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※ユミクリ+モブ夢主。
※ユミクリは付き合ってます。



商店街の福引大会なんてゴメンだ。私は立ち仕事でむくんでしまった脚と、疲労感に包まれた身体を引き摺って帰宅した。

「あー……疲れた」

アパートのドアを乱雑に開け、ポイポイッと靴を脱ぎ捨てる。ドサッと鞄も放り投げて、お風呂を沸かすボタンを押した。さっさと温かいお湯に浸かって今日一日の疲れを癒したい。

私のバイト先は駅前のお高めなカフェだ。コーヒー一杯九百円から千円強の価格は学生でなくても敷居が高い。メニューを見る度にゼロの数が一個多いだろ、と密かに思っている。

今日日コンビニでも安くてそれなりのコーヒーが飲めるから、きっと閑古鳥だろうと思ったからこのバイトを選んだ。思いの外、常連から密かに支持されている店だった。
鮮度に拘った種類豊富なコーヒー豆。丁寧な挽き方と淹れ方。値段に引けを取らない本格的な味わいが楽しめるのが理由らしい。まあ、一杯七万円いう衝撃的な超高級コーヒーがあると聞いたことがあるから、店長の金銭感覚が馬鹿という訳でもなさそうだ。

今日はいつもより混んだ。商店街の福引大会協賛店のため、特別価格でコーヒー一杯六百円と本日のケーキがタダというアホみたいな特別券が出回ったせい。嫌な予感が的中した。バイト仲間のナマエも、次から来る客を裁くためにヒィヒィ言いながらてんてこ舞いだった。

怒涛の一日をやり切った私は疲労困憊で何も考えたくなかった。すぐさま寝たい。だけどリラックス効果も加味すれば風呂が良いだろう。ヘロヘロで使い物にならない私の脳味噌は、風呂に入ることを最優先事項と決めた。

だから、靴があらぬ方向に脱ぎ捨てられ、明日外出する時に履くのが面倒になっても。廊下の真ん中に放置された鞄に、明日躓いても今はどうだって良い。知ったこっちゃない。
バサッと服と下着を脱ぎ捨てて、風呂場へ直行した。

私のお行儀悪さを見たら、色白い頬をぷくっと膨らませたアイツが、
『ユミル、お行儀悪いよ!』
と母親みたいなお小言が飛んでくるんだろう。私のクリスタは文句を言いつつも、きっと靴は左右揃えてくれるし鞄もあるべき場所に置いてくれるのだ。

私はクリスタの笑顔がたまらなく好きだ。綺麗な海を連想させる澄んだブルーの瞳を柔らかく細め、頬を赤く染めながら優しく――『ユミル』、と私の名前を呼ぶアイツ。笑った顔や泣いた顔。怒った顔から恥ずかしがっている顔まで私の庇護欲と征服欲を掻き立てて来るから、本当にたちが悪い。
子供の絵本に出て来るお姫様のような見た目とは裏腹、心は乾き切って何もない空虚な女。自分の好きなように生きられない不器用な女に、私は腹が立った。

クリスタを知れば知る程、何も詰まっていない――まるで空箱だと私は思った。外見だけが派手でカラフルなお菓子の箱とでも言おうか。ハリボテの箱に何を詰めよう。クリスタは嬉しい時、悲しい時、怒った時、笑った時どんな顔をするのだろう。最初はただ単に興味本位でしかなかった。
空箱に色々な物を詰めれば簡単に満たすことが出来るのか。餓鬼みたいな征服欲は、いつの間にか一丁前な恋愛感情に育っていた。

気付いたらクリスタの虜になっており、私は既に戻れなくなっていた。いつの間にか彼女に対して、哀憫を抱くことはなくなっていたのだ。自分の好きなように生きられない不器用な女がいじらしい。
もっと色々なアイツが見てみたい。知りたい。だから私は、敢えてアイツを怒らせるような態度を取ったりするようになった。自分がどうしようもない面倒なタイプであることは自覚済みだ。

バスタイムを堪能した私は柄にもなく、適当にハミングしながら短い髪の毛をバスタオルでワシャワシャと豪快に拭く。身体の水分が老廃物と共に汗になり、シャワーと一緒に流したお陰で全身に溜まっていた疲労感はどこかに霧散し、ポカポカに温まった身体は冷たいものを欲していた。火照った身体を鎮めたい。甘いものであれば尚良し。

「おっ!丁度良いものあるじゃん」

ゴソゴソと冷凍庫を漁れば、要望を叶えてくれるアイスがいくつもあった。きっとクリスタが買い溜めしてくれたものだろう。私は迷うことなくその内の一つを手に取った。




キッチンからゴソゴソという物音が私の鼓膜を震わせた。

「今、何時だ……?」

目覚めの第一声は思いの外掠れていた。私は決して寝起きが良い方ではないのだが、今日は何故か目が覚めてしまった。パチリと目を開ければ、時計の針は既に八時を指していた。寝ぼけた頭の中で、私は物音の正体に気が付く。もう少しこのまま布団の中でゴロゴロしていれば――。

