お前は1人じゃない

ヒッチが強引に主催することになった1ヶ月後の合コンに、どうしたもんかと頭を悩ませ中の今日この頃。本日はトレーニングの前に、ダイエットの途中経過を兼ねた面談と体重測定だ。

「ミカサちゃん!久しぶり!」

受付にミカサちゃんがいた。
ここ最近、彼女のシフトと私のジムの日程が合わず、こうして会うのも数週間ぶりである。彼女は少しの間私のことを眺めてから、ぽつりと呟いた。

「……ナマエさん少し痩せました?」
「やっぱそう思う!?ミカサちゃんに言われて嬉しい!」

リヴァイさんによるスパルタ鬼トレーニングの成果が出ているようだ。毎回必死について行ってるんだもん。効果が出てないとショック過ぎる……。
ホッとしたような彼女が微かに笑った。

「順調のようですね、安心しました」
「……ミカサちゃん、やっぱり笑ってる方が可愛い」

いつもクールで口数少ない彼女も大人っぽくて良いけれど、笑ってる方が何倍も可愛い。私がそう言うと、ミカサちゃんが案の定照れたようで顔を背けてしまった。

更衣室でいつものようにTシャツと短パンに着替えて受付に行くと、既にリヴァイさんがいた。

「体重測定の後、面談だ。ついて来い」

相変わらずぶっきら棒な口調である。まあ、この1ヶ月で慣れてしまったけど。
初日に乗った測定器に再び乗ること30秒。すぐさま結果が表示され、そのまま面談ルームに案内された。

「体重、体脂肪の減りは今のところ順調だな。筋肉も徐々についてる」

リヴァイさんは、測定値が印刷されたシートと眺める。初日のものと、先程測定したものと見比べているのだ。

「……良く頑張ったじゃねぇか」
「へ……?」
「何だ?嬉しくないのか?」

私が目を点にしているのが不思議に思ったのだろう。目の前に座っているリヴァイさんが訝しむ。
嘘……。自他共に厳しい鬼トレーナーが、私のことを褒めてくれるなんて。いつも“グズ野郎”って罵られていたから、この先褒めてくれることなんてないと思っていたのに!!

「えっ……!?あ、ありがとうございます……?」
「何で疑問形なんだ」

もうリヴァイさんのこと“スパルタ鬼トレーナー”って心の中で呼ばないから!!リヴァイトレーナー長って呼びます!

「まあ良い。食事に関しても色々工夫しているようだな?」

タブレットを操作しながらリヴァイさんが言った。
液晶画面には、私がアプリ経由で送った1ヶ月分の食事内容が映し出される。まともに自炊をしたことがなかった私だが、最近は包丁の捌き方も板についてきたような気がする。最初は流血事件を起こすことも多かったが、最近は滅多にない。

「はい。お豆腐をお肉で巻いて醤油で絡めたり、鶏胸肉と野菜を微塵切りにしてハンバーグにしたり……糖質オフをしつつ無理なく好きなものを食べてます」

モヤシも大活躍している。
茹でた後、胡麻油や酒で味付けしてナムルにしたり、メインディッシュのカサ増しに使ったりしている。糖質オフメニューの相棒である。

「今のところ食事で改善するところはねぇな。このまま続けろ」
「解りました」
「それで、トレーニング内容なんだが……残り2ヶ月で仕上げるぞ。目標値は初日から変わっていないな?」
「はい。大学時代の頃の体型に戻すのが目標です」

出るとこは出て、締まるとこは締まった体型だったなぁ。
たった数年前の話なのに、昔のことのように懐かしい。社会人になってから、年々時の流れが早く感じるようになった。ついこの間年明けしたと思ったら、いつの間にか年越しなんだもの。
ついでに1ヶ月後の合コンについて話した方が良いだろうか?

「……そうなると、今のままのトレーニング内容でも大丈夫そうだがもう少し厳しめの内容に変えても良い。……お前はどうしたい?」

え、今よりも厳しくなる内容?
どうしよう。普通に考えたら却下なんだけど、ヒッチの顔が脳裏にチラつく。正確に言うと、ヒッチの顔の裏に浮かぶ“合コン”という3文字なのだが。ジムの契約は残り2ヶ月。ここまで順調に減量は成功しているが、まだ目標体重まで足りない。

「あの、もう少し厳しめでお願いします……!」
「……何?」
「今よりも少し厳しめのご指導でお願いします」
「……本当に良いんだな?」

念を押すように尋ねるリヴァイさん。今だって鬼のようなスパルタ指導なのだ。ワンランク上だろうとそうでなかろうと――あまり違いはないだろう。
この後のトレーニングで、私は浅はかだったと後悔することになるのだが。

