少しだけ前のお話。
精霊の加護を受けた国の王様が、1度の過ちを犯した夜がありました。1人の美しい女性を無理やり手に入れてしまったのです。
その女性は必死で抵抗しました。女性には夫がいたからです。
しかし相手は王様。か弱い女性の抵抗など、ものともしません。
――やがて、女性は身ごもりました。
生まれたのは、女性と同じ瞳の色をした、それは愛らしい男の子でした。
髪の色も女性と同じだったので、周囲の人は誰も男の子の誕生を疑問に思わず、喜びました。
女性の夫以外は。
夫は知っていたのです。子どもが生まれるはずはないと。
この愛らしい男の子は、自分の子ではないと。
夫は彼女を軽蔑し、誕生した男の子をも疎ましがりました。女性は哀しみに明け暮れました。
しかし女性はなにもできませんでした。彼女にはなんの力もなかったからです。
彼女ができたことは、不幸な道をたどることになるであろう男の子の、幸せを祈ることだけでした。
ごめんね。
ごめんね。
私にはなにもできない。
美しい女性は毎日泣いています。
ごめんね。
ごめんね。
女性は赤ん坊を抱きしめ、毎日懺悔し続けました。
まるで涙を流すことが贖罪であるかのように、涸れることなく。
ごめんね、私の可愛い子ども。
ごめんね。
でも、あなたは――。
――なにも知らないのは、男の子だけでした。
女性の腕に抱かれて眠る赤ん坊だけでした。
愛を知らずに育つ男の子は、やがて愛を知ることができるのでしょうか。
甘やかな蜜の香りが漂う陰謀の中、純真無垢な寝顔だけがこの世の幸福のようだと、女性は思いました。
――これは、少しだけ前のお話。
昔話を聞かせようか
(これは本当に、ただの昔話?)
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