木の温もりを感じる調度品。ランプがぼんやりと灯る大人っぽい店内は、満席状態だった。ヒッチとマルロ経由で集められた合計12人の男女が揃った。
「それじゃあ……カンパーイ!」
並々とビールが注がれたジョッキを掲げたヒッチが乾杯の音頭を執ると、カチンとグラス同士がぶつかる良い音が重なる。
まずは自己紹介ということで時計回りで各々好きなように自己紹介をしていく。集められたメンバーを私はぐるりと見渡す。一体どんな人脈を駆使したのだろう。IT、金融、マスコミ、美容業界など横や縦の繋がりがなさそうな業界から参加している。
まぁ、意外と世間って狭いからどこかしら繋がりがあるのだろう。自分と違う業界の話しを聞くのは新鮮で、私は純粋に合コンを楽しむことにした。楽しい会話はご飯とお酒が恐ろしい程進む。久しぶりだから少しくらい食べても良いよね?リヴァイさん。
脳内リヴァイさんから許可が出たので、パスタをフォークでくるくると巻く。そして甘いカクテルも注文した。今だけ糖質解禁!
隣のアニをチラッと見ると、会話もそこそこに黙々とご飯を食べていた。当初の目的であるライブの告知は、先程済ませてしまったので後は時々相槌を打つだけ。
「すみません、テキーラサンライズお願いします」
……どうやら彼女なりに楽しんでいるようだ。
その後は二次会でボーリングを楽しみ、解散した。結構アクティブな夜だった。
男性陣とはとりあえずラインは交換し、ピコピコと鳴るメッセージ着信音と共にお礼ラインを返しながら帰路につく。
帰り道はヒッチ、今日初めて会ったクリスタちゃん、ユミルさんと同じ方面だった。アニとは先程別れたばかりだ。
「ヒッチ、悪いけどクリスタを合コンに誘うなら私を通せって何度も言ってるだろ?こいつに変な虫がつかないようにしている私の身にもなって欲しいね」
抗議するような口調のユミルさんに、ヒッチはあまり気にしていないように見えた。
「ごめんね、ヒッチ。内緒って言ってたのにユミルにバレちゃって」
「気にしてないからヘーキ」
ヒッチの代わりにクリスタちゃんが謝った。彼女達は異業種交流会で知り合ったらしい。
「ったく、ここ数ヶ月会社の先輩野郎に狙われて参ってるってのに」
「へぇ〜、クリスタ様はまた男に狙われてるんだ?ユミルも大変じゃん」
「確かにクリスタちゃん美人だもんね」
金髪に映える蒼い瞳に、お人形さんのような顔の造り。合コン中は率先して料理を小皿に取り分けたり、男性陣が得意気に話している内容にもニコニコしながら聞いていた。
やはり可愛い女の子が、自分の話しを一生懸命聞いてくれる程嬉しいことはないだろう。アルコールも相まって、彼らの口が更に饒舌になったのも頷ける。
「だろ?クリスタはウチの会社の女神様な訳よ。なのに社内で鼻の下伸ばすだらしない野郎がいてさ、明らかにクリスタ狙いなんだよな」
ユミルさんとクリスタちゃんは会社の同期だと自己紹介していた。全社的に力を入れているプロジェクト要員に、抜擢された彼女はチームリーダーである先輩と一緒に仕事をする機会がグンッと増えた。クリスタちゃんは新卒のため、先輩と一緒に外回りをしたり、遅くまで仕事をすることも多くなったらしい。
ユミルさん曰く、その過程で先輩社員がクリスタちゃんに惚れてしまったようだ。
合コンにて、彼女の素晴らしい気配りを私も目にしているから納得せざるを得ない。こんな可愛い子から、先輩!お疲れ様ですとか、コーヒーを持って来られたら私だって落ちる自信ある。
「もう、そんなことないって言ってるのに……ユミルったらいつもそればっかりなんだから」
クリスタちゃんは困ったように笑うけれど、実際はそんなに困っていないように感じた。初対面のくせに彼女のことを知りもしないが、ユミルさんとの会話の応酬を楽しんでいるように見えなくもない。
「それはそれは……、大変だねぇ……ん?」
……そのプロジェクト内容、数ヶ月前に誰かから聞いた記憶があ、る……。え?ちょっとまさ、か……。
「だから、二人っきりにならないように色々私が阻止してんだけど一向に諦めてくれないんだよなあ」