「ユミル、起きて!朝御飯出来たから、一緒に食べよ?」

小鳥のような可愛らしいクリスタの声が弾んだ。

「ユーミールー!朝だよ!」

本当は起きているけれど、クリスタに起こしてもらいたい。きっと他人が見れば、新婚ホヤホヤカップルのワンシーンみたいに映るのだろうが――そんな甘っちょろくない。
トントンと、布団を叩く力が少しずつ強くなって行く。寝たふりをしようと決め込んだ私は、口の端が緩むのを布団の中でひたすら我慢するのだが、あまり悪戯が過ぎれば心優しいクリスタと雖も布団を引っぺがす実力行使をして来る。
もう数え切れ程布団を引っぺ返されている。勿論、寝たふりは片手で数えられる程度。殆どは私が余りにも寝起きが悪いのでクリスタが強引に起こして来るせいだ。見た目によらず割とバイオレンスである。今日は実力行使される前に布団の中へ引き摺り込もうか。

「早く食べないと学校遅刻しちゃうよ?ユミル!」

私は彼女の華奢な手首をぐいと引っ張ると、いとも簡単に布団の中に引き摺り込むことが出来た。

「きゃあっ!?」

朝ごはんの美味しそうな匂いを纏ったクリスタをぎゅっと抱き締める。クリスタは咄嗟のことで上手く受け身が取れなかったみたいで、私の上に折り重なるように倒れ込んで来た。

「おはよ、クリスタ」
「また寝たふりしてたのね?」

むう、と拗ねている顔付き。拗ねたってお前の可愛さは変わらないのに。私は彼女の柔い頬を軽く摘んでやった。こうやって二人きりでイチャつきながら、時間を無駄に消費するのが好きだ。

「そんなわけないだろ。今起きたばっかだ」
「嘘言わないで。目がパッチリだよ!寝起きのユミルは、もっとトロンとしてて締まりもないし、ふにゃふにゃしてて可愛いもの」
「……オイ、褒めてんのか貶してんのかどっちかにしろ」
「ふふふ。寝たふりしてた仕返し!」
「それが“仕返し”?全然なってないぞ?」
「良いの、私にとっては仕返しよ」

満更でもなさそうなクリスタの反応が可愛いくて、私は彼女の滑らかな首筋に顔を埋めた。すん、と空気を吸えば女性特有の甘い匂いが私の鼻腔に広がる。人工的且つ強烈な香水ではない、優しくて仄かに桃に似た匂い。

「今日の朝は何だ?」
「あ、えっと、トーストにスクランブルエッグとベーコン。ポテトサラダとホットコーヒーだよ」
「それは美味そうだな」
「でしょう?ポテトサラダは腕によりをかけて作ったんだから」
「……いいや、クリスタが」
「……へ!?」

腕の中に収まっている小さな肩がビクッと震えたのを感じた。私の言葉で頬を赤く染めて、しどろもどろなクリスタ。
私の冗談を言う癖は今に始まったことではない。素直に『嬉しい』と言えば良いのに、私はたった四文字の言葉を口にするのが照れ臭いのだ。そもそもデレデレするのは自分らしくないし、そんな自分を想像しただけで鳥肌が立つ。気持ち悪い。

乱暴な言動をするのはそれを誤魔化すためで、恥ずかしがり屋ではない。目の前で顔を赤くしているコイツは露知らず、いつまで経っても私の冗談を真に受けてしまう。

「ちょ、ちょっとユミル……朝からは、その、」
「残念だけど今日の夜までお預けだな?せっかく作ってくれた飯が冷めちまう」

クリスタの美しい滑らかな金色の髪を撫で、私は未練なく布団から出た。ベッドの真ん中で、肩透かしを食らってぽかんとしているクリスタにもう一度声を掛ける。

「腹減ったから、さっさと朝飯食べようぜ」
「……っ、また私のこと揶揄うのヒドイ!ユミルのイジワル!」



トーストの焼けた香ばしい匂いが食欲を唆る。コーヒーメーカーから漂うほろ苦い香りが、私とユミルを優しくふんわりと包んでくれる。コーヒーは大人の味がして私は飲めないが、鼻腔をくすぐる重厚感ある香りは好きだ。
ユミルが好きなものは、私も好きになりたい。純度百二十パーセントの自分勝手な気持ちをユミルに押し付けたい。
『ユミル以外考えられない!』と、激しく燻る思いの丈を愛しい人にぶち撒けたい。涼し気で何もかも見透かしてしまう程の鋭い瞳が私は好きだ。私に向けられる度に熱量を持ったそれに変わるから。
その時だけ、ユミルは私のことを想ってくれている。安心出来る瞬間だ。

私の気持ちを受け止めて欲しいけれど、きっと彼女は怪訝そうに眉を顰めて――重い、と紙屑を丸めるように片付けてしまうのだろう。ユミルは執着心を、どこかに置き忘れてしまったみたいな言動を取ることが時折ある。

