何事も程々に

翌日。今日は土曜日。いつもなら日々の仕事の疲れを癒すべくお昼近くまで惰眠を貪っているのだけど、今日は8時に目が覚めた。
カーテン越しでもわかる洗濯日和である。彼と交際解消したのでデートも流れ、何もない休日がやって来た。

「さてと……まずはどこから手を付けようかな」

思い立ったら即行動するのが良いと思った私は素早く朝食を済ませ、部屋の掃除に取り掛かった。目的は彼との思い出を捨てることだ。

スマホ内の写真データとバックアップデータもぬかりなく削除する。2人で撮った変顔からプリクラは勿論、彼のあどけない寝顔とか――。
ああ、この時の私、まだ痩せていたなとか、この彼カッコ良かったなとか、ここの夜景とっても綺麗だったなとか――思い出に浸って、涙が出そうになること度々。

「いけない、いけない!」

心を鬼にしてデータを削除する。
痩せようと決めているので、痩せている自分のデータは残しておいた。これから目指すべき体形をイメージするためだ。
そういえば、部屋には彼の私物が残っている。
勝手に捨てるのもアレだし、段ボールに詰めて着払いで送れば良いだろう。相手の家にある私の私物は、捨ててもらって構わないけど――着払いで送ってもらっても良いか。
LINEを起動して、簡単にそれだけを打ち込み送信しておいた。
全てが終わったらブロックしよう。ブロックしてさよならって呆気ないと思うけど、もう終わったんだから。
そう自分に言い聞かせる。

データの削除が終わると、壁に掛けてあるコルクボードの整理をすることにした。コルクボードには二人の思い出がこれでもかと貼ってある。
2人でネズミーランドに行った時の写真。大学のゼミ仲間と一緒に飲んだ時のものから色々。
彼と幸せそうに笑っている写真を数枚ゴミ袋に入れていく。

記念日や誕生日に貰ったプレゼント、お揃いのマグカップと食器も容赦なく捨てた(割れ物は新聞紙に包んで、しっかり分別した)。
後は大きいサイズの服を必要な分だけ残して、それ以外を捨てることにした。これからダイエットするのだから。
整理が終わると、はたきをかけて掃除機をかける。それでも飽き足らない私は窓ガラスの掃除から風呂場、トイレ掃除まで綺麗にピカピカになるまで磨いた。埃という埃から憎い水垢まで、徹底的に掃除した。普段ここまで徹底的に掃除はしないけど、徐々に綺麗になっていく我が部屋を見るととても気持ち良いものである。
季節外れの大掃除――いや、心の大掃除は夕方まで続いた。
大掃除が終わり部屋が少し広く感じるのは気のせいだろうか。幾分心がスッキリしていた私は夕飯に取り掛かることにした。

今日から野菜多め生活だ。
仕事が忙しくて自炊も出来ずに夕飯もコンビニ飯だし、残業もあるから食生活が乱れ気味。ややお肌も荒れている模様。まずは食生活を見直してみよう。
冷蔵庫を開けてみると中には殆ど食材が入っていなかった。

「……どんだけ自炊していないんだ、私は」



平日で1番楽しみな時間といえばランチだ。
食べることで日々のストレス解消をしているような私にとって、最も大事な時間である。週明けの月曜日は忙しくて、黙々とPC画面とにらめっこしていたから目が痛い。
営業が安請け合いしたせいで、皺寄せはこっちに来るのに!何でこんな短い納期で受注したのだろう。
取引先からの短すぎる納期に、私を含めたプロジェクトメンバーはピリピリした空気で午前の業務を終えた。

ホッと一息したくてお昼にすることにした私は、休憩室でコンビニで買って来たサラダセットを口に運ぶ。傍らに野菜ジュースが1本。これが本日のランチだ。
いつもなら、会社の近くにある行きつけであるパスタ屋、アジアンダイニング、ラーメン屋、焼肉屋とか行くのだが……ダイエット中の身で、マイナス5キロが目下の課題だ。我慢だ、ナマエ。
今まで10キロとか15キロだとか一気に痩せようと無理な目標を設定したのが失敗の元だと自己分析したので今回は、“少しずつ、でも確実に”がモットーだ。

「あれ、ナマエ。お昼それだけで足りるの?」

私が味気ないサラダを咀嚼していると声を掛けて来たのは、先輩社員のペトラさんだった。男性顔負けのテキパキとした仕事ぶりと、誰にでも分け隔てなく接してくれる親しみやすい人柄。
おまけに美人だ。私の憧れの人だが、私以外にも憧れている社員はいる筈。

「ペトラさんお疲れ様です!実はダイエットを始めたばかりで、食生活を見直そうかと思ってまして」
「そうだったんだ。でも、どうしていきなり?」

普段食べる量が多い私が急にサラダセットだけとなれば、ペトラさんが疑問に思うのも解る。

「実は……」

ペトラさんなら話しても良いかななんて思った私は、先週末の出来事を掻い摘んで話すことにした。
最近彼から連絡が減っていると思っていたら、会社の後輩の子が好きになってしまったこと。もう私といてもドキドキすることもなくなったこと。徐々に太っていった私が嫌だったことなど、沢山。
結局、寂しかっただの何だの言われたけど私の怠慢で愛想を尽かされただけだ。
彼女は私の話し横槍を入れることなく聞いてくれた。

「そんなことがあったんだ。でも、ナマエは強いね」

と言ってくれた。

「私ね、数年前に付き合っていた彼に振られた時はショックで何も手がつけられなくなっちゃったから」
「意外です。ペトラさんの場合“振る”方だと思ってました」
「あはは、そう見えるんだ?まぁ、暫くの間気を紛らわせるために仕事に打ち込んでたよ。営業の売上アップになるなんて思わなかったけどね」

そう言う彼女は既に失恋の憂いなど欠片も見受けられなかった。と言うより、当時のことを懐かしい思い出話をするような口調だった。

「私、元彼に逃した魚は大きかったって――振ったことを後悔させてやるって決めたんです」
「そっか、応援してるね。でも、急にご飯の量減らすと身体に悪いと思うから程々に!」
「はい、ありがとうございます!」
「さ、午後からまたひと頑張りよ」

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