「ね、ねぇ!その先輩って泣きぼくろある?」
「えっと……多分、あると思いますけど」
「ちなみに、そのプロジェクトって魚の養殖プロジェクトだったり、する……?」
「そうなんです!つい数年前から着手したものなんですけど――って、でもどうしてナマエさんが知ってるんですか?」
「あ、ああ……知ってるも何も……その男、私の元彼……かも」
徐々に尻すぼみになる私の口調と反比例して、ユミルさんが素っ頓狂な声をあげた。ヒッチもクリスタちゃんも目を丸くする。
「マジ?世間狭過ぎない?」
「ちゃんと彼氏の手綱握っとけよ」
「えええ……そんなこと言わても、もう別れてるし」
そう、私と彼は別れているのだ。
今更彼がどこの誰とどうしようが私には知ったこっちゃない。だからユミルさんの苦労には同情するが、手綱云々なんて謂れはない筈だ。
それに、彼がクリスタちゃんに惚れてしまったがために別れたとは本人には言えなかった。彼女は何もしていない。ただ当たり前に仕事をこなしていた過程で、彼の方がクリスタちゃんに惚れてしまっただけのこと。胸の内で自分に言い聞かせているみたいで、ちょっとだけ嫌になる。
「ユミルったらそんな言い方しなくても……。ナマエさん、気を悪くしないで下さいね?ユミルも悪気がある訳じゃないと思うし」
「この2人はこれが通常運転だから気にしないで」
「大丈夫、解ってるから」
私の心情を知ってか知らずか、この話題を終わらすために結構雑なフォローがヒッチから飛んで来た。
「そう言えば今日の合コンはどうだった?好い人いた?」
「うーん……、呼んでくれた男性達は皆良い人だったよ」
「それだけ?」
「それだけって……ダメ?」
「人脈駆使して良さそうな男達連れて来たのにそれだけ!?」
頭でも痛いのか、彼女は額に手を当てている。明らかに、私の感想が気に入らないと言わんばかりのオーラだ。
少しは隠すものだが、ヒッチとは付き合いが長いので無意味である。
「さては、あんたジムのインストラクターで良い人でもいるんじゃないの?」
「は!?そんな訳ないじゃん!確かにリヴァイさんは鬼のように厳しくて言葉遣いは雑だし、目付き悪いし見た目怖いけど……!!」
「何ムキになってんの?誰もリヴァイさんのことだなんて言ってないけど。ねえ??」
ニヤリと笑うヒッチは、クリスタちゃんとユミルさんにも同意を求めるかのように話を振る。ちょっと、本当にやめてよ!
「ヒッチの意地悪!まるで私がリヴァイさんのこと気になってるみたいじゃん!」
やはり女子は恋愛トークが大好きなのだ。恋愛のれの字を敏感に察したクリスタちゃんは、合コンの時よりも楽しそうだ。
「気になってるんじゃないんですか?」
「だよねー」
「おいおい、そのリヴァイって何者なんだよ?」
「この子が通ってるジムのインストラクター。せっかく開いた合コンだったんだけど、どうやら必要なかったみたいだし?」
「だから違うってば!」
私が否定するのを無視する3人は、スマホを覗き込んでいる。
ほらっと見せられたスマホ画面はインストラクター紹介ページだった。液晶画面にはいつもの仏頂面のリヴァイさんが載っている。
「わあ、カッコ良いですね!」
「超イケメンじゃん!むしろ紹介しなさいよ!」
「まあ、悪くないんじゃない?私はクリスタ一択だけど」
「ユミルってばもう冗談言わないでよ」
「そこ!イチャつくなら別の場所行って」
あの後も散々いじられたおかげか、妙にリヴァイさんのことが気になって仕方がない。ジムには毎週水曜と土曜の週2で通っているのだが、私はソワソワした気持ちのまま週末を過ごしたのだった。
……もう良い大人なのに、まるで恋愛慣れしていないみたいだ。
「こんにちは、エレン君」
「ナマエさん、お待ちしてました!それじゃあ、トレーニング入る前に着替えたらストレッチしましょうか」
爽やかスマイルで私を出迎えてくれたのはエレン君だ。癒される。彼はつい最近インストラクターデビューを果たしたという。ちなみにミカサちゃんも晴れてデビューした。
こうして毎回トレーニングに入る前に行うストレッチは、エレン君が担当になった。
