薄味風味の飴

「トレーナー長は口は悪いが、会員のことを良く見てくれる良い人だ。最初は慣れないかもしれないが、頑張ろうな」

帰り際、ライナーさんが声を掛けてくれた。

「あの、私そんなに引いた顔してました?」
「結構引き攣ってたぞ。他の会員も最初はナマエさんと同じ反応するから気にするな」

リヴァイさんは常にあんな感じなのか。
ライナーさんは先ほどの光景を思い出したようで、私はバツが悪い気持ちになる。とは言え、リヴァイさんはスタッフ達からの信頼が厚いのだろう。
こうして本人が知らないところでフォローされているのが、何よりの証拠だ。

「これからスーパーで食材を買いに行くんですけど、何を買えば良いですかね?」
「肉はタンパク質だから、身体の基礎を作る大事な食べ物だから食べても良い。痩せるプロセスを勘違いして肉を食べるのを控えてしまいがちだが、ドカ食いは禁物な。何事も程々に」

私が質問するとライナーさんは、食べて良いものと駄目なものを教えてくれた。

「分かりました。このレシピ本を参考にやってみます」

食材を買い、自宅に着くと夕飯時から少し過ぎていた。これから自炊となるとかなり面倒なのだが、私はキッチンに立ってレシピ本を捲る。
夕飯を多めに作っておけば、明日の弁当に詰めて行ける。食材をまな板に乗せて、久しぶりに包丁を握った。慣れない手つきで悪戦苦闘しながら、おかず数品と主食を作り終える頃すっかりお腹の虫が鳴っていた。

「後は小分けにして保存しておけば良いかな。お腹空いた……」

ひとまずタッパーに小分けにし冷蔵庫に入れて、私は漸く夕飯にありつけた。
翌日のお昼時。

「ナマエがお弁当持って来るなんて珍しいね。自分で作ったの?」

休憩室で食事をしているとペトラさんが、お弁当を手に持ってやって来た。

「久しぶりに自分で作ってみたんです」
「彩りも良いし、美味しそうだね」
「食べてみますか?」
「良いの?じゃあこれ半分どうぞ!」

憧れのペトラさんにそう言って貰えて、私はちょっぴり嬉しかった。頑張れそうと思ってしまうあたり、我ながら単純だ。ペトラさんと他愛もない話をしながら、昼休憩はあっという間に終わった。

大好きなパスタやパン、ご飯などの炭水化物は食べられないもののストレスもあまり感じることなく、何とか今週末を迎えることが出来た。ライナーさんからのフィードバックは、塩分を少し抑えるようにとのことだった。
週末の土曜日。
今日からトレーニングが始まるので私はドキドキしながらジムに到着する。ロッカーでジャージに着替えて受付に行くと既にリヴァイさんがいた。先日と同じように眼光が鋭い。

「今日からよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。それじゃ、こっちのトレーニングルームで始めるぞ」
「行ってらっしゃい、ナマエさん」

受付のエレン君に見送られ、私はリヴァイさんの後を追った。
ルームに入ると専用のトレーニングマシンとベンチプレス。そしてバーベルと重さの異なるウェイトが設置されていて、ついに始まるんだなと思った。
先日ミカサちゃんに案内して貰ったが、いざ自分が始めるとなると心持ちが違う。

「ここで行うのは筋トレ――無酸素運動をする。筋トレで大事なのは、量よりも質であると言われる。メニューを組んでみたが土曜は上半身、水曜は下半身の強化を行う。こうすることでトレーニングで疲れた筋肉を効率良く休ませることが出来て、筋肉痛でトレーニングが出来ないトラブルを回避する。今日は上半身のトレーニングを45分やるぞ」

軽いストレッチをした後、リヴァイさんからさっそくダンベルを渡される。ずっしりとした重さだが決して持てない重量ではないのが絶妙だ。だが、この重さで上げ下げの動作を何度も繰り返すとなると話は別。確実に筋肉痛になること待ったなし。