「はい。実は、友人が1ヶ月後に合コンを開いてくれることになりまして……それに向けて頑張ろうかなって」

結局私は、合コンのことをリヴァイさんに伝えた。

「ほう……今日もしごきがいあるな」

キラリと光る三白眼。

「あの、リヴァイトレーナー長。何か変なスイッチ入ってません……?」
「馬鹿言え。オレはいつも通りだ」
「そうですか……」

……嫌な予感しかしない。

「前に、見返したい人間がいるって啖呵切っていたが合コンと関係があるのか?」
「えっ」

私が素っ頓狂な声を出したせいかリヴァイさんから、話したくないなら無理に話さなくて良い――と無駄に気を遣わせてしまった。リヴァイさんってしっかりと気を配ってくれるのに、たまに無自覚な部分を披露したりする。

先日、傍目から見ても解る程リヴァイさん推しの女性会員達に彼が囲まれている時に、あえて私に話しかけて来た。侍らせた女性会員達や、彼女達からの鋭い視線を受け止める私の気持ちも知らない。困ったもんだ。そんなこと、ご本人には口が裂けても言えないけれど。

――私には、見返したい人がいるの。私はそいつが後悔する位美人にならなきゃいけない。リヴァイさんには、それまで付き合って貰います!

多分、初回トレーニングの際に弱音ばかり撒き散らした私に対して、リヴァイさんから正論を言われた時のことだ。
あれからまだ1ヶ月。されど1ヶ月だ。別に隠すことでもないし胸が痛まない――訳ではないけど。

「ここに通うことを決めたのは、先月4年付き合っていた彼氏と別れたからなんです。何度ダイエットしても途中で辞めて、ブクブク太って行く私が嫌になったみたいです。彼は痩せていた頃の私を知っていたから、尚更嫌だったんでしょうね。そりゃあ、私だってこんなに太るとは思わなかったし……」

自分のことなのにまるで他人事のように話してしまう程、客観視出来るようになったらしい。
涙こそ出ないが、それでも胸の片隅が痛む。結局、彼のLINEはブロック出来ず――今もトーク画面の底に残っているのだ。
あれ以来、1度も彼から連絡は来ていない。

「この1ヶ月、彼との思い出を忘れようと躍起になっていました。だから死に物狂いでリヴァイさんの鬼トレーニングに着いて来れたんですよ。……未練がましいですよね」
「お前は元カレとどうなりたいんだ。寄りを戻したいのか?」

口を挟むこともなく、静かに私の話を聞いてくれるリヴァイさんからの質問に、はて?と首を傾げた。

「………えっと、どうなんでしょう?正直そこまで考えていませんでした。というのも、他に好きな女の子が出来たからって言われてショックと腹立だしさの方が強くって。“逃した魚はデッカいぞ!後で後悔しても知らないからな!”みたいな?」
「お前な……。1番大事なとこだろうが。綺麗に痩せたのを元カレに見せ付けて、その後どうするつもりなんだ?仮に、ソイツから寄りを戻そうと言われたら、お前は首を縦に振るつもりか?」
「いやいや、それはあり得ないと思いますよ!だって彼には他に好きな女の子――キープちゃんがいるんですよ?復縁したいなんて言って来ないですって!」
「おい、今何で“キープちゃん”と言い直したんだ……まあ良いか。とにかく何故そう言い切れる?男が彼女に“他に好きな女が出来たから別れたい”と言う隠れた本音を考えたことあるか?」
「……ないですね」

私は少しの間思案してから、リヴァイさんの質問に答えた。

「もっと遊びたい。仕事に集中したい。自分が傷付きたくない。だから先に自分から振る。後は、本当に他に好きな女が出来た場合とお前の嫌な部分が目に付いたから……こんなもんか」
「男性心理も複雑なんですね……」

リヴァイさんによって挙げられた可能性を聞いて、私が感じた感想だ。
小学生の読書感想文よりも薄い。

「まあな。男も女も変わんねぇよ。女の方が本音がエグいと思うがな」

あれ?この面談の主題って、今後のトレーニングについてじゃなかったっけ?
いつの間にかリヴァイさんが私の恋愛相談に乗ってくれているぞ。……意外と優しい人だなぁ。

「うーん……。彼の性格的に、もっと遊びたい場合と本当に好きな子が出来た場合……後は私に愛想が尽いた場合ですかね」
「元カレに他に好きな女が出来たとしても、上手く行くか解らねぇ。思い描いていた女と違った場合だってあるだろう。時間が経てば思い出も美化されるし、元カノが元気かどうか気になって連絡する場合もあるらしいからな」

今のところ彼からLINEは来ていないから、きっと上手く行ってるんだろう。音沙汰がないのが何よりの証拠だ。
……ん?もしかしてリヴァイさんの経験だったりするのだろうか?