さっそくいつものようにジャージに着替えた私は、彼と一緒に身体をほぐすストレッチを始める。滞った血行を良くすることで身体全体の体温が上昇し、これから始まるトレーニングに集中出来るよう準備も兼ねている。
デスクワークで凝り固まった身体が少しずつ伸びて気持ち良かった。
「ん?ナマエさん……ちょっと失礼しますね」
「え?」
ふと、何かに気付いたエレン君。すると、彼の無骨な手が私のふくらはぎに伸びる。
何事かと思いきや、彼は私のふくらはぎを指先で数箇所だけ触れた後暫し考えてから、こう言った。
「もしかして何か甘いものとか食べました?」
その一言にギクリとする。先週末の合コンで私は勝手に糖質解禁して、色々な料理を食べたことを思い出す。
「どうしてそう思うの?」
「いつもよりむくんでいるから」
「……解っちゃうもんなの?」
「ははは、こう見えてオレもインストラクターですよ!新人だからって侮らないで下さい」
「先週合コン行った時に、パスタとか甘いお酒とかデザートとか食べちゃって……あはは」
口では嘘を言ったとしても、身体は誤魔化せやしないらしい。素直に白状すると、エレン君から軽く注意された。
「食べたい気持ちは分かりますけど、勝手に糖質解禁しちゃダメですよ。リヴァイトレーナー長に共有しときますね」
「ええ!?こってり搾られちゃうよ!」
正に自業自得である。
「エレンから聞いたぞ。合コンに行って勝手に糖質解禁したらしいな?」
いつもより不機嫌に見える我がインストラクター様。これは絶対怒ってらっしゃる。だっていつもよりお声が低いもの。今日のトレーニングはいつもより強度が高いだろう。
ここは下手に言い訳するよりも正直に話した方が良い。
「すみません……どうしても食べたくて、食べてしまいました……」
しどろもどろな私に対して大きな溜息を吐くリヴァイさん。あぁ、彼を失望させてしまった。あんなに一生懸命指導して貰ったのに。私はリヴァイさんの顔を見ることが出来なかった。
トレーニング初日で彼は私に本音をぶつけてくれたではないか。生半可な人間は嫌いだが、何かを変えたいと頑張る人間を応援たい、と。私がここまで頑張って来れたのは、子供のような負けん気だけ。
「おい、辛気臭い顔すんな。食っちまったもんは仕方ねぇだろ」
「すみません……」
「そんな湿気た顔する理由は何だ?オレが怒っているように見えるからか?」
静かに首を縦に降ると、更に大きな溜息が聞こえた。
「ダイエットで順調に痩せている時だからこそ、周りの誘惑に堕ちやすい。何でか解るか?」
「少し位食べても良いかって思うからです……」
「そうだ。今のお前のようにな。……ちなみにオレは怒っていない。お前だけでなく、誰でも通る道だから想定済みだ」
リヴァイさんは、今日のトレーニングで使うバーベルの重さを吟味しつつ私へ語る。
「人は皆自分に甘いとオレは思っている。厳しいトレーニングは身体を絞るだけじゃなく、甘っちょろい精神を鍛えることにも繋がる」
「私は……どうやらまだ甘いみたいです」
「だからオレ達トレーナーがいるんだろうが」
あんなに死に物狂いでトレーニングしたのに。一瞬の気の緩みで今までの努力が水の泡になる。ここに通い始めてから8キロの減量に成功したものだから、ちょっと位食べたって大丈夫だと勝手に判断してしまった。
それに、元から食べることが大好きな私にとって、美味しそうな料理達はとても魅惑的だったし、お酒は食欲を増進させるのだ。仕方なかったとは言わないが、自分を律することも必要だと痛感する。
「痩せたいんだろう?」
「はい。その気持ちに嘘はありません」
「……なら十分だ。トレーニングを始める。いつまでもメソメソすんな」
「……はい!」
ここまで頑張って来たんだから、今更諦めたくない。そんな思いを抱きながら、私はフラットベンチに寝そべり頭上のシャフトを握った。
「重っ……!?」
「いつもより少しだけバーベルを増やした」
しれっと言うトレーナー長は相変わらず涼しい顔をしていた。
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