/ / / /

※お題箱リクエスト。
※上司リヴァイと部下夢主の現パロ


寒さが骨まで染みる冬の朝。思わず、息を吐けば白い湯気のようにゆらりと立ち昇るそれを見て、今日は今年一番の寒さだとリヴァイは思った。どんなに眠くても、この寒さでは嫌でも目が醒めてしまう。最寄駅へ向かいながら頭の中で、本日のToDoリストを組んでいく。
今日は午前中いっぱいの全社会議後、午後は部下と共に取引先へ年末の挨拶回りが三件入っている。帰社後は、新規プロジェクトの資料作りが待っている。リヴァイと同じように最寄駅へ向かう人々の歩みも、どこか忙しない。師走とは良く言ったもので、今日も忙しい一日になりそうだ。

「おはよう、リヴァイさん!」

ツンと澄んだ空気に溌剌とした声が混じった。後ろの方で、慌てたようなヒールの音がする。振り返らなくても、その相手が誰なのかリヴァイは解った。

「……おぅ、おはよう。ナマエ」
「良かった、追い付いた」
「珍しいな、お前が朝早く出勤するなんて」

どうやらマンションから走って来たらしい。はぁはぁと息を吐くナマエが落ち着くまで、リヴァイは足を止めた。

「だって今日は、午後からリヴァイ部長・・と外出だから……ちょっと嬉しくて」
「……そうか」

寒さで頬が赤くなっているナマエが顔を綻ばせた。リヴァイは己の心臓がギュンッと掴まれる感覚に陥り、今日も一日乗り越えてやると脳内で宣言する。己の表情が緩みそうになるのを堪えるのも、リヴァイにとっては朝飯前だ。

リヴァイとナマエは腐れ縁の幼馴染である。リヴァイが子供の頃、母親が亡くなった。叔父に引き取られ、引っ越した町でナマエと出会った。無愛想な上、口下手で粗暴な振る舞いのリヴァイは、町の子供達からだいぶ浮いていた。
新しい環境に新しい人間関係。喧嘩がめっぽう強いらしいと噂が流れ、それが更に近寄り難い原因に拍車が掛かった。怖いもの見たさで向けられる好奇の眼差しが、皮膚はだに纏わりついて煩わしい。
町の雰囲気にどうしても馴染めず友達も出来なかった彼を、唯一気にかけてくれたのがナマエだった。

彼女から向けられる眼差しは、純粋に『仲良くなりたい』というものだった。面倒だと思ったリヴァイは、ナマエのことを軽くあしらっていたものの――ニコニコとくっ付いて来る彼女を見て、不思議と嫌ではなかった。
彼女はあまり笑わないリヴァイを笑わせようとしたり、頼んでもいないのに一緒に登下校やお昼を食べたりした。リヴァイと同じ高校と大学を卒業し、しまいには同じ会社に入社までした。ナマエは若干強引ではあったが、何をするにも鈍臭くて、リヴァイはいつの間にか目が離せなくなっていた。
ちなみに二人の住まいは同じマンションだ。これはただの偶然である。先に入居していたのはナマエで、部屋を探していたリヴァイが見つけた物件が彼女の住むマンションだった。

「リヴァイさん、聞いてよ。良い感じになっていた人がいたのに、クリスマス前に振られちゃったの」
「良かったじゃねぇか、クリスマス当日じゃなくて。傷は浅い方が良いだろ」
「えー、酷い!そこまで言わなくても良いじゃない」

隣でナマエが顔を膨らませる。二人肩を並べて最寄駅へ向かう道すがら、彼女は勝手気ままに近状報告をして来た。それに軽く相槌を打つ。

「その男は他にも女がいるはずだから、深追いするのは止めろと言っただろう。普通なら解るのに、お前は男を見る目がなさすぎる」
「……また彼氏いない歴更新だよ」

ここで『そんな野郎は忘れて、俺にしとけ』と言えたら良いのだが、リヴァイは中々勇気が持てずにいる。今の関係が居心地良くて、何より大事だからこそ壊したくない。

ナマエは贔屓目なしで可愛らしい女性だ。鈍臭さに目を瞑ってしまえば、まさに『守ってあげたくなる』とは彼女のことを指すのだろう。素直で頑張り屋なので、同僚や先輩社員からも慕われている様子だ。ナマエ本人は、恋人が出来ないと焦っているようだが、それにはちゃんと理由がある。