「今、オレの経験談かと思ってるだろ?」
「え、何で解ったんですか」
「何となくだ。言っておくが、オレはそんなことしねぇ。自分から別れを切り出しておいて、寂しくなったからって元カノに連絡するような身勝手なことはしねぇよ。まあ、お前は元カレにあまり執着しているようには見えねぇが……余計なお世話だと思うが、自分がどうしたいか考えておけ」
「……そうですね、考えときます。でも、今は来るべき合コンに向けて痩せないと!」
「そうだな。お前は頑張っていると思うぞ。ライナーもエレンもそう言っていたし、ミカサもお前のことを気に掛けている。俺の“鬼”トレーニングに着いて来てくれるから、しごきがいあるしな。自信を持って良い。2ヶ月後が楽しみだ」
「………………。」

あれ、心臓がドキドキしているんだけど。
何なのこれ。トキメキ?
強烈なカウンターパンチを食らった気分なのに、心がじんわりと温かくなったのも事実だ。“お前は1人じゃない”――そんな風に言われたような感覚。

……ああ、そうか!
きっとリヴァイさんは疲れているんだ!だから、いつもは絶対に言わないことを言うんだ。そうに違いない。
ほら、リヴァイさんの切れ長な目の下に隈があるし……何か疲れてるように見えるし!

「……今日はお疲れ気味に見えるんですけど、何かあったんですか?」
「酒を飲むだけ飲み、騒ぐだけ騒いで嵐のように去って行った親戚ヤローのせいだ。気にするな」

ソイツが突然訪問したせいで、部屋の掃除をする予定がパーになった、とぼやく。元凶はミカサちゃんらしい。

「無駄話が過ぎたな。さっさと今日のトレーニングを始めるぞ。合コン、行くんだろ?」
「はい!」

元気良く返事をした私を待っていたのは、いつもよりも厳しい“鬼”トレーニングであった。




リヴァイさんから強烈なカウンターパンチを食らってから1カ月経った。途中で魔の停滞期を迎えたものの、リヴァイさんと二人三脚で乗り越えることが出来た。
ジムに通い始めて2ヶ月経ち、私の減量は順調。リヴァイさんのスパルタのお陰で、初日よりマイナス8キロの減量に成功した。今までは鏡を見るのも嫌だったのに、今では鏡を見ることが楽しみの1つになっている。

好きなデザインの洋服を着ることが出来るのも幸せである。ダイエット前は、良いなと思った洋服もサイズがなくて諦めることが多く、買い物を心から楽しむことが出来なかったのだ。明日はヒッチがセッティングしてくれた合コン。土曜日の19時からの予定だ。
平日ならオフィスカジュアルで良いから楽なんだけど。

場所はローゼ地区にあるお洒落な居酒屋である。店名を聞いてみると、以前から気になっていたお店だった。ヒッチは相変わらずお店選びのセンスが良い。

彼女からの事前情報によると6対6の合コンらしい。何だか気合いが入っている人数である。
社会人になってから、人数合わせで数回合コンに行ったことがあるけど、ここしばらくはご無沙汰である。勿論、合コンに行く時は彼に伝えて――渋々だったけど――了承を貰っていた。
自宅の鏡の前に立って、候補の洋服を何着か身体の前でかざす。
ふんわりワンピースだとあからさま過ぎるよなぁ。かと言って身体のラインがハッキリ見える服もなぁ。
痩せたとは言え、まだ無駄な肉が身体に付いているから却下だ。パンツスタイルってどうなんだ?

「……何だか張り切ってるみたいじゃん!別に彼氏を探す訳じゃないし!」

こうなったらヤケクソである。
私は自分で思っていたよりも、明日が楽しみだったらしい。洋服を選ぶ時間を楽しんでいたのもあるんだけど。

「乙女でもあるまいし」

鏡の前でブツブツと独りごちる。可愛さより清潔感だ。

「……これで良いか」

ベッドの上に無造作に置いたネイビー色のざっくりしたデザインのブラウスに、白のミディ丈スカートで合わせることにした。

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