例えるならば、桜
その姿は儚げで
されどヒトを惹きつけ、美しい
例えるならば、粉雪
触れれば消えて無くなりそうな
それでも暖を抱きしめて
だから、何も言わなかった
ただひたすら優しくて
ダ カ ラ
何にも気付けなかった
その人は突然現れた。…いや、その人“達”の方が正しいかもしれない。けれど、その内ひとりは幼い頃から見知った顔。彼は何人もの仲間を連れて来て、それを見た私は思わず笑みがこぼれた。
だって、仲間といる時の蛇骨さんは昔この村にいたときよりも表情が豊かになっていたから…。
「…お前…名前…か…?」
「…じゃ…こつさ…ん…」
「…あー…久しぶり…だな」
「…六年振りだよ」
従来、女嫌いであるはずの蛇骨にあるまじき姿。腕を首筋に当て、少し困ったような、怒ったような、はにかんだような…何とも言いようのない顔をして目の前の女と普通に会話している。
そんな光景に他の七人隊が口をパクパクしていると、そんな彼らに気付いた名前がようやく声をかけてきた。
「あの、蛇骨さんのお友達…ですよね?私、名前と言います。
どうぞ此方に、今お茶を用意しますから」
そう言って微笑む姿は、まるで桜を思わせた。特に身分が良い訳でもないだろうに、名前と名乗った女は生まれついてのものなのか気品に溢れていた。しかし気丈とは真反対。あまりにも白すぎるその肌は病弱そうな印象を相手に与えた。それでも、それは“儚げ”という言葉に変化して、彼女のひとつの魅力となっていた。
「名前、とか言ったっけ。お前蛇骨とは何なんだよ」
案内された家はひとりで住むには少し大きめ。縁ある者から譲り受けたそうな。
家に入ってから、蛮骨はあの蛇骨が、と七人隊が口々に言う疑問を、出されたお茶を目の前に落ち着いた蓮に向かって問うた。
「蛇骨さんとは幼なじみなんです」
小さい頃から、気がついたらそばにいて、私達は兄妹みたいに育ったんですよ、と名前は続けた。だから、一種の刷り込みですよ、とも。あの微笑で蛮骨に言う蓮に、蛇骨はうるせェな!と怒声を飛ばした。
それでも、ふふ、と笑って流すあたりが、彼女と蛇骨の関係を裏付けているように思える。
「皆さん今晩はウチに泊まっていって下さいね。私頑張ってご馳走を用意しますから」
すれば、宿代をなくして頭を悩ませていた煉骨は助かったと目に見えて喜んだ。そしてその礼にと手伝うと言えば、ゆっくりしてて下さいと名前は言う。そして数刻が過ぎた頃、目の前にはお世辞にも豪華とは言えないが、美味しそうな料理が並んだ。七人隊の面々はそれらを口に運んだ。
「うまい!!!」
第一声は蛮骨。続いて煉骨や睡骨、銀骨たちも美味しいと叫んだ。そんな彼らを見て名前は嬉しそうに目を細めた。
だが何も言わないのが一人。
「…ね、蛇骨さんは…?
一応、上手に出来たと思うんだけど」
「…………煉骨の兄貴のがマシ」
蛇骨は言った。
「そ、う…。
あ、じゃァ煉骨さん、お料理の仕方教えて下さい!」
「馬鹿言えよ、煉骨のより数百倍旨いっての!
