家族

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忍術学園に似つかわしくない、けたたましい赤子の泣き声が学級委員長委員会会議室から響きわたる。
学級委員長委員会の尾浜勘右衛門と鉢屋三郎は、庄左ヱ門、彦四郎と共に途方に暮れていた。

「庄ちゃん、なんとかして…お願い…」

勘右衛門に土下座された庄左ヱ門も、頭を抱えて困り果てる。

「庄二郎、いい子だから泣き止んでよぉぉ…!!」

そう涙を流しながら弟を揺すりあやす庄左ヱ門。

なぜ庄二郎…庄左ヱ門の弟が忍術学園にいるかというと、たまたま暇を持て余していた庄左ヱ門の祖父が、庄左ヱ門の実家から炭を忍術学園に運ぶために訪れた加藤村の馬借、清八さんと会い、ついでにと連れてきてもらったためである。
老人は老人同士、というか、庄左ヱ門の祖父は学園長と意気投合しお茶を楽しみ、その間庄二郎は兄である庄左ヱ門に預けられた。
庄左ヱ門は庄二郎を連れて頼れる先輩のいる委員会へと向かった…は、いいものの、少し前から、その庄二郎がぐずり始めてしまったのだ。

彦四郎は末っ子らしく、赤子の扱いは無理無理と遠巻きに眺めているだけ。
頼りの先輩はお菓子に玩具、はたまた得意の変装をもってしても、庄二郎を泣き止ませるには至らなかった。


その時、困り果てていた庄左ヱ門の耳に、救世主とはいかないものの、この状況を打破できるかもしれない人物の声が飛び込んできた。

「さっきっから喧しいわよ、学級委員長委員会」

ひょっこりと顔を出した澄姫に、庄左ヱ門は駆け寄り弟をその豊満な胸に押し付ける。

「平澄姫先輩!!丁度いいところに!!!」

「黒木庄左ヱ門…この子は?」

「僕の弟の庄二郎です。祖父が学園長と話し込んでしまっていて、面倒を見ていたんですけど、急に癇癪を起こしてしまって…」

ひっくひっくとしゃくり上げる庄二郎を抱え、じーっとその顔を見ていた澄姫は、手招きをして勘右衛門を呼んだ。

「え、俺ですか?」

「そうよ勘右衛門、ちょっとここにそのお菓子持って、こう、…そうそう」

そう言って澄姫は五家宝を持たせた勘右衛門に庄二郎を抱かせて、その傍に寄り添う。

「ひっく、ひぃっく…」

「あぁ、やっぱりね。よしよし、口寂しくなってたのねぇ」

そう優しく笑って、庄二郎の口元に勘右衛門の手ごと五家宝を持っていってやると、庄二郎はぱくりと食いついておいしそうにそれをしゃぶった。

「おぉぉ、泣き止んだ、泣き止んだよ!!庄ちゃん!!」

「澄姫先輩、赤ん坊の扱い慣れてますね…」

嬉しそうにはしゃぐ勘右衛門の隣で、戦々恐々、しかし興味津々と言った感じで眺めてそう呟いた鉢屋三郎。
さっきまで何やってもダメだったのに、とぼやき、自分の顔に触れたと思ったら、彼の顔はあっと言う間に土井半助のものへと変わった。

「あぅ〜、あっあっ!!」

半助、もとい三郎に嬉しそうに小さな両手を伸ばす庄二郎。
どうやらおしめを替えてもらったことを覚えているようだ。
素早くまた雷蔵の顔に戻った三郎。
庄二郎は不思議そうな顔をして、ぺちぺちと彼の顔に触れた。

「はは…」

笑い声を零す三郎に澄姫はこっそり笑い、勘右衛門の腕から庄二郎を抱き上げた。

「三郎、ほら」

そう言って庄二郎を抱かせようとすると、三郎はいつもの余裕の笑みを消し去り、大慌てで頭を振った。

「や、いいですいいです!!ってゆーかむ、無理無理!!」

その様子に驚いたのは学級委員長委員会の面々。庄左ヱ門は目をまん丸に見開いて、勘右衛門はぽかんと口を開けて固まっている。ただ彦四郎だけは、三郎の様子に納得したようにうんうんと頷いていた。

「大丈夫よ。庄左ヱ門、庄二郎ちゃんはもう首据わってるものね?」

「あ、はい…っていうか、鉢屋先輩…」

「うっふふふ、三郎は怖くて赤ちゃん抱っこできないんですって」

澄姫のその言葉に、勘右衛門が盛大に噴き出した。

「あははは、三郎、お前赤ん坊が怖いのか?」

「違う!!赤ん坊は壊れそうだから抱きたくないだけだ!!」

ひいひいと大笑いが止まらない勘右衛門と、意外だ…と呟く庄左ヱ門に、三郎がそう怒鳴った。

「ふぇっ…ふぎぁぁぁ!!」

「「「「あ…」」」」

その声の大きさに驚いたのか、せっかく泣き止んで機嫌良さそうにしていた庄二郎が、また火がついたように泣き出してしまった。

「あーぁ、あーぁ、三郎が泣ーかせたー」

「勘右衛門お前いい加減にしろよ…」

額に青筋を浮かべて拳を作る三郎。
楽しそうにその光景を見ていた澄姫だったが、泣き出した庄二郎をあやしつつ、ゆっくりと三郎に寄り添った。
突然のことに少しだけ耳を赤くした三郎だったが、すぐに距離を取ろうと一歩下がる。しかし、澄姫もまたさせるかと言わんばかりに一歩進み、三郎の腕の中へと体を割り込ませた。

