ロックオン | ナノ


▼ 1




 メディカルルームに船医助手が新任で配属される。
 ミッション外、庶務の伝達事項としてミス・スメラギに情報をもらい、なおかつその相手を俺がよろしく頼まれたのはつい出かけ前のことだった。
 彼女の言い方からすると他マイスター達のフォロー同様、新人の世話というのはどうやら知らずのうちに俺の係となっているようだ。
 身に覚えのない役柄に一応抗議は示したものの、ビール片手に不敵に笑うスメラギさんを目の前にしたら、さすがの俺もその押しに勝ることは出来なかった。

「別に他意はないの。ただ少しクセのある人物のようだから、他の子たちよりは貴方の方が上手くやっていけるんじゃないかと思って」

 そう理由をつけられ、続いて勝手に頭に浮かんできた仲間数人のしかめっ面をひとりひとり眺めているうちに、まぁそれは確かにそうかもしれないと納得してしまった俺も俺だ。
 他の奴らに協調性がないことを当たり前に思って疑問も抱かなくなった時点で、貧乏くじはいつも俺の手元にあるということ。
 ともあれ、必要以上の馴れ合いを好まない者も多い組織の中で、それでも仲間意識を持つことを良しとするスメラギさんのわざわざの配慮を無下にする理由もない。
 まったく。
 そう呟きながらもまだ見ない相手をどんな偏屈者がやってくるのかと想像して、決して本気でうんざりしているわけではない自分に「物好きなもんだ」と苦笑しながらコックピットの操縦器を握り直した。

 不服というほどのことでもないが、ただ、組織の計画が既に実行に移されている今という時期になって今更新たな人員補充が行われるという不自然に、多少の引っかかりは感じている。

 MS輸送船プトレマイオス、通称トレミーに重要施設として設けられているメディカルルームには、古くからこの組織に関わっているベテラン名医が配属になっている。
 また基本的に治療対象は俺らマイスター四人以外に居ないのに対して、医務室には名医が居る他に高性能な医療マシンが充分に積み込まれているのだから、まさか人員が足りていないなど考えもしなかったが。
「これから足りなくなるってことかもしれない」と真面目くさって言ったアレルヤの分析を思い出せば、恐らくその答えが一番妥当な線を行っていそうなのは確かにしても、ヴェーダは一体何を考えているのか……。

 まぁ今のところは前線を行く一兵士の預かり知ることでもなさそうだなと結論づけたところに丁度トレミーの影が見えてきたので、俺は一度そこで思考を切った。

 活動拠点となる母艦が身を潜める小衛星密集域の巡回を兼ねたデュナメス試行操作は、これであと数分もすれば無事に終了する。
 この時間だと、トレミーに戻って一息も吐かないうちに例の新メンバーが基地から派遣されてくるころだろう。

 輸送船の中央に堂々構えるカタパルトの口が開き、デュナメスを船内へと誘導する粒子が放出されたのを確認してその誘導線上に背をつけた。
 レールに導かれる機体は既にシステムにコントロールを譲渡し半自動状態になっているのでもう俺の操縦からは手が離れているが、こうして巣に帰る瞬間というのが一番無防備で危険な状態にあるのは承知しているので緊張は解けない。
 射出路を逆行するうちに、一度暗転した視界に徐々に艦内の光が当たるようになり、そして最終的に最深部で機体が固定される。
 そうしてコンテナ収容が完了したところで俺はやっと息をついた。
 デュナメス内へのGN出力を落とされて静まり返った薄暗いコックピットを出てブリッジに戻れば、射出前に会話をした時と全く同じ状態のままのスメラギさんがそこにいた。
 変わらず手にしているビールの缶も一見同じではあるが、まさかまだ一本目というわけではないだろう。
 仕事中にも平気で酒を飲み続けるこの人のこのスタイル、俺は決して嫌いじゃないが、この短時間のうちに傍らに積み重なったらしい空き缶三つを目にすれば、ただこっちも呆れずにはいられなかった。
「まったく」と冗談めかして笑う俺を気にも留めずに状況報告を求める彼女にとっては、もう人の目なども慣れたもんなんだろうが。