彼女に近付く良からぬ虫を、裏でリヴァイがことごとく蹴散らしているのだ。語弊があるので弁解するが、リヴァイは誰彼構わず暴力を振るったことはない。殺傷沙汰を起こしたこともない。一度眼光を鋭くすれば、裏世界の住人を彷彿させる凶悪面が出来上がる。まるで蛇に睨まれた蛙のように、相手の方から自ずと去って行くという寸法だ。
つまりナマエに彼氏が出来ないのは、背後でリヴァイが目を光らせているからなのだ。
隣にいる人物が元凶であると露程も知らぬナマエは、リヴァイの近状が気になるようだ。

「そんなことより、リヴァイさんはクリスマス何してたの?彼女出来た?」
「……大掃除してたら、一日が終わってた」
「私の部屋の大掃除もお願いしたい」
「馬鹿言え。自分でやることに意味がある」

改札を通ってホームに行くと、いつものように多くの人が急行電車を待っている。通勤ラッシュは中々にしんどい。社会人になって、かれこれ十数年経つリヴァイでも、密室でぎゅうぎゅうに押し込められた状態の満員電車には未だに慣れない。電車の油の臭い。香水や煙草臭。汗の臭いから加齢臭まで。色んな匂いが混ざるので、綺麗好きなリヴァイにとって、ある意味地獄のような空間である。

今日も同じように電車に押し込められた。車内は暖房が効いており、尚且つ人口密度も多いため少し暑い。ガタゴトと電車が揺れる音に混じって、誰かのイヤホンから微かに音楽が漏れている。音漏れに顔をしかめるサラリーマンがいた。

咄嗟にナマエがドアの隅に身体を滑らせる。リヴァイは彼女を、他の乗客から守るような位置に落ち着いた。お互い向き合う体勢で、密着しそうになってしまう。

「暫くこれで我慢してくれ」

そう言ってから、今のはまるで恋人に対して言う台詞のようだとリヴァイは思った。ナマエに片想いをしているからこそ、余計にそう感じてしまうのだろうか。車内は身をよじることも、少しだけ体勢を変えることすら出来そうにない混雑具合だ。

急行列車なのでスピードが上がり、車窓から見慣れた景色が無感動に流れて行く。次に停車する駅まで暫くこのままの体勢だ。何だか居心地悪くなったリヴァイは、視線を電光掲示板へ向ける。

「リヴァイさんと一緒の電車に乗るの久々な気がする」

リヴァイの胸中に気付かないナマエは、呑気なことを言う。言われてみれば、そうかもしれない。同じオフィスで仕事をするのは別として、同じマンションに住んでいても、二人が鉢合わせすることはあまりない。出勤時間はリヴァイの方が早いし、帰宅時間だってリヴァイの方が遅い。

「……、そうだな。何なら、お前ももう少し早く起きれば良い。朝の時間を有効に使えるぞ」
「それは無理。寒いし布団から出られない」
「即答かよ」
「リヴァイさんがモニコしてくれるなら頑張って起きる」
「何度もケータイで呼び出しても、全く起きなかったのはどこの誰だ?」

ナマエは朝が弱い。リヴァイが高校を卒業して実家を出るまで、彼女に毎朝モーニングコールをしていた。目の前にいる彼女は、当時からちっとも変わっていないようだ。社会の荒波に揉まれても、昔と変わらない幼馴染。それがリヴァイを安心させた。

ガタンッと、車体が左右に大きく揺れた。揺れに合わせて、まるでおしくらまんじゅうのように、リヴァイの背中に多くの人の重さがのし掛かって来る。目の前にいる彼女が潰されないよう耐える。

「……悪い、少し我慢してくれ」
「う、ううん!大丈夫、」

仄かに香る甘酸っぱいフレグランスが、ふわりと鼻孔を掠める。リヴァイより少しだけ低いナマエも、やはり気まずいのか視線を下に向けている。暫くお互い無言になる。

伏せられた睫毛が、妙に女性らしさを感じてしまう。彼女の頬が少し赤いのは、化粧と暖房のせいだと思うことにする。互いの距離が近くて赤面しているだなんて――。
リヴァイは、自身に都合の良い思い込みをしないよう努めた。昔から表情が平坦なリヴァイにとって、何に於いてもポーカーフェイスでいられる自信はある。決して表情が乏しい訳ではないのだ。

