私の愉快な友人

ジムに通いだしてあっという間に1ヶ月近く経った。表立った変化として、以前と比べると身体が引き締まったような気がする。姿見に映る自分の姿を見てそう思う。
糖質制限中なので、口に入れるものはタンパク質が多くなるから筋肉が付きやすくなるのかもしれない。リヴァイさんの厳しい指導の賜物だろう。今のところ減量は順調でジムに通い始めてから4キロ減った。たった4キロ減量でも見た目が違うようで(私自身もお腹周りがすっきりしたような気がしている)、ペトラさんやエルドさんから

「前と比べて身体が引き締まったように見える!」

糖質制限生活のお陰で、平日のランチ後に襲って来る眠気もあまり気にならなくなり、仕事の効率も上がったような気がする。順調に減量出来て尚且つ仕事も捗る。一石二鳥というものだ。
ただ、ご飯やパン、パスタなどの主食が食べられないので空腹感というか、物足りなさを強く感じた1ヶ月だった。

「ライナーさん!」

今日も汗を沢山流した厳しいトレーニングが終わり、シャワーでサッパリした後。着替えを済ませて自宅へ帰ろうとしたところ、受付にライナーさんがいたので私は声を掛けた。ライナーさんは相変わらず人当たりの良い笑みを浮かべる。

「おう、ナマエさん。トレーニングはだいぶ慣れたか?」
「筋肉痛になりますけど、少しずつ慣れてきました!」
「減量も順調だしな。何か困っていることはあるか?」
「実は、食事のことなんですけど……」

トレーニング後に何度かライナーさんと話したことはあるが、彼はエレン君やミカサちゃんの良い兄貴分のように見える。

「この1ヶ月は辛かっただろ?ダイエットだと間食は禁止だと思いがちだろうが、食材をちゃんと選べば間食しても良いぞ。例えば、アーモンドやナッツ。それか茹で卵、無糖のヨーグルトも良い。ナッツ類はカロリー高めだから5粒程度なら許容範囲だな。コンビニに売ってるから手軽に買って試してみてくれ」

頼り甲斐あるアドバイスと落ち着いた物言いが、兄貴ぽく見えるのだろう。ダイエットの悩みだとか、トレーニングや食事のことなどをスタッフと相談しながら二人三脚で減量を進めて行く。
孤独感はあまり感じることがないというのも、ダイエット成功の条件になるのかもしれない。一人で躍起になっていた頃は孤独が付き纏っていたから。
呑み会や友人達とランチなど、様々な誘惑に打ち勝つ精神力や気力が必要で私にはどれも足りなかった。

“明日からダイエットしよう”と何度も自分に言い聞かせて呑み会やランチに足を運んでいたけれど、中々“明日”はやって来なかったのだから。

「そういえば、明日高校時代の友人と久しぶりにランチするんです!多分お店はパスタとかピザになると思うんだけど……糖質もあるだろうし、何を食べれば良いですかね?」
「そうだな……、パスタは食べ過ぎなければそんな気にしなくても良い。それに、友人と飯食いに行くの久々なんだろ?ダイエットのことばっか気にしてたら美味いものも美味くないぞ」
「あ……」

言われてみればそうだ。
久しぶりに会う友人とのランチは憩いの場で、お互いの近状報告を聞けるので私自身も凄く楽しみにしている。ダイエットしているからといって、友人に気を遣わせたくないけれど、1ヶ月近く食事に関して私なりに頑張って来たから――気を張っているのかもしれない。

「まあ、せっかく順調に減量出来てるから無駄にしたくない気持ちは解るけどな。チーズやオリーブオイル、バルサミコ酢とか血糖制限しやすい食材中心なら大丈夫だ。強いて言うなら、米料理と甘いデザートは控えた方が良い。酒は焼酎やウィスキーなら飲んで良いぞ」

私は神妙な顔をしていたのだろうか、ライナーさんはアドバイスをしてくれた。

私の他にも数名の女性会員が受付にいて、リヴァイさんと何やら話しているのに私は気が付いた。

「リヴァイさんって筋肉凄いですよね!やっぱ毎日トレーニングしているんですか?」
「掃除と一緒で筋トレも毎日している」
「え〜!掃除も好きなんですか??意外です!」
「でもリヴァイさん清潔感あるし、納得だよね!」
「私掃除苦手だから、リヴァイさんに教えて貰いたいな〜」