おら蛇骨、デタラメ言うな」
頬に色々詰め込みながら、パシンと蛇骨の頭を叩く蛮骨。
いつも煉骨の兄貴の飯は飽きたと愚痴るのに、今回だけは煉骨の方をとった。蛇骨以外の七人隊は、一致して名前の料理のが旨いと言うのに。
蛇骨はそれでも黙って箸を動かし続けた。
「名前か」
「蛮骨さん…どうされたのですか、眠れませんか?」
夜も更けた頃、名前は灯りの漏れる部屋を見つけた。それが蛮骨の部屋。彼女の影が障子に映ったのだろう、蛮骨はその影に向かって声をかけた。
「あー…少しな。…お前もか?」
「ええ、だから夜風に当たろうかと思って」
「ふーん。なら丁度いいや、話し相手になれ」
「いいですよ。あ、寝酒でも如何です?」
「気が利くな、頼むよ」
そうして数分後、名前はお盆に酒と少しのつまみを持ってやって来た。そしてお猪口を手にした蛮骨に酒を注ぐ。
そんな彼女はそれだけで男を酔わすような、遊郭の花魁ですら適わない雰囲気を演出していた。
「……………、あ…あー、そういやァよ、お前蛇骨の幼なじみとか言ってたな。アイツ、ガキの頃からもあんなだったのか?」
名前の雰囲気に魅せられ、思わず言葉をなくしていた蛮骨は、ようやく会話を引っ張り出した。別に気になっていたわけでもなかったが、手繰り寄せた内容がコレだった。
「そ、うですね。でも今の蛇骨さんの方が表情が明るいです」
昔の彼は、そんなではなかった。男なのに“男好き”という理由で村人の子供から大人、全員から好奇の目を向けられ、苛められていた。彼の表情は暗くて、いつも寂しそうな顔をしていた、と。
「…お前は違うのか?」
好奇な目を向けていた大人たちと。
名前はくすりと笑った。
「“気がついたら側にいた”
私にとって、男好きの蛇骨さんが当たり前だったんですよ」
彼は少し変わってるけど、それは彼の個性の一部。男は女を好きにならないといけない、なんて決まりはありません、と。
「蛇骨さんが、あんなに楽しそうに笑っているの、初めて見ました。…私といるときだっていつも怒ってるみたいだったのに。
きっと、蛮骨さんみたいなお仲間と出会えてから変わったんでしょうね」
少し、妬けます…と。
それを聞いた蛮骨もふ、と笑った。
「……そうか」
名前の軟らかくて耳障りの良い音色が鼓膜を揺らした。それは子守歌。会話を続けながらも、蛮骨は次第に夢の世界へと誘われていった…。
夢には…視界一杯に舞う桜吹雪と名前、の姿があったのだとか。
あれから何日過ぎただろう。
七人隊は次に進むでもなく、名前の家に滞在し続けた。特に理由はなかった。そして七人隊の誰一人もここを去ろう、とも言わなかった。まるで、桜の木の下で、花びらが散ってゆく儚さと美しさを永遠に見つめていたいとでも言うように。
「名前、洗濯物此処に置いとくぞ」
「ありがとうございます、蛮骨さん」
したくもない家事でも名前相手なら話が違う。蛮骨は大量の乾いた衣服類を縁側に置いた。名前は庭の花の手入れをしていた。ひとつ用事が済めば蛮骨も彼女のそばに行く。
「わ、蛮骨さん!それ抜いちゃダメ!」
「あ?…あー…悪い、雑草かと思った…。もう咲かなくなるのか?」
「大丈夫ですよ」
そう言い、芽を握る蛮骨の手を覆い、優しく拳を解いた。そして蛮骨の手を元あった土に誘導し、芽を埋めた。
「ほら、ね?」
「お…おう…!」
作業を続ける名前の傍らで人知れず頬を染める蛮骨。そこには戦国無双の傭兵の姿はいない。ただの、普通の男の人。
「けっ、よくもそんな面倒くせェこと続けられるな」
現れたのは蛇骨。
「楽しければ、いつまでだって続けられるよ」
蛇骨さんも一緒にどう?と言う名前に、誰がするか!と悪態をつく。
「ならどっか行け蛇骨!邪魔すんな!」
「ヤだよ、俺は蛮骨の兄貴といたいンだから」
蛇骨はがばっとしゃがんでいる蛮骨の背中に後ろからのしかかった。されど流石は首領、びくともしない。蛮骨はそんな蛇骨を鬱陶しいそうに手で払う。
それを見て、名前も笑った。
「ちッ、何が可笑しいンだよ?」
「いや、仲がいいなと思って」
「ッたりめーだろ?俺と蛮骨の兄貴だぜ」
「あら、私とは?」
「………………、ッるせーな!!おめェはそーいう奴いねェのかよ!?」
「…“ソーイウヤツ”?」
何を“どういう奴”と言うのかと聞き返せば、はっとしたような表情を見せた。その時、蛮骨にちょっかいを出すのも忘れて。
少しの間があって、“好きな、男”のことだよ!と言った。
「…もしかしてまだかよ!?
はッ、おめェこのままだと行き遅れっぞ」
「………そう、かもねぇ………」
名前は怒らなかった。むしろ、うっすらと笑みを浮かべた。…一瞬、悲しそうにも見えたけれど。
一言だけ言って黙る名前。その場の空気がぎこちなくなり、蛇骨はじょ、冗談だっつの…と冷や汗を浮かべた。
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