「お疲れ様。順調そうね」

「順調も順調。周囲に危険域無し。不審物も無し。不審者も無し。ハロなんか途中から退屈して歌うたってたぜ」

「そう、それは何よりね。地上もそれくらいに平和だったら良いのだけれど」

「全くだ」

 笑えない台詞に敢えて笑って返したつもりが、相手はいつものあっけらかんとした相好を急激にゆがませて嫌に憂鬱そうな顔をした。
 自分の言ったことに思うところがあったのだろう。
 たいした量じゃないんだろうが、急に体内に流し込まれたアルコールも手伝って情緒的になっているのかもしれない。
 そう思って彼女の顔を盗み見た俺の視線には、彼女は全く気づかないようだった。
 周囲にはザルに思われがちなこの人だって、全く酔わない人間じゃない。
 酒が入ると僅かに感情的になる部分は、決して長い付き合いではない俺でも垣間見ることがあった。
 放っておけば溜息も吐き始めかねない様相に、俺はやはり苦笑いを混ぜて故意に話題を変える。

「そう言えば新しい搭乗員ってのはどうなったんだ?」

「あぁ、予定よりもかなり早く着いたから実はもう来てるのよ。ミッションもあと数日は行われる予定ないし、人が集まらないから紹介は省かせてもらったわ。落ち着いた頃にでも個別に会いに行ってもらえると嬉しいんだけど」

「了解」

 なんとか表情を持ち直したらしいスメラギさんを背に、俺はブリッジを後にした。



 着替えだけを済ませ、言われるままにメディカルルームに向かった。
 会いに出向いたら例の新人は早くも自分の仕事に取り組んでいて、どでかい精密医療マシンの整備中。
 専任船医であるモレノ氏の姿はそこにはなく、独り黙々と手を動かしている状況だった。
 普段はかたく閉められたマシン側面の鉄板をはずしてかなり深いところまで頭を突っ込み、背中だけが見える状態から、どなたですかと声だけが箱の中に反響して俺に届く。
 いや、控え目に背中とはいったが……その。
 響いた柔らかい女性の声と細く丸みを帯びた腰のラインに不覚にも驚いたのは、そう言えば俺がミス・スメラギから聞いていたのは新人が来るという情報だけで、性別すら知らされていなかったということに今やっと気がついたからだ。
 面倒をよろしく、少しクセのある人物だから。
 そう言われた直後にあの刹那とティエリアの顔を思い浮かべてしまったせいで、どこかで勝手に相手は男だと思いこんでいたらしい。
 思考は割と柔軟な方だと自分では思っていたが、先入観にとらわれて動揺するなど俺もまだまだということ。
 相手がこっちを向いていたらきっと間抜け面を晒していただろうなと思うと全身が脱力する。
 しかし、世話を頼まれたのがまさか女……。

「あー、えっと」

 言いよどんでいる間に作業を終えたらしい彼女は、マシンの中からやっと這い出して、出入り口で佇んだまま中へ入り切れずに居る俺の方へと向き直った。

「すみません、お待たせしました。――あぁ、デュナメスの」

「ロックオン・ストラトス。よろしくな」

「本日付けでプトレマイオス船医助手を拝任致しました、クロエです。どうぞよろしく」

 冷静に自己紹介は交わしたものの、女である事実に加えてさらなる衝撃の一発に頭を打ち抜かれた思いだった。
 なんだよ、めちゃめちゃ幼い……まだ子供じゃないか。
 そういや刹那がCBに来たときもまだほんの少年みたいな顔つきだったが、あれはまだ俺らが訓練中だったころの話、今とは全く状況が違うだろうに。
 皺が寄りそうになった眉間をこらえて、とりあえず言われていたよりも取っつきやすそうな雰囲気にだけは安堵する。
 こりゃ思っていたよりも手を焼かずにすみそうだ。
 見た目と裏腹の大人びた様子を見る限り、確かに技量は備わっていそうだから、ヴェーダの推薦となればその辺は問題ないのだろう。
 というか、相手がこれならミス・スメラギやクリスティナの方が適任じゃないか?
 疑問は胸中に秘めたままにしておくことにして、フェルトと同年齢、いくらか下にも見受けられるその容姿に普段通りの調子で声をかけた。

「随分可愛いドクターの到着だな。こりゃ喜んで怪我をするヤツも出てくるか……」

 言い終えるが早いか、途端、急にムッと顔をしかめられて、こっちが驚いてきょとんとする。
 おいおい、いきなりまずったか?