胸、肩周り、腹筋を鍛えて行く。それぞれ10セットを3回。仕事柄PC作業なので身体が凝り固まっていで非常に辛い。肩周りのトレーニングを1セットやっただけで、私の怠惰な身体は悲鳴を上げてしまう。

「リヴァイさん、もう無理です!腕がもげます!ギブギブッ!!」
「何甘えたことを抜かしてんだ。まだ始めたばかりだろうが」

傍らで涼しい顔をしたリヴァイさん。
対する私は――鏡は見ていないけど――荒い息を吐きながら汗水垂らしまくり、ダンベルの重さに顔を歪め口から呻き声が漏れまくる。女であることを忘れてしまいそうだ。

「それじゃ、次は肩周りを左右両方とも5回追加だ」
「……!?」

しれっとリヴァイさんから飛ばされた指示に私は絶句した。

この人鬼だ!明日は確実に筋肉痛に苛まれて休日が終わってしまう!!

それからも、泣き言を言う私の傍らでリヴァイさんは容赦なく私の身体に鞭を打って来るような指示を出す。めげそうになると、計ったかのように檄が飛ばされる。厳しい言葉とは裏腹に私の身体を支えたり、崩れて来た姿勢を正してくれるなどサポートはきめ細かかった。

上半身のトレーニングが全て終わる頃、大量の汗がポタポタと滴っていて私の身体は鉛みたいに重くてしょうがなかった。長時間ひたすら重労働をしたのではと思う程くたくたで、両足を投げ出した。息も絶え絶えな私の口から出て来た言葉は、

「……疲れた」
「今日のトレーニングは終了だ。どうだった、初日は?」

腕を組みながら私を見下ろすリヴァイさん。

「もうキツイです……」

蚊の鳴くような声の私の言葉にリヴァイさんは更に追い討ちをかけて来る。

「何だ、もう弱音か?」
「もうちょっと軽いトレーニングから始めたいです。結構キツイってミカサちゃんから聞いてましたけど……こんなに辛いとは思ってもいませんでした」
「良い機会だから言っておくが……オレは半端な気持ちの人間ヤローが嫌いだ。ダイエットは生易しいモンじゃねぇ。今までの怠惰な自分のツケを払い、自分を矯正することだとオレは考えている」
「私だって太りたくて太った訳じゃないですよ!痩せられる方法はいくらでも試しました!でも――!」
「楽に直ぐに痩せられる方法は腐る程あるが、まやかしだ。ここに来るヤツらの共通点はお前のように自分を正当化して本質から目を背ける甘いヤツばかり」

リヴァイさんは私の言葉をピシャリと遮って双眸を細める。

「だが……何かを変えたいという気持ちでトレーニングに励んでいるヤツもいる。オレはそいつらがしっかりと目標に向かって進めるよう全力でサポートしたい。だからオレも妥協はしないし、厳しく指導する。それについて来れないなら、痩せることは諦めろ」

リヴァイさんの言葉は容赦なく私の心を刺して来る。悔しかった。悔しくて、悔しくて――仕方がなかった。
正確に言うなら、怠惰で甘えてばかりの私自身に腹が立った。リヴァイさんの言葉は正論だ。彼はお金を貰っている以上、私達会員とは持ちつ持たれつだろう。
元彼からの甘い言葉を免罪符にして来た過去の私がいなければ……と後悔しても後の祭り。

「私には、見返したい人がいるの。だから、私はそいつが後悔する位美人にならなきゃいけない。いや、私なら美人になれる。リヴァイさんには、それまで付き合って貰います!」

言われっぱなしではいられない。私のことを全く知らないこの人に、好き勝手言われたくない。
例え、リヴァイさんが正論だとしても。

「ほう……悪くない。お前の根性、見してみろ」
「望むところよ」

私達は静かに睨み合う。視線がぶつかり、火花が散りそうだった。

「……トレーニングは終わりだ。今日は良く頑張ったな」
「……え?」

ぶつかっていた視線が外され、トレーニングルーム退出間際のリヴァイさんの言葉に私は目を丸くした。

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