ガタゴトと再び揺れると、背中にのし掛かっていた人の重さが幾分楽になった。何とも聴き取りにくい口調で、まもなく次の停車駅に着くとアナウンスが流れる。

「平気か?苦しくなかったか」
「うん、ありがとう……」
「俺は一旦次の駅で降りる。お前はそのまま乗っていろ」
「私が降りるよ!リヴァイさんはそのまま――」
「お前、昨日分の報告書がまだ出来ていないだろう。早めに出勤して取り掛かれ」

ここぞとばかりに上司命令を発すれば、ナマエは不服さを顔一杯に表した。仕事では幼馴染であることを、周囲に一切悟らせないこと。公私混同をしないために、二人で決めた事項だ。だからリヴァイが上司の顔をすると、ナマエも否応がなくそれに応えるしかないのである。

「……こういう時に上司ヅラするの狡い」
「俺がお前の上司なのは事実だ。あと、敬語が抜けているぞ」
「分かりました、取り掛かります。外出する時の出発時間も調べておきます」
「よろしくな。じゃあ」
「はい、またあとで」

丁度ドアが開く。リヴァイはナマエへ一言発してから、ぞろぞろと降りて行く人と共に下車した。
ゆっくりと電車が発車する。車窓越しから、こちらを見つめて来る彼女の姿がどんどん小さくなる。二人の距離が徐々に遠くなり、次第に見えなくなった。彼女を見送ったリヴァイは、次の電車に乗るべく列に並び直す。

二人で一緒に通勤する時は、途中下車してから別々に出勤すること。これも、二人で決めたことだ。何故こんな面倒なことをするのかと言えば、理由は明白だ。社内で妙な噂にならないためである。

通勤電車では多くの人の目がある。いつどこで誰が何を見ているのか解らない。況してや、ナマエはリヴァイの部下だ。長年温めて来た彼女への恋慕を、下等なゴシップネタとして社内提供したくなかった。ありもしない噂で、ナマエに迷惑を掛けることは避けたい。リヴァイがそう意見を言うと、彼女もすぐに首を縦に振った。

リヴァイの意見はもっともである。仕事を円滑に進める上で、幼馴染として必要最低限の線引き。きっとナマエは、リヴァイのことを異性として見ていない。彼女にとってリヴァイは昔からの腐れ縁。
悲しくも、長年の片想いが実ることはなさそうだ。
それでも、幼馴染として彼女の側に居られるならそれだけで良い。この関係を、ずっと大切にしたいと――そんなことを願っている己を、女々しいと思い切り罵りたい。



「……ほんと、気付いてよ。馬鹿」

視界から遠くなる駅のホーム。沢山の人に紛れたリヴァイの姿も、すぐに見えなくなった。電車は何事もなくガタンゴトンと揺れて、終点のウォールマリア駅を目指す。久しぶりに、リヴァイと通勤出来る嬉しさで心が満たされていたのに。まるで空気を失った風船のように、しおしおと萎えてしまう。

ひとりの社会人として同じ会社に勤める以上、公私混同せず節度を持って接すること。ナマエも頭では理解している。リヴァイは、女性社員から密かに人気だ。彼女達がリヴァイのことを、給湯室や女子トイレでキャアキャアと黄色い声で話しているのを耳にするだけで、ナマエの心は鉛色に染まる。

彼を誰よりも知っているのは、自分であると自負している。腕っ節が強くて、いつも肝心な言葉が足りない。
それが余計に誤解を生み、他の子供達と馴染むことが出来なかった。少しでも睨めば凶悪顔だけど、リヴァイは誰よりも人のために行動出来る清廉な心の持ち主なのだ。

先程の密着した時に香った仄かなシャボンは、まるで綺麗好きなリヴァイそのものだ。思い出すだけで心臓が煩い。少しでも気にして欲しくて、恋人がいないアピールや他の男性の影を匂わせ、リヴァイの反応を見たりしたのだが、今のところ効果はない。
彼はナマエの気持ちに全く気付いてくれやしない。
そもそも幼馴染歴が長過ぎて、家族感覚なのだ。男女の恋愛対象として見ていないことは、薄々解っていた。

何だか虚しくなって来る。いっそ嫌いになれたらどんなに楽なのか。そう考えれば考える程、リヴァイに恋い焦がれてしまう。

「……好きなのに、」

小さく呟いた声はリヴァイにも届くことなく、走行音に掻き消された。

とくべつになりたい

- ナノ -