短編 | ナノ


 朝目が覚めて一番に視界に飛び込んでくる可愛い彼氏の可愛い寝顔。うん、言葉に出来ないくらい幸せだ。食べちゃいたいくらい可愛らしいこの寝顔がここ最近のわたしの一日の活力源である。でも彼はわたしだけのものではないので、たまには彼を緑射塔にある本来のお部屋にお返ししないとお友達が寂しがってしまう。分かってる。分かってはいるんだけど、やっぱりこの幸せを手放したくないわけで。大人気ないなぁなんて自分で自分が情けなくなりつつも、目の前の可愛い寝顔にまぁ大人気なくてもいっか…だなんて思ってしまう。

『アリババくん。アリババくん。』
「……ん、…んぅ…?」
『そろそろ起きて。朝だよ?』
「むにゃ……んー……」

 やばい、わたしの恋人天使だった。前々からそうなんじゃないかとは思ってたけど、まさか本当に天使だったとは。なんだ「むにゃ…」って。ほんとに食べちゃうぞ。なんて出来もしないことを心の中で呟いてみる。たまには年上らしくリードしなければとアリババくんの上に跨って誘惑してみたりするのだけれど、何故か最終的には彼が主導権を握ってしまうのだ。初めて体を重ねた夜、「俺初めてなんです」と顔を真っ赤にしてモジモジしてたあのアリババくんは一体何処へいってしまったというのか。彼がわたしと付き合うまで童貞だったというのも今となっては怪しいものである。

『まだ寝てたいのー?』
「んぁ…ねみィ…」
『仕方ないなぁ…わたし今から仕事行くけど、アリババくんちゃんと起きