまらなそうに、だけど寂しそうに。“女神”を売りにしているクリスタ・レンズの化けの皮が剥がれ落ちる。

「台本の中にはね、演じる役の性格や生い立ち、交友関係、アイデンティティとか――それこそ全部人生が詰まっているの。何の取り柄もなくて、ただ顔が綺麗なだけの、空っぽの私にとって彼らを演じている時だけ血の通った“人間”になれた」
「へぇ。演技することが、あんたにとって唯一の表現・・だったのか」
「女優の世界は厳しいのね。昔は大人が求めていることに応えれば可愛がられたし、オーディションに専念すれば仕事だって貰えたのに」
 子役が大きくなっても芸能界で活躍出来るのは、ほんの一握りと耳にしたことがある。運も実力のうちなのかもしれない。
「大人になって、今までの手法が通用しなくなったわけだ」
「そう。子役の時は限られた世界の中で何とかなったけど……芸能界は広いから。いつまでも子供のままじゃいられない。今度は、たくさんの俳優や女優の中でしのぎを削っていかなくちゃいけない。出来なければ、消えるだけ。私はそれが嫌だった。何としてでも生き残りたかったから……雑誌の読者モデルに方向転換したのよ」

 なるほど。生き残りたくて、嫌でも“女神様”を演じていたのか。ちやほやされるのが嫌なのに、周りがそれを求めるから。だけど遅かれ早かれ、生じたひずみは誤魔化せない。あの噂は“女神様”を求められて嫌だった証拠だ。ある意味、彼女の自我とも言える。
「でも、もう辞め時かなぁ。エゴサすれば、身長が小さくてモデル体型でもないのに勘違いしてるって書かれるし、周りからは扱いにくいモデルって陰口言われてるのも知ってるし。私って、女優にもモデルにもなれずに無様ね」
 諦めたような物言い。そのくせ、何で泣きそうな顔をしているんだよ。お前、本当はまだ続けたいんだろ? 我慢ならなかったから、思わず口を出してしまっていた。
「見ず知らずの他人の言葉に縛られるくらいなら、さっさと芸能界なんか辞めちまえ」
「なっ……!?」
「そんなんじゃ、上手くいきやしねぇよ。この世界は弱い者が喰われる弱肉強食だ。背が低いから何だ? 演技の仕事が来ないから何だって言うんだ? そいつらはお前に何かしてくれたのか? 所詮他人の言葉を真に受けて身の振り方を狭めるなんて、私は馬鹿らしいと思うね」
「か、簡単に言わないでよ……! あなたに私の何が分かるって言うの!?」
「知らねぇな、あんたのことなんてこれっぽっちも! だけど見ず知らずの人間に言われて、何で怒ってるんだよ?」
「そ、それは――」
白雪の頬が紅潮する。小さな唇が震える。
「本当はちゃんと分かってるんだろ。自分の不出来をメイクのせいにするな。人生は台本みたいに筋道が決まってない。クランクアップしたら、その役は終わっちまうけど――人生は続くんだ」
 大きな眦から溢れそうな雫を指先で拭ってやった。笑った顔が見たかったのに、泣かせちまった。
「たった一回の人生なんだから、私はやってから後悔したいね。挑戦してなんぼだろ。私ならクリスタ・レンズの良さをメイクで引き出すことが出来る。少しでもこの世界に齧り付きたいのなら、私と一緒に見返してやろうぜ」
「あなたって、とんだ自信家ね。呆れて何も言えないわ」
その言葉以降、クリスタはだんまりしてしまう。私も何かを言うつもりはなかった。

 楽屋は水を打ったように静かだった。動かすのは口ではなく手だ。テキパキと化粧を施し終わり、今度はヘアメイクに移る。手触りの良い金髪を、アイロンでくるんと巻いていく。
「ほら、出来たぞ」
声をかけると、彼女はやっとスマホから目を離す。
「す、すごい……これ、本当に私……?」
 鏡に映る姿に口をあんぐりと開け、穴が開くほどまじまじと眺めている。
 そういう反応をされると、仕事冥利に尽きる。やった甲斐があるってもんだ。
「クリスタは顔のパーツが華やかだ。特にこの蒼い瞳を引き立たせるために、他は薄く化粧した。これだけでも、あんたは十分魅力的さ」
そっと頭を撫でてやった。繊細で傷付きやすい内面を、私に曝け出してくれた彼女を労わるように。
「ユミル……。私、女優になりたいの。まだ間に合うかしら?」
「諦めたくないなら、いくらでも付き合うぜ」
「……私の名前、ヒストリアっていうの」
 やっと、笑ってくれたな。
 今にも再び泣き出しそうな顔は、お世辞にも綺麗とは言えなかったけど。写真に映ったどの彼女よりも美しくて、心の底から笑った顔だと思った。カメラマンでも知らないヒストリアの極上の笑顔。私だけが知っていれば良い――なんて、独占欲にもほどがあるかな。