「……技術に性別も年齢も関係無いと思いますが。着任早々セクハラですか。これはある種、逃れられない洗礼とわりきるべきところでしょうか」

「お、おいおいマジに取んなって、ただの挨拶だろ」

「それはご丁寧にありがとうございます。ロックオン・ストラトス」

……はいはい、呼び捨てね。
 それほどひどいことは言ってないはずだが、よっぽど神経質なのか。
 可愛らしいの度合いを少々過ぎたきつい目線に溜息一つ、とにかくお近づきになる手段の方向性は間違えたらしい。
 意外に取っつきやすいと言った前言は残念だが撤回させてもらうことにする。

「そう怒るなよ。思っていたよりも若かったから、ちっと驚いただけだ」

「同い年」

「……は?」

「同い年。24ですよね。私もです」

……詐欺だ。
 何を詐欺られているんだか分らなかったが、とにかくそう思った。
 24だって?
 十歳逆さまにサバ読んでるだろ、それ。

 しかし彼女の表情を見るに、相手は全く冗談を言っているつもりはないようだった。
 それにしたって童顔過ぎる……。

 その恐ろしいまでの幼顔に加えあのティエリアを連想させるほどの冷静な表情作りが伴うと、どうしても子供が大人をおちょくっているようにしか感じられなかった。
 なるほど、これはまずその性格に加え身なりからして、どう接していいかわからなくなるのは確かだった。
 アレルヤなんかはこの娘……と言っていいか分らないが、とにかくこの彼女に敬語を使ったりするのだろうか。
 それはそれで面白くもある。

 確かに連中には手に負えなそうだなと思い直して笑い返した俺の笑顔は、多少引きつっていたかもしれない。
 とにかく、そうだな、何かが上手くない……。
 調子が狂うっていうのはこういうことを言うんだろう。
 これだからスメラギさん、わざわざ俺のところに言って来たのか。
 実に厄介だな頼み事だ。

「デュナメスの操縦士は、確か無鉄砲なマイスター達の取り纏め役としても働いている方でしたよね」

「まぁ、結果的にはそういうことになってるな」

「冷静な判断を得意として、機体を破損させる回数も、自身が負傷する回数も少ない」

「後方援護的な立場も多いし、事実ではあるが……何だよ」

 満遍の笑みと含みを交ぜた言い方に真意が掴めず、構えるように居住まいを正すとクロエはぐっと大きく一歩近付いて俺の顔を見上げた。
 俺は退こうかどうか迷ったが、なんとなくしゃくだったので出入口に寄り掛かって腕を組んだままの姿勢を固めて、視線だけを下に下ろした。

「怪我が無いということは、他のマイスター達よりもここにいらっしゃることが少ないという意味ですよね。安心しました。私、軽い感じの男の人って苦手なんです」

……何やら多大な誤解を受けているようだが、口調が軽い自覚はあるので言葉が詰まる。
 嫌味は含まれているが反論の隙間ないこの迫力みたいなものは、多分これが彼女のテンポとしてしっかり定着しているせいなのだろう。
 悪気が感じられないだけタチが悪い。
 ミス・スメラギが言っていた「少しクセがある」の意味をこの数分で充分すぎるほど理解したが、とにかくもう後には引けそうになかった。
 何しろ同じCBとして行動をともにしなければならないのなら、いずれはこうして関わらなければならないのだし。
 さて、どうしたもんか。

「何だ、来て欲しくないってか? ずいぶんなご挨拶だな」

「自己流です。記憶には残るでしょう」

「……確かに」

 まぁ、印象は最悪だったけどな……。






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