『……アリババ…くん?』
暫く眠気眼だった彼女の瞳は俺の姿を映し出せば途端に丸く小さくなっていく。悲鳴を上げたりはしなかったけれど、きっとかなり驚いただろう。それもそのはず。誰もが眠りに就く刻限に俺は彼女の…ナマエさんの部屋に忍びこんでいるのだから。
『何してるの?』
「…夜這いです」
『堂々と言うことじゃないでしょ、それ』
呆れたような溜息が澄んだ空気を震わす。それから間もなくして、部屋にほんのり柔らかな明かりが灯った。
『王たる器であるお方が夜這いだなんて、あまり感心はしないわね』
「シンドバッドさんは男なら夜這いぐらいする度胸がなきゃ駄目だって、宴の席で言ってましたよ?」
『真に受けちゃ駄目だって…。全くしょうがない人ね、シンドバッド王は。ジャーファルさんに叱ってもらわなきゃ』
ナマエさんの口からジャーファルさんの名が出る、ただそれだけのことがひどく苛立つ。この二人の間に何もなかったのならこれ程までに苛立つこともなかったのだろうか。
それにしても夜這いをしに来た俺を前にしてもナマエさんは大して危機感も持たない。それにもまた苛立ちを覚える。
何とかして彼女を振り向かせたい。その白い頬が赤く染まるところを見てみたい。そう思った俺はベッドに上り、そのまま彼女に覆い被さった。
『ちょっと、アリババくん!?』
「俺のこと、ちゃんと見てください。ガキ扱いしないでください」
『……どいて。大事にはしたくないの』
「それは俺を気遣ってのことですか?それともジャーファルさんを気にしてのことですか?」
『…っ』
彼女から息を呑む音が聞こえた。やっぱりナマエさんにとってジャーファルさんは特別な存在らしい。彼の名前を出しただけでここまで反応が違うのだから。
「知らねぇのかアリババ。ナマエとジャーファルさん、恋仲なんだぜ?」
「…え」
「まぁ宮中では顔合わせても仕事の話しかしねぇからな、あの二人は。知らない奴も多いか」
「その…いつからなんですか…?二人は…」
「結構長いよな、なぁピスティ」
「そうだねぇ。もう結婚しちゃえばいいのにー」
それは先日師匠とピスティさんと交わした会話の一部。そう、俺はナマエとジャーファルさんの関係を知っている。知った上でこんな行動を起こしたのだ。
『知ってるならどうして…』
「知ってるからこそですよ」
『…?』
「正攻法じゃ、俺のことを男として見てくれないでしょ」
『アリババくん…』
「俺は、何としてでもあなたに振り向いて欲しかった」
今までの俺なら夜這いなんてしようとも思わなかった。自分の汚い部分を曝してまで女を手に入れる必要性を感じなかったから。
でも、彼女は今までとは違う。どうしても彼女の心が欲しかった。初めて、ひとりの女にここまで本気になったんだ。なのに、そこまで好きになった人は既に他の男のもので。それにどうしようもなく苛立つ。やっぱりそれは俺がまだまだガキだからだろうか。あなたはこんな俺を笑うだろうか。
「ナマエさん。……ナマエ」
それでも俺は、欲しいものを手に入れるために背伸びをする。
「俺じゃ駄目ですか?」
真夜中哀歌
届かないと分かっていても
―――
年下のアリババくんに攻められたい…!←
2013/02/08 蓮