金髪。色白の肌。蒼の瞳。この見た目も相まって、子供の頃からの渾名は女神様だ。クリスタ・レンズは、嫋やかで誰にでも優しい女神様なのだ。女神であることを強いられたり演じて来た訳でもないが、周囲のイメージを崩すことは難しかった。
クリスタは綺麗で可愛い女の子。とっても優しい女神様。女神様だから、怒鳴りもしないし怒りもしない。気付いたら、周囲がイメージする“女神様”が板に付いてしまっただけ。

ユミルは独特の雰囲気の持ち主だ。本人は全く自覚していないが、私には解る。
振る舞い。物言い。考え方。価値観。雰囲気。私にないものを彼女は持っていて、それが他の人を虜にしている。男と女の概念なんてユミルにはどうでも良いらしくて、“女神”でいる私を見て開口一番
『お前、人生つまんないだろ?』
と言って鼻で嗤って来た。ユミルには彼女なりの人生観があるようだ。

それは、“自分のために生きること”。
誰かに褒められたい。認められたい。クリスタは優しい女の子。女神様はこうあるべきだ。女神様だからそんなことしない。他人が勝手に作り上げた虚像を纏い、自分から縛られている私が、不自由で窮屈で――憐れに映ったのもしれない。

ユミルの人生観は、私には目から鱗だった。そんな生き方があるのを知らなかったから。ユミルは私に対して鼻で嗤って来たけれど、自論を押し付けたりせず――何をするでもなく、ただ私の隣にいてれた。ユミルとの空間はとても居心地良くて気付いたら、狂おしいほど彼女のことが好きで好きで堪らなくなっていた。
一緒に街を歩く度に、ユミルに視線を送る人間達が嫌で堪らなくなっていた。誰彼構わずドロドロで醜い嫉妬心を撒き散らす私に比べたら、ユミルの方が断然美しい。

腕によりを掛けて作ったポテトサラダを二人分に取り分けて、いただきますと二人で手を合わせる。モグモグとポテトサラダを頬張りながら、私は目の前で静かにコーヒーを嗜んでいるユミルをちらっと盗み見た。

朝が弱い恋人のために、私は大学の講義前にこうしてアパートを訪れ――因みに、ユミルと私は別々の大学に通っている――一緒に朝食を共にしている、と言えば聞こえは良いがそれは建前だ。
本音は大好きなユミルと過ごしたいがため。就職したら、一緒に住みたいし結婚したいなぁと、私はまだ見ぬユミルとの幸せな生活に心躍らせる。寝起きが悪いユミルを起こすのは大変だし、ちょっと粗野でガサツだけど本当は誰よりも心が優しい女性であるのを私は知っている。
ユミルの素敵なところ。私だけが知っていれば良い。他の誰かは――知らなくて良い。

「そういえば……サークル、生徒会だったか?それの選挙は終わったのか?」

ふいに話し掛けられた私は、ポテトサラダを喉に詰まらせてしまう。慌ててオレンジジュースを口に含み、柔な芋の塊を流し込んだ。夢想の世界に長居してしまって、現実が疎かになり過ぎた。
ゲホゲホと咳き込む私をユミルが、
「ハムスターみたいに頬張るからだろ。気を付けろよ」
とちょっぴり呆れたように声を掛けてくれた。
はぁ、と新鮮な空気を肺に取り込む。ユミルとの未来を考えていたら芋を詰まらせた、なんて――言ったら、目の前の彼女はどんな顔をするのか。

「う……、うん、大丈夫。お……お腹空いちゃって」
「飯は逃げねぇから、ゆっくり食べろよ」

私は喉から出掛けた言葉に口をもごもごさせただけで、ユミルに本当のことは言わなかった。
彼女はしょっちゅう『クリスタ、結婚してくれ』と言う。その口調が日常会話の延長線上で冗談に近い物言いだから、ユミルが本気なのか私は図りかねている。勿論、満更でもない私もいるのだけど。

“結婚”という言葉はユミルの専売特許なので、私が使う言葉ではない。いつの間にか付き合い始めて数年経っているけれど、私とユミルはまだ学業が本分だしお互いの両親にカミングアウトもしていないのだ。これからのことを考えると、乗り越える壁は多く色々とハードルが高い。
結局私は、何でもないようにヘラッと笑って誤魔化した。

「それで、生徒会は落ち着いたのか?」
「生徒会じゃなくて学生会執行部だよ」
「同じようなもんだろ」

私は大学の学生会執行部メンバーだ。何をするのかと言うと、要は学校行事の企画運営に携わる部活みたいなものだ。面白そうだし、何より他団体との交流も出来るので友人作りの一環で入部した。お陰で学部の垣根を超えて、友人は何人か出来た。
ユミルが言う“選挙”とは、先輩達の中から毎年一人を会長に選ぶ催しがついこの間あったのだ。