うん、うん!と楽しそうな会話を繰り広げている。彼女達の声が黄色いというか、猫撫で声のような気がするのは、私の気のせいか?
リヴァイさんは常に仏頂面で言葉は粗野だけど、1ヶ月近くトレーニングを受ける内に良く喋る人だと解った。冷血かと思いきや、会員や部下から慕われ、従妹との距離の測り方に頭を悩ます血の通った人間味ある不思議な人。
趣味は掃除で、オススメの洗剤や効率的な掃除の仕方を教えてくれた。
……掃除も妥協を許さないだろうから、例えば障子のサッシとか細かいところまで抜かりなく埃のチェックをするんだろう。ドラマでたまに見る、姑チェックというものだ。

リヴァイさんについて知り得た情報として2つある。1つめは、学生時代はヤンチャしてミカサちゃんに迷惑を掛けていたこと。2つめは同級生とバンドを組み、暫く活動していたこと。担当はボーカルだったという。思わず、意外ですねと言ってしまった。
初めは私自身、リヴァイさんに対して反発心を持っていたけれど、ひょっとしたら見た目が損をしているだけで実は良い人なのかもしれないと、私は思うようになっていた。

「まぁ、飯は楽しみながら食べるのが一番だからな。楽しんで来いよ」

ライナーさんが最もなことを言う。せっかくのランチだから楽しまなきゃ損だ。

「そうですよね、楽しんで来ます!」

ちょっとだけ気持ちが軽くなった私はライナーさんにお礼を言って帰宅しようとする。

「オイ、ナマエ」
「何ですか?」

リヴァイさんに名前を呼ばれた気がした。私が振り返るとさっきまで黄色い声を出していた数人の女性達から冷たい視線が突き刺さって来た。針のむしろにされた気分だ。
女って怖い……。

「さっき言い忘れたが、次回は体重測定兼面談をする。それによってトレーニング内容や食事方法を変える必要があるからな」

でもリヴァイさんは、自分を囲んでいる女性達の冷たい空気を物ともせず(気付いているのかいないのか不明)簡潔に業務連絡を私に伝えて来た。
周囲の冷たい雰囲気に少しだけ気圧されてしまう。

「えっと……、それだけ、ですか……?」

質問してしまった。我ながら感じ悪いけど致し方ない。私は何も悪いことをしていないが、彼女達からしたら楽しくお喋りしていた空間を私が邪魔をした、ということらしい。いや、不可抗力だし、そもそもリヴァイさんが私を呼び止めなければ良かった話で。リヴァイさんは鋭いんだか鈍感なんだか解らない。

「ああ、それだけだ」
「そうですか、解りました」

私は早々に会話を切り上げて、リヴァイさんに軽く会釈してからジムを後にした。

翌日。私は高校時代の友人であるヒッチとアニの3人で、歓楽街にあるお洒落カフェに来ていた。

「久しぶり!あんた達相変わらず元気そうじゃん」

ヒッチが嬉しそうに言った。
私達3人は同じクラスだった。アニは卒業後、音楽専門学校に行き、私とヒッチは何だかんだ大学まで一緒だった。卒業後もこうして集まってご飯を食べたり旅行に行ったりしていたが、最近はお互い忙しくて中々会えなかったのだ。

「それじゃあ、ひとまず乾杯しようよ!」

昼間から酒が呑めるなんてこれ以上ない幸せだよね、とヒッチが言う。私はハイボールを手に取って乾杯した。

ヒッチは大手化粧品会社の広報をしており、メディアからの取材対応もしているそう。アニは高校時代から地道に活動して来たバンドがインディーズデビューして以降、ライブや音楽制作に精力的に活動している。

「メジャーに比べたら知名度も低いけど、自分達の方向性を大事にしたいから」

アニはそう言ってピザを一切れ手に取った。

「そうだ。コレ、ウチの新商品ね。試供品だけど良かったら使って」

ヒッチがカバンから取り出したのは可愛らしい容器のグロスだった。

「わぁ!ヒッチ、ありがとう!」
「アニもさぁ、デビューしたんだからもうちょっとお洒落したら?」
「余計なお世話」

アニがヒッチの言葉をひと蹴りする。今のやり取りはアニとヒッチの中ではお約束のようなものだ。アニはヒッチからグロスを受け取り、少しだけ嬉しそうな顔をしてカバンに入れた。

