決めるのは自分

リヴァイさんの整った顔が私の視界に入る。

「1、2、1、2……、そうだその調子」
現在絶賛トレーニング中である。

ベンチプレスのフラットベンチに寝そべり、頭上のシャフトを上げ下げすること数十回。じわじわと身体が温まり、私の身体は汗ばみ始めていた。
バーベルはいつもより重いが、そんなことよりリヴァイさんの端整な顔の造りを私は眺めていた。

サラサラした黒髪は、触れたら柔らかいのだろうか。切れ長の目に、平坦な眉。眉間に皺を寄せていることが多いのに、そこには皺1つない。
鼻筋はすっとしていて、羨ましい。視線を鼻筋から唇へ辿る。その薄い唇にキスをした、ら――。

「…………っ」

ちょっとストップ、ストップ!!
今、無意識に――ナチュラルに――気持ち悪いことを考えていたと思う。私は慌てて物思いに耽ることを中断した。

「どうした、手が止まってるぞ」

リヴァイさんの不思議そうな声が頭上から降ってくる。

「へ、何か!?」

どうやら物思いに耽ることを中断したら、一緒に手の動きも止まってしまったみたいだ。私の身体のコントロールは短絡的で、脳と一直線らしい。

「集中力が足りねぇな。さては……」
「そ、そんな訳……」

ないじゃないですか――と言おうとしたけれど、リヴァイさんの続きの言葉が気になってしまった私は、口から何も発せなくなってしまう。もしかして、私が考えていたことがバレてしまったのか。

……それは非常に困る。
残りのトレーニング期間のことを考えれば、まだ数回彼と顔を合わせるのだ。とても気まずい。

「合コンで気になる野郎でも出来たか?」
「えっと……合コンは楽しかったけど、気になる男性は特に……」
「何だ、つまんねぇな」

リヴァイさんから、それ以上合コンについて聞かれることはなかった。きっと、私の返答を聞いて興味が失せたのだろう。
まさか彼から合コンについて質問されるとは思ってもなかったから、私は少し面喰らった。掃除が好きなリヴァイさんが、他人の色恋沙汰に興味があるとは思えなかったからだ。
勿論、リヴァイさんはイケメンだ。それなりに経験があるのだろうけど。我ながらとても失礼なことを考えているのは、充分自覚している。てっきり、“何言ってんだ豚野郎さっさと腕を動かさないと、後50回追加するぞ”とか何とか言われるだけだと思っていたからだ。
流石にご本人を目の前に、そんなこと言えやしない。

私自身、正直に言うと自分の気持ちに釈然としないまま日々を過ごしている。ヒッチに指摘された通り、何故リヴァイさんのことが頭に浮かんでしまったのか解らない。リヴァイさんはイケメンだけど、鬼トレーナーなのに。それからトレーニングは順調に進み、今日の回は終了した。
身体から滲む汗を温かいシャワーで流し、髪を洗う。サッパリした私は、更衣室に備え付けられているドライヤーで髪を乾かした。
ふぅ、と一息吐き出した時、ピロリンとLINEの新着メッセージが鳴る。

「え……」

ロック画面に表示された名前を見て、胃の中がじわじわと冷たくなるのを感じながら。私は逸る気持ちを抑えつつ、メッセージを目で追った。スマホを握る手が震えているような気がした。

久しぶり。元気にやってる?何だか久々にお前の顔が見たくなった。今度飯でも食べに行かねえか?

ジム通い終了まで残り1カ月。




週明け火曜日。結局、未だに元カレから来たメッセージに返信していない。所謂、既読スルーだ。
どのツラ下げて連絡して来るんだよとか、今更何の用?とか……色々言いたいことが山ほどあって、私の中でまとまっていないのだ。
彼の勝手な行動に腹が立っている反面――、私の知る彼のままでいることに安堵している。乙女心は複雑なのだ。

「ナマエすごい痩せたね。どれ位減量出来たの?」

今日は久しぶりにペトラさんとランチだ。お昼時なので店内は満席状態で、入り口には待っている人が数人いた。

「8キロ痩せたんです!入社した頃に戻って来ました」
「すごいね。やっぱトレーニングは厳しい?スリム&ビューティアップって結構きついって聞いたことあって」
「そうですねぇ……」

確かに、きついと言ったらきつい。
好物の炭水化物を封印し、厳しい筋トレで身体を絞っているのだ。そうこうしている内に、注文したセイロ蒸し御膳をウェイターが持って来てくれた。

「聞いてくださいよ、ペトラさん!専属のトレーナーが付いてくれるんですけど、私の担当トレーナーが鬼のように厳しいんです。目付きが悪くて最初は怖かったですし、ギブアップって言ってるのに容赦なくスクワットの回数増やしてくるし……!鬼ですよ、鬼!」

私がリヴァイさんのことを話していると、ペトラさんがクスクスと笑った。

「どうしたんですか?」
「そのトレーナーさんのこと話してるナマエが、とても楽しそうだったからつい……」
「楽しそう……?私が?」
「うん。本当に辛くて嫌ならすぐに辞めたって良いのに、ナマエはちゃんと結果出してるじゃない?ダイエットって辛いことも多いと思うのに、ここまで続けて本当に凄いよ。食べたいものも我慢してたんでしょ?」
「……1人だったら諦めてましたよ。ちゃんと食事管理の担当がいて、その人に何を食べれば良いのか色々相談してました。包丁だってまともに使えなかったんですけど、今は料理を作るのが楽しいですよ」