「執行部会長選挙はついこの間終わって、次は再来月にやる他団体交流会のレク内容を詰めてるところ」
「ふぅん、レクリエーションか。懐かしいな。高校の時、バスケとか野球とかやってたな」
「何言ってるの。ユミルはいつもサボってた癖に。キース先生にいつも、『アイツを探して来い』って言われたんだよ」
「そうだったか?覚えてないな」
「探すの大変だったんだから!」

懐かしい高校時代の話。基本的にユミルはサボリ魔で、いつの間にか私は彼女を探す係になっていた。

「まさか授業サボってないよね?」

今更ながらユミルが大学をサボっていないか心配になったが、私の心配などどこ吹く風といった具合だ。

「ちゃんと行ってるよ。……ピ逃げしてバイトしてるけど」
「学期末テストとかどうするの?」
「そんなの、私に掛かればどうとでもなるんだよ。まあ、単位落とさない程度に出席してるから心配すんなって」

トーストを咀嚼するユミルが得意げに言う。授業ノートのアテはいくつかあるらしい。
忘れてた。ユミルは授業をサボるけれど、元々地頭が良くて要領が良い。ポイントさえ押さえてしまえば彼女に怖いものはないのだ。単位を落とさないよう適度に力を抜く辺り、ユミルらしいと思う。
初めからちゃんと授業に出れば良いのに――とは言わなかった。

ご馳走様と、二人で手を合わせる。お皿洗いはユミルの仕事なので、私は食べ終わった食器を纏めてキッチンの流しに置いた。朝、私がユミルを起こして朝ご飯を作るようになってから決まった家事分担ルールである。お互いの得手不得手を鑑みた結果だ。

「クリスタ。今日もバイトがラストまでだから、もしここに来るなら鍵渡しておくがどうする?」
「じゃあ学校終わったらここに来ようかな」
「ん。私の鞄の中に鍵あるから、勝手に取ってくれ」

食器と食器が擦れる音と流れる水の音を耳にしながら、ユミルの鞄を探す。リビングから玄関へ繋がっている廊下へ目を向ければ、草臥れた鞄が無造作に投げ出されていた。これもいつものことだ。何度言っても治らない。

「また鞄を廊下に放ってる……」

お目当ての物を手に取った私は、ユミルの鞄を持ってリビングに戻る。ふと何気なしに廊下に置かれたゴミ箱が視界に入り、とある空箱を見てしまった私は慌ただしくリビングへ駆け戻る。

「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「コレ!食べちゃったの!?」
「あ?あ、あぁ……、昨日の夜に食った」

私の勢いに気圧されたユミルが、ギョッとしながら答えてくれた。私の手には、バニラアイスクリームの空箱が握られていた。



「クリスタ、そろそろ本題に入ろう」
「あっ、ごめんね。ナマエ」

お昼時の食堂はとても混雑している。混雑を緩和させるためにいくつか食堂はあるものの、あまり意味を成していなかった。ガヤガヤとうるさく、構内で一番人が集まるこの場所は毎日活気が溢れている。私は、陽当たりが良いお気に入りスペースを確保するために午前中にここへやって来て、次の授業の課題に取り組んでいた。

そこに、クリスタが私の名前を呼びながらやって来たのは三十分程前。

「どうしたの?何かあった?」

私が首を傾けてそう問えば、待ってましたと言わんばかりに――クリスタの小ぶりな唇から彼氏の愚痴が怒涛の如く流れて来た。いつも温厚でニコニコしている女神様なのに。女神・クリスタも怒るのかと――当たり前のことを、私は心の片隅で思った。

彼女とは、昨年学生会執行部が主催したレクリエーションで知り合った。私はスノボサークルに入っており、丁度執行部からレクへ参加しないかとお呼びが掛かったのだ。声を掛けてくれたのが、目の前でむくれている彼女だった。
同じ学年でとびきりの美人がいるという噂は、もれなく私の耳にも入っていたが実物を目にしてつい見惚れてしまった。

噂の美人は、頭の先から爪先まで綺麗だった。カラーリングではない天然の金髪は傷んでおらず、長くてボリュームのある睫毛に縁取られた蒼い瞳が印象的であった。くすみのあるローズ色のショートネイルが彼女の白い指に彩りを添えていた。甘過ぎず、辛過ぎない絶妙なテイストの洋服に身を包んだ美人は、自分が一番綺麗に見える魅せ方を知っているのだ。

今日は彼氏の家に行って朝御飯を作ってあげたの。ポテトサラダは頑張って作った甲斐があって、美味しかったよ。彼氏は朝が弱いから、私がほぼ毎日起こしてあげてるんだけど、今日は寝たふりされた――などなど。
このままでは、今朝あったことや感じたことを一つずつ丁寧に話すに違いない。クリスタは彼氏のことになると話が止まらなくなるのだ。そこが可愛らしいところなのだけど、話を聞かされている身としては本題が聞きたい。私の方で上手くコントロールしなけれぼ、延々と本題に入らなそうだ。
そこで冒頭に戻る。

「そんなことで喧嘩しちゃったの?」
「うぅ……、だって……」

要は、彼氏にアイスを食べられてしまって謝って貰えなかったらしい。はたから見たら酷くどうでも良いことなのだが、そんなこと言ったらクリスタに睨まれてしまうので私はぐっと言葉を飲み込み、大人しく話を聞いていたのだ。