 私の昔話を、ナマエは大人しく聞いてくれた。酔いが回って寝落ちしそうではあるが。
「それから、ユミルさんはクリスタさんの専属に?」
「ああ、そんな感じだ。要はな、“自分のために”生きることが大事だってことさ」
ジョッキに残った酒をグイッと仰ぐ。そろそろ良い時間だな。店員に会計の意を伝え、ついでにタクシーを手配してもらうよう頼んだ。案の定、ナマエはフニャフニャして既に夢見心地だ。
「ええ〜、言ってる意味が良く分かんないです……うぅ……」
「しょうがねぇな。来週、私と一緒に来い。特別講習だ」



「今回のコンセプトは透明感だ。寒色カラーを薄くまとって、神々しい透明感あるメイクに仕上げる。まず、頬の赤みを抑えるために少量のファンデを指で馴染ませる……」
 今日はユミルさんと同行して、メイクの講習を受けていた。ヤケ酒を煽った私のために忙しいユミルさんが時間を作ってくれたのだ。丁度、クリスタさんの撮影があるからということだった。
貴重な時間は無駄に出来ない。ユミルさんが施す化粧技術を見逃すまいと、彼女の指先の動きから選んだ化粧品のセンスまでインプットしようと必死だった。

 キワのくすみをカバーするために、小鼻のわきと口角にファンデを馴染ませる。スポンジで優しく叩き込んでいく。手際良く施すユミルさんの技術に、私は感嘆の息を漏らしてしまう。技術は目で見て盗めというけれど、簡単なことじゃない。
「淡い水色シャドウをアイホール全体に伸ばし、薄いブラウンを瞼のキワに。これだけだど、血色不良に見えちまうから、下瞼のキワにはオレンジ色を乗せる。ほら、海のような蒼い瞳が更に映えるだろ?」
「……ほ、本当だ」
私は思わず感嘆の息を漏らした。
 楽屋鏡に映るクリスタさんは、神々しかった。
 華やかさを極限にまで削ぎ落とした透明感。だけど、クリスタさんが持つパーツを生かしたメイクだ。彼女もとても満足そうに鏡を見つめている。私が施したメイクよりも断然良い。あの時は何でダメ出しを食らったのか分からなかったが、今なら分かる。今になって気がつく自分が悔しかった。
「今日のメイクも素敵。ありがとう、ユミル」
「私は、お前の持ち味を活かしたメイクを施すことが仕事だ。まだ知らない、ヒストリア・レイスもう一人のお前を引き出して美しく仕上げるんだ。私だけが知っているお前が見たい。だから、私のためだけにカメラの前に立って、私に微笑んでくれないか」
 まるで睦言みたいだ。二人の距離が近すぎるのは、気のせいだろうか? 絵面が耽美で、見ている私が恥ずかしい。禁断の花園の一部を覗き見ているような感覚。二人の空気に当てられて、馬鹿みたいに突っ立っているとクリスタさんに話しかけられた。
心臓がドキッと震える。何を言われるのだろう? 身体が妙に強ばる。保湿で潤んだ唇から言葉が発せられるのを待つ。
「あなたのメイクも、経験を重ねればもっと良くなると思うわ。私も諦めないから、あ、あなたも……が、頑張ってね」
言うが否や、くるりと猫みたいな機敏な動きで撮影班の元へ駆け出してしまった。

 まさか激励されるとは思わなくて、口から言葉が出て来ない。クリスタさんは、少しだけ照れ臭そうだ。もしかしたら彼女も、先週の件で何か思うところがあるのかもしれない。私の想像に過ぎないのだけど。
「……っ、はい! あ、ありがとうございます」
そこでようやく、ユミルさんの言葉の意味が分かった。
 各々の人間に合ったメイクを施すこと。そして、決して化粧だけで綺麗にはならないこと。例え上手くいかなくても――自分のために生きること。
それが出来る人は、化粧に勝る美しさが根底にある。内面は顔立ちに表れる。化粧では誤魔化せないのだ。夢に向かって頑張っているクリスタさんは、あんなにも輝いて見える。だから私も、この業界で足掻いてみようと思う。

瞼ひとつ分の幸いを逃しているきみへ


Title By alkalism
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