私は色取り取りの具材が詰まったセイロを見つめた。こんな風に見栄えも良く、人様に出せるレベルかと言われれば……自信はない。
包丁を握っても流血しなくなっただけでも、進歩なのかもしれない。

「でも何だか浮かない顔してるけど……何かあった?」

目の前にいるペトラさんから、優しい問い掛け。

「そ……、そうですか?そんなことないと思いますけど」
「誤魔化そうとしても無駄よ、バレバレ」

ペトラさんに指摘された私は黙り込んでしまった。

「言いづらいことなら、無理して言わなくても――」

誤魔化したい時に何でもない顔をして、相手を上手く交わせる技量を私は持っていない。相手は男性顔負けの仕事がデキる、私の憧れの先輩だ。
彼女相手に誤魔化すことも出来ないし、いつまでもモヤモヤしたまま過ごすのも嫌だったから。

「ペトラさんには敵いませんね。実は……」

私はペトラさんに、週末に元カレから久しぶりに会いたいと連絡が来たことを話した。
勝手に振った癖にムシが良過ぎると思う反面、彼から連絡が来たことに心のどこかで嬉しさを感じている矛盾も。そして、彼と会おうかどうしようか迷っているということも。

「そんな風に思うのっておかしいですかね……」
「気になるなら、会ってみたらどう?」

ペトラさんはスープを口にした後、あっさりと言ってのけた。数日間ウジウジ悩んでいる自分が、何だか馬鹿みたいに思えてしまう程、彼女の口調は晴れやかだった。

「振ったこと、後悔させるつもりでジムに通い始めたんでしょ?痩せて綺麗になったのを見せつけるのもアリよね」
「私、以前トレーナーの人に質問されたんです。“お前は元カレとどうなりたいんだ”って。寄りを戻したいって言われたら、きっと私は揺らいじゃうと思うんです」
「嫌なら断われば良い。簡単よ?」

ペトラさんの言う通りだ。会いたいと思えば会えば良いし、嫌なら会わなければ良い。
単純明快な答えがそこにある。どっちを選んでも私の自由なのに、頭では解っているにも関わらず感情が――気持ちが着いて来ない。

「ペトラさんならそうしますか?」
「あのね。私じゃなくてナマエ、決めるのは貴女よ」

ペトラさんは真剣な眼差しで私を諭した後、少しだけ口角を緩めた。

「営業に異動した最初は慣れなくて、ノルマの数字を追い掛けるのが苦痛で辞めようか悩んでた時、凄く救われた言葉があるんだ」
「救われた言葉……?」

今では社内の男性陣に混じってバリバリ働いているペトラさんにも、そんな時期があったことに私は驚きを隠せない。

「今でも覚えてるわ。その日は客先に納品したソフトにバグが見つかってトラブルになったの。仕事が上手くいかなくて、嫌な事ばかりが続いて……もう辞めようって思った時に夢を見たんだ」

ペトラさんは、当時のことを思い出しながら語る。

「……夢の中で、“悔いが残らない方を自分で選べ”って誰かに言われたのよ」
「悔いが残らない方を……」
「そう。ハッて目が覚めてね、どうしてか解らないんだけど懐かしい感じがした。まだ遣り残していることがあるかもしれないのに、ここで逃げたらきっと後悔するだろうって思ったんだ。逃げ癖が付いたら、何度も同じことを繰り返すに違いないって。だから……今、私はここにいるの」
「後悔は――していないんですか?」
「あの時選んだ選択を私は後悔していないわ」

私の問いに、ペトラさんはきっぱりと断言した。
辛い時期があったからこそ。

「踏ん張ったから今の結果がいる。仕事辞めていたらナマエと出会えなかったし、こうして一緒にご飯を食べることもなかった。別の選択を取っていたら、違う未来が待っていたのかもしれないけどね」

今と違う未来。訪れるかもしれなかった――もう1つの未来。

「何が言いたいかっていうと……正しい選択をすることって、結構難しいことだよ。未来に何が起きるか何て……誰にも解らないんだから」

私はいつだって誰かに何かを与えられてばかりで、お返しすら出来ていない。思い返せば、ジムに通い出したのもミカサちゃんの紹介だったし、ここまで痩せることが出来たのはライナーさんやリヴァイさん、エレン君達インストラクターのお陰。新しい出会いだって、ヒッチが御膳立てしてくれた。
私は判断することを放棄して、他人に己を預けてしまっている。今だって、元カレと会うか会わないべきか――ペトラさんに判断を委ねてしまったのだ。本当に情けない。

「……ありがとう、ございます」
「何だかんだ言って気になるんでしょ?元カレのこと」
「はい……!」
「それなら、もう答えは出てるわね」

ペトラさんが柔らかく微笑んだ。

ここまで来たら、最後は自分で決めなくちゃね……。

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