「まあ、彼氏の言い分も分からなくはないけどさ……また新しいの買えば良くない?」
「執行部の選挙が終わったら食べようって楽しみにしてたんだよ?それなのに、『蓋に名前を書いてなかったお前が悪い』の一点張りだったのよ」
「彼氏は甘いのよく食べるの?」
「ううん、あんまり。だから食べられると思ってなくて」

食堂にやって来た三十分前は、ぷりぷり怒っていたクリスタも怒りは消えたようだが、口調の端々に少しずつ後悔の念が滲み出て来た。綺麗な蒼い瞳に薄い涙の膜が貼り始める。

「バイトが忙しくて疲れたから、甘いものが食べたかったみたい。今思えば彼は何も悪くないのに、私ったら酷いこと言っちゃった……」

彼氏の態度が気に入らなかったクリスタは、売り言葉に買い言葉で
『大嫌い!』
と、捨て台詞を吐いてそのままアパートを飛び出して来たという。

「……正直言うと、私を追いかけて来てくれると思ってたんだけど来てくれなかった」
「ドラマみたいにはいかないよ」

グスッと目尻に涙の粒を溜めたクリスタが、どうすれば良いか解らないと言った風に縋るような瞳でこちらを見て来る。
我が大学の女神様が涙を零さないように堪えている。これは由々しき事態だ。水に強いと宣伝されたウォータープルーフのプチプラや、お値段の高い有名デパコスで綺麗に取り繕っても、一筋の涙は無慈悲に素顔を暴いてしまう。
けれどクリスタの泣き顔はとても綺麗だった。感情を露わにした女神様に内心驚きつつも――私は人間味を感じてしまった。

どんなことがあってもニコニコと笑う彼女は、ちょっとだけ不自然で――言うなれば、お金持ちの少女達の愛玩道具であったアンティークドールのようだと私は感じていた。こんなにも好きな相手を想って涙する彼女にホッとする。

「泣かないで、クリスタ」
「ナマエ……どうしよう、私、彼に嫌われちゃったかもしれない」

泣き顔も可愛い。きっとクリスタのファンクラブの女の子達は、クリスタがどんな風に泣くのか知らないのだ。

女神様にこんな顔をさせる件の恋人が羨ましかった。こんなに彼女を動揺させる存在に私はなれない。だから私に出来ることはヨシヨシ、と頭を撫でて甘やかすこと。

「ほら、前に話してくれたでしょ?どんなに高くて美味しいコーヒーよりも、クリスタがコーヒーメーカーで淹れてくれたインスタントが好きって話し」
「……うん。“気持ちが大事だ”って言われたけど」
「そうそう!めっちゃ優しいじゃん。アイスの一つや二つで喧嘩しても、そんな簡単にクリスタのこと嫌いになる人だとは思えないけど。きっとお詫びに何か買って来てくれるんじゃないかな」
「……そうかな?」
「うん。自信持ちなよ。ちゃんと謝ってさ、仲直りしな。本当に嫌いになったわけじゃないんでしょ?」
「あ、当たり前じゃない!ナマエに言われなくても、私の気持ちは変わらないよ!」

決して私に対してじゃないのは解っているが、目の前で女神様からの熱い想いを聞いてしまったら誰だって錯覚してしまうだろう。実際私は錯覚しかけた。

「……あはは、言う相手が間違ってるよ。ちゃんと彼氏に言わなきゃね」
「もう、ナマエまで私を揶揄うなんて」

先程まで涙を溜めていた瞳には、その痕跡が一切なかった。少しでも女神の心の憂いを、取り除くことが出来たのなら話を聞いた甲斐があった訳だ。

「本当に彼氏のことすごく好きなんだね。クリスタが惚れ込んでる彼氏の写真見たいなあ?」
「えっ、」
「いつになったら見せてくれるの?」

私はニコッと笑いながらクリスタを見ると、彼女は顔を硬ばらせた。
彼氏の話はしたがるのに写真は見せたがらないのだ。かれこれ何度か写真が見たいとクリスタに言っているのに、未だに見せてくれない。彼、写真嫌いだから写りたがらなくて。いつものお決まりの台詞を言われるかと思ったが、クリスタは今日に限って違う言葉を口にした。

「あんまり写真好きな人じゃないから、これしかないけど……」

渋々見せてくれたのは、角帽とアカデミックガウンを着たクリスタと男の子のツーショット写真だった。
クリスタの隣ではにかんでいるガタイの良い男の子が、先程話題に上がった彼氏なのだろう。彫りが深く強面で一見取っ付きにくそうだが、素直そうな雰囲気を醸し出している。