「そう言えば……ナマエ、あんた少し痩せた?」
「あ、やっぱそう見える?実はさ、ダイエット始めたんだ」

私はちょっとだけ得意げに言うと、ヒッチが頬杖をついて呆れ気味の顔をしている。

「ええ、また?何度も挫折して来たのに、良く懲りないねぇ」
「今度は本気だよ!『スリム&ビューティハウス』っていうジムに1ヶ月前から通い始めてるんだ」
「……そのジムってCMで良く流れてる有名なとこでしょ。入会金は高いけど、食事改善と筋トレがメインって聞いたことある」

アニが少しだけ興味を持ったのか会話に入って来た。

「マジで?あんたさぁ……本気なの?」
「うん……。今度こそ絶対痩せるって決めたから」

そう言って私はシーザーサラダを口にする。美味しい。

「ふぅん……。食べることが大好きなあんたがねぇ。一体どういう風の吹き回し?」
「1ヶ月前に彼氏と別れた」
「……はぁ!?聞いてない、知らない、何で黙ってたの!?確か、あんた達長かったよね?ひょっとしたら結婚も秒読みかもって思ってたのにさ!」

私からの唐突な近状報告を受けたヒッチからの質問攻撃の中、アニは黙々とピザを食べているがちゃんと耳だけはこっちに向けているようだ。

「振ったの?振られたの?」
「振られた。会社の後輩で気になる子がいるからって。凄く可愛くて、気が利く良い子らしいよ。それに、太ってる私と一緒にいるのが段々嫌になって来たんだってさ。ダイエットも続かないし、一向に痩せる気にならない私に愛想尽いたって」

私がそう言うと、場の雰囲気が微妙な空気になる。

「まぁ……、あんたが太るなんて思ってもみなかったし?」
「それに、お互い忙しかったから連絡も殆どしてなかったんだ。デートの約束はしてたけど、前日になるまで連絡しなかったくらいね。デートの待ち合わせ決める時に連絡したら別れ話になったってわけ」

あれは本当に寝耳に水だった。びっくりしたけど、私は泣きながら彼の声を聞き漏らすまいとしていたっけ。アニがボソッと呟いた。

「それで、元彼を見返してやるって気持ちになってジムに通い出したってことか」
「でもナマエがメソメソしてなくて良かった。せっかくの楽しいランチが湿っぽくなっちゃうし。もうさ、あんなヤツ忘れて新しい出会いを探すべきだね」

ヒッチがワインを飲み干す。
私達は湿っぽい雰囲気が嫌いだ。
辛かったねとか大丈夫だよとか……そういう慰め方を私達はしない。既に終わったことに対してとやかく言ったって意味がないことを知っているから。

「私はパス」
「アニさぁ、私まだ具体的に何も言ってないんだけど?」
「どうせ、合コン開こうとかでしょ。私は行かない」

アニが光の速さで参加拒否したのが面白くて、私はちょっとだけ笑ってしまった。
本当に、この2人と友達で良かったと思う。

「……アニって相変わらず連れないヤツ。マルロ辺りに声掛けてみようか。アイツ何だかんだ人脈広そうだし男メンバーは何とかなるでしょ。女子メンバーは私の方で適当に声掛けてみるから」

私とヒッチ同様、マルロも同じ大学だった。オカッパ頭が印象的で、国家公務員になって天下り官僚を成敗すると口にしていた。ちょっと(いや、だいぶ)変わっているヤツだった。
アイツ今頃どうしてるかな。
私は卒業してからマルロとは連絡取ってないけど、ヒッチはちょくちょく連絡しているようだ。何だかんだ2人は仲良かったから、と大学時代のことを思い出し懐かしい気持ちに浸っていたけどちょっと待て。

「え、本当に合コンするの?ていうか、私まだ痩せてないのに?」

勝手に話を進めるヒッチは相変わらず強引だった。

「じゃあ痩せないとね?猶予は1ヶ月だから。日程決まったら連絡するよ。勿論、アニも参加」
「あんた人の話聞いてた?」
「1ヶ月後にライブがあるんでしょ?インディーズ活動してるって言えば誰かしら興味持ってくれるかもしれないのに。良い宣伝になると思わない?」
「……………乗った」
「猶予1ヶ月!?あんた鬼畜過ぎ!」

リヴァイさんより手厳しいヤツがこんな近くにいるなんて思わなかった。

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