「ほら、三郎が泣かせたんでしょ?」

そう笑って、澄姫は自分の胸と三郎の胸板との間で、片手で庄二郎のお尻を支えつつ、空いた手で三郎の手を取り庄二郎に誘導する。

「右手はお尻の下で、左手は背中で…そうそう」

澄姫から指導を受けながら、危なげな手つきで抱っこする三郎。
うごうごと落ち着き無く動き泣いていた庄二郎だったが、三郎の大きな手に抱かれてようやっと落ち着いたようで、いつしか泣き止み、くあ、とあくびをひとつ零した。

「うふふ、おねむかしら?」

そう優しく囁く澄姫に寄り添い、下がった眼で腕の中の小さな存在を見つめる三郎に、庄左ヱ門は思わず笑う。

「お2人、なんだかご夫婦みたいですね!!」

まだまだ幼い、無邪気な少年のその発言に、澄姫は一瞬ぽかんとしたが、

「ですって、三郎」

寄り添った三郎に、そう楽しそうに囁いた。
冗談とは分かっているものの、そんな楽しそうな声を聞いた三郎は、おもわず耳を真っ赤に染める。

「そっスか」

そして何とかそれだけ呟き、そっぽを向いた。

その三郎の反応にくすくす笑った勘右衛門と彦四郎は、むにゃむにゃとむずがる庄二郎の頬をつんつんと突く。

三郎に抱かれ、今にも寝ようとしていた庄二郎の小さな鼻が、突然ぴくぴくと動いた。
それと同時に、学級委員長委員会会議室の扉が静かに開き、図書委員会委員長の中在家長次が顔を出した。
もそもそと呟く彼の手には、とてもおいしそうなボーロがひとつ。

「…ここに、いたのか…澄姫…ボーロ…焼いたが、食べる、か?」

「「わーい!!」」

歓声を上げたのは庄左ヱ門と勘右衛門で、そんな2人の様子を澄姫はやれやれといった具合に呆れ笑い、三郎はどこか残念そうに不貞腐れた。

「よかったわね、庄二郎ちゃん」

澄姫は三郎から庄二郎を受け取り、嬉しそうに長次に駆け寄った。
小さな鼻をひくひくと動かす庄二郎のくりくりした目はしっかり開いてしまっており、長次と顔を見合わせて笑う。
先程から盛んにボーロの匂いを嗅いでいる庄二郎を澄姫が優しく抱き、何かを探すように伸びる小さな掌を長次が優しく握った。

「2人とも…おいで…」

そう言って軽々庄左ヱ門と彦四郎を抱き上げた長次。
彼は庄二郎を抱えた澄姫と、仲睦まじく並んで食堂へと向かい歩き出す。
そんな様子を始終見守って、勘右衛門はぽつりと呟いた。




「なぁ…今の見た?完全に家族だったね…」

それに面白くなさそうに返すのは三郎で、ふんと鼻息荒く吐き捨てる。

「いーや、俺のほうが澄姫先輩と若夫婦っぽかったね!!」

そのあまりの意気込みに勘右衛門は苦笑いしながら、はいはい、と頷く。
そんな級友に顔を顰め、あっという間に澄姫の顔に変わった三郎は、勘右衛門にしなだれかかる。

「勘右衛門、まるで父様みたいよぉん」

「やめろ、硬い胸板を押し付けるな!!股の間に俺と同じモノぶら下げて澄姫先輩の変装をするな!!」

勘右衛門はそう叫んで、三郎を全力で突き飛ばした。



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食堂で、長次は焼いたボーロを小さくちぎって庄二郎に与えていた。
そっと抱いた赤ん坊は、とても小さく、そして暖かい。

「あー…」

小さく、それでも庄二郎にとっては大きく口を開けるその姿に、知れず笑みが零れる。
彦四郎も庄左ヱ門も、小さなその頬に触れて微笑んでいた。

「長次、だめよ。そんなにボーロを食べさせたら夕餉が食べられなくなって親御さんに叱られてしまうわ」

くすくすとそう笑う澄姫に、長次もまた笑みを零す。

「…そうか…しかし、こう可愛らしく口を開けられると、どんどん運んでしまう…」

「ふふ、まるで親鳥ね…」

庄二郎を抱いて仲睦まじく食堂で寄り添う2人に、彦四郎と庄左ヱ門は顔を見合わせて、せーの、と合図をして2人の膝の上に乗った。
驚いた長次と澄姫だったが、そんな可愛らしい2人の行動に頬を緩ませて、かわいい幼子をぎゅうと抱き締める。
その姿はまごうことなき親子そのもので、食堂に偶然居合わせた山田伝蔵の顔が蕩けんばかりに緩みまくっていた。

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