「ライナーって言うの。別々の大学に進学しちゃったんだけどね……」
「カッコ良くて優しそうな人じゃん!こんなにクリスタから想って貰えるなんて、彼氏も幸せ者だねぇ」

せっかく見せて貰ったのに、親戚のおばちゃんみたいな感想しか言えない自分が情けない。

「あ、ありがとう……」

照れているのか、クリスタはぎこちなさそうだった。



「ユミルなんか大嫌い!」
バタンッと大きな音を立てて玄関のドアが閉まった。怒涛の嵐が去った後みたいに、しん――と静まり返った部屋にポツンと私一人が佇む。大きな溜息をこれでもかと吐き出して、脱力した。
たった今、堪らなく好きな相手から、一番聞きたくなかった言葉を浴びせられた。

事の発端は、昨夜私が食べたバニラアイスクリームの空箱だ。そのアイスはクリスタの大好物であることを、失念していたのだ。
私は滅多に甘いものを食べないから、クリスタはいつも自分用にアイスを買い込んで私の家の冷凍庫に入れていた。

「あぁ、クソ」

誰に言うでもなく悪態を吐く。昨夜に戻れるなら戻りたい。アイスを食べようとした私を全力で止めたい。せっかくクリスタと過ごした甘い朝も、先程の言い合いですっかり冷え切ってしまった。

正直、アイス一つでアイツがあんなにショックを受けるなんて思ってもみなかった。食べ物の恨みは怖いと言うが、まさにその通りである。余りにも子犬のようにギャンギャン喚くものだから、カチンと来てしまった私も悪かったと思う。
グッと苛立ちを飲み込み、大人な態度で『お詫びに今日アイスを買って来る』と言えば良かった。私は珍しく自己嫌悪に陥ったのだ。

九十分の講義は退屈過ぎてむしろ居眠りした方が有意義に過ごせるのではなかろうか。ホワイトボードの前でツラツラと、何とか論理を説明している教授の声が子守唄のように単調だ。これで眠くならないヤツがいるのなら、ソイツの顔を拝んでみたい。

「わりぃ、ベルトルさん。私寝るからノート取ったら後で貸してくれよ」
「ユミル。自分でちゃんとノート取らないとダメだと思うよ」

眠くならず、真面目に講義を受けているヤツがこんなにも近くにいた。
隣に座っているベルトルトが真面目に返して来るが、私は机に突っ伏して無視を決め込んだ。クリスタみたいなお小言はゴメンだ。殆ど八つ当たりだが、私はベルトルトの足を軽く踏んづけると、隣から小さな呻き声が聞こえた。




「ユミル君。もう上がって良いよ」
「お疲れ様でした」

店長から声が掛かったので、今日のバイトは終了だ。後少ししたら、夕方からラストまでナマエのシフトである。
昨日の大混雑は打って変わり今日はあまりにも暇だった。暇過ぎてたったの五分が永遠に続くのかと思ってしまうくらい。客もいなくて何もすることがないと、頭の中で今朝の出来事がグルグルとループしてしまう。出来れば昨日と同じくらい忙しかったら良かったのに。

「らしくねぇな」

着替えながら自嘲していると、バイト仲間のナマエが丁度出勤して来た。

「ユミル、もう上がり?お疲れ様」
「おう、お疲れ。今日は恐ろしいくらい暇だぞ」
「昨日が異常だったんだよ〜」

あははと笑いながら語尾を伸ばすナマエは、何だか間抜けに見えた。
彼女と私はバイトの同期以外の共通点がない。好きなもの。嫌いなもの。趣味。嗜好。どれも彼女とは合わないけれど、バイト仲間なので上手く付き合っている。

「そんじゃ、私帰るから。またな」
「またねー」

ひらひらと手を振るナマエを横目に、私はロッカールームのドアノブに手を掛ける。

「そうだ。お前さ、この間話してたオススメのケーキショップってどこだっけ?」
「駅前の大通りを一つ越えた所だよ。“マリアとローゼ”ってお店。そこのレアチーズケーキがめちゃウマなの!タルト・タタンもおススメだよ!」
「ふぅん。……サンキュ」

ナマエが怪訝そうな顔で私を見る。何だ、どうしたんだと思った矢先、
「……もしかして私に買ってくれるの?」
と、彼女が嬉しそうに笑った。
まん丸の瞳をキラキラと輝かせてこちらを見て来るナマエは、何だかクリスタに似ている。いや、髪も瞳の色も背丈や骨格も雰囲気すら全然似てないのに不思議だ。コイツも甘いもの好きなのか。

「はぁ?何で私がお前にケーキを買わなきゃいけないんだよ。自分の分は自分で買え」

愛しのクリスタ様にお詫びとして買うのに、勘違いも甚だしい。

「ひど!ユミルって良い人だと思ったのに期待して損した」
「早とちりにも程があるだろ。それじゃあ」
「今度買って来てよね!それじゃ、お疲れ様」

ナマエは私の言葉に傷付いた訳でもなく、いつも通り挨拶してフロアへ向かった。
私がどんなに辛辣な言葉を投げても彼女はあたかも聞いてないようにスルーする。一種の処世術なのかもしれない――それか根っからの馬鹿のどちらかだ。
「……気が向いたら買ってやるか」




ショーウィンドウに売り切れという赤いポップが並ぶ中、オススメされたレアチーズケーキとタルト・タタンが奇跡的に一つずつ残っていた。それを正方形の空色の紙箱に包んで貰い、私は心なしか足早に帰路に着く。
クリスタから、今私の家に来ているというメッセージがあったのだ。今朝喧嘩したことを謝って、一緒にこれを食べたい。本当は二人で同じものを食べたかったが、仲直りが出来れば良い。ケーキは仲直りのきっかけに過ぎないのだ。
最寄駅から徒歩五分の場所に私のアパートがある。普段、何気なく歩いている道なのに何だか遠かった。

「ただいま」

逸る気持ちを抑えながら玄関のドアを開けると、ふわりと何か美味しそうな御飯の匂いがした。

「……クリスタ?……いるのか?」

名前を呼んでも返事がない。だけどリビングの方からガタガタと人の気配がする。靴を脱いで、私は良い匂いに導かれるように足を進めると、リビングにクリスタが一人きりでちょこんと椅子に座っていた。

色取り取りのサラダ。大根のピクルス。デミグラスソースがかかった美味しそうなハンバーグ。それと、卵スープが食卓に並んでいる。

「お、お帰りなさい……ユミル」

今朝喧嘩したばかりの恋人が、ぎこちなく私を出迎えてくれた。私の名前を口にしてくれたものの、クリスタは目を合わせてくれない。私は右手に持っているケーキの箱を咄嗟に背中に隠してしまった。

「いるなら返事しろよ」

しん、と静まり返るリビング。
ああ、しくった。私が言いたいのはそんなことじゃない。クリスタと仲直りがしたいのだ。私は苛立ちを隠すことなく、ガシガシと頭を掻いた。微動だにしないクリスタは目線を下に向けていて、頑なに私とは目を合わせまいとしている。
彼女は頑固だ。

暫くの間、お互い無言だった。温かい手料理達と冷えた空気を纏う私達。その対比が何だかおかしかった。食卓に並べられた美味しそうな手料理の意図。コイツも私と同じだ。

「あ、あのさ……クリスタ」
「……、何?」

ずいっと、ケーキの箱をクリスタに突き付ける。

「これ、やる。今朝の詫びだ……。わ、悪かったな!勝手にアイス食っちまって」

自分から謝るのは慣れていない。私は頬に集まる熱を振り切って、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。パチパチと目を瞬きしたクリスタが、そっと箱を受け取った。

「これ……」
「一緒に食おうと思って買って来た……。い、いらなかったら捨てて良い」

ガタッと音がした後、すぐに軽い衝撃が私の身体を襲った。

「……、!」
「馬鹿!いらない訳ないでしょ!」

いつの間にかクリスタが私に抱き着いていた。

「ユミルは悪くない!勝手に喚いて酷いこと言った私が悪いの!……大嫌いなんて嘘だから……、だから私を嫌いにならないでよっ……」

ぐすぐすと鼻を啜る音。涙を含む声。こちらを見上げて、大きな瞳に大粒な涙を浮かべているクリスタ。

「ごめんなさいユミル……。アイスのせいで終わりにしたくないの」
「泣き虫クリスタ」

私はびよんとクリスタの両頬を摘んで、柔らかくぷにぷにしているそれで遊ぶ。
きっとコイツのことだから、今日一日ずっと悩んで落ち込んでいたに違いない。本当に馬鹿だと思う。私のことを想い、色々な感情に振り回されたのか。自ずと口角が上がってしまう。愛おしい。

「アイス如きで私がお前のこと嫌いになると思ったのか?」
「い、いひゃいよ……!」

パッと離すと、クリスタが解放された両頬を撫でる。

「そんなことで嫌いになるのなら、初めっからお前に興味なんか湧かないし付き合わねぇよ」

自分でも素直じゃないことは承知しているが、こういう時はちゃんと言葉にした方が良い。でもやっぱり照れの方が勝ってしまう。言葉に出来ない代わりに、私はぎゅっと彼女の身体を抱き締める。
するするとクリスタの両手が私の背中を這い、ぐっと抱き締めてくれた。

「良かった……、良かったよぉ」

腕の中で安堵した声が聞こえる。私は彼女のまろい頭をひと撫でした後に、

「食おうぜ。せっかくの飯が冷めちまう」

クリスタの耳元で囁いた。箱の中に収まっているケーキは食後のお楽しみだ。



コポコポと沸き上がるお湯。サーバーに香ばしい香りの黒い液体がポタポタと落ちる。木の温もりを感じられる店内の調度品は年季が入っているものの、それが返って良い味を出しているのでさほど気にならない。

「お待たせしました。サイホン式コーヒーと、ミックスサンドです。ごゆっくりどうぞ」

平日の昼下がり。フロアには私と常連さん一人だけ。今日は店長がお休みなので、私はロングでシフトに入っている。
注文の品を提供し終えたので、手持ち無沙汰になってしまった。やることといえば、お茶と夕飯時の仕込みをするくらい。

今日は一日自由だ。一週間に一日だけ自由な日が出来るよう、時間割を組む時に調整した。それが出来るのも大学生の特権だ。
チリンチリンと、来店のベルが鳴る。

「いらっしゃいま――、」
「よぉ、相変わらず暇そうにしてんな」
「ユミル!どうしたの?今日はバイト入ってないよね?」

やって来たのは、バイト仲間のユミルだった。

「今日は客として来たんだよ。どうせ暇なんだから良いだろ」
「暇過ぎてどうしようかと思ってたところ!カウンターにどうぞ」

女性の割にすらっとした長身。気取らない態度とちょっぴり乱暴な言葉遣い。カジュアル且つラフな格好だったから、初めて会った時は男の子かと思ってしまったくらいだ。
男と間違われたこと自体、ユミル本人は特に気にしていないようだった。

「それじゃあ、グァテマラ。それとクロックマダム」
「はぁい。準備するから待ってて」

私が冷蔵庫から食材を出していると、
「ほらよ」
と、空色の小さな箱がカウンターに置かれた。私がキョトンとしているとユミルがぶっきらぼうに箱の中身を教えてくれた。

「この間食べたがってただろ」
「ええ!これってまさか……」
「悪いがチーズケーキとタルト何とかは新しいのが出来上がるのに時間が掛かるらしいから、バタースコッチケーキにした」
「ありがとうユミル!超嬉しい!休憩の時に美味しく頂くね」
「……おう。まあ、御礼だ」

肩頬を突いたユミルがボソッと言う。一体何の御礼だろう。考えてみたけれど、何も思い出せない。彼女とは共通点がない。

「私、何かユミルに御礼されるようなことしたっけ?」
「……、腹減った。早く作ってくれ」
「はいはい。ユミルって相変わらず良く解らないヤツだよねぇ。他の人にもそう言われない?」
「そんなこと言うのはあんただけさ」

ユミルが柔らかく笑った。
人を小馬鹿にしたような顔。真剣な顔。眉を顰めた顔。コロコロと変わる彼女はまるで猫みたいだと私は思った。

「……優しく笑うユミル、初めて見た」
「は?」
「ううん、何でもない!先にコーヒー出来たから飲んでて」




「ユミルって恋人いたんだ!何か意外!」
「失礼なヤツだな」

クロックマダムを頬張るユミルが案の定顔を顰めた。考えてみれば彼女は粗暴に振る舞う癖に優しいのだ。

意外だと思う反面、ユミルに恋人がいることに違和感はなかった。高い所に置いてある機材を横からヒョイと取ってくれるし、面倒臭がらずお客さんと談笑したり。何だかんだ言ってちゃんとケーキを買って来てくれる。そんな優しい彼女なら、恋人がいたっておかしくはないだろうから。

「どんな人なの?」
「アイツは外面良いけど、私のことになると嫉妬深いし束縛するしオマケにワガママだよ。ほんと手の掛かるヤツでさ」
「へぇ……。何かユミルがそんな人と付き合ってるなんて意外」

私はさっきから『意外』しか言っていない気がする。

「そうか?」
「うん。ユミルって束縛されるのキライそうだしさ。今何してるのって連絡来ても、『うるせぇ今お前のLINE見てるんだよ!』って返信しそうじゃん?」

私は思わずニヤニヤしてしまう。だってユミルが惚気るなんてレアだから。

「ほう、なるほど……。お前は私のことをそんな風に見てたんだな……?」
「痛い痛い!離して!暴力反対!」

頭を力強く拳でグリグリとされる。左右から力が加わり、痛くて痛くて堪らない。こんなことされるなんて子供の頃悪さをした後に、父親からお仕置きされた時以来だ。大学生にもなって幼い頃された制裁を受けるとは思わなかった。

一頻りグリグリしたユミルは気が済んだのか、私はやっと解放された。本当容赦ない人だ。

「まあ、アイツじゃなかったらそんな人間と付き合ったりしねぇよ。束縛されたら即別れるというか、そもそもそんな人間と付き合わない」
「……じゃあ、どういうところがユミル的に好きなの?嫉妬深くて束縛するんでしょ?」
「そうだなぁ……、アイツは私の気を惹くために努力してるよ。オシャレに敏感だし、服だって似合うかどうか私に聞いたりする。それと、私は家事も得意じゃないから料理はもっぱら向こうが担当。美味いんだよな、アイツの料理」

ユミルの彼氏は彼女の好みに合わせようとするらしい。昨今は、女子よりも料理がデキる男子もいると聞くから別におかしくはないのだけど。

「……何て言うか、彼氏というより彼女みたいだね……?」
「彼氏だなんて一言も言ってねぇけど」
「え??」
「勝手に勘違いすんのお前の悪い癖だぞ」

私の反応にユミルがとんでもない事実を口にする。

「私の恋人、クリスタ・レンズって言うんだ」

余りにも見知った人物の名に、今度は私が素っ頓狂な声を上げる番だった。

ぼくらのための食事をならべて


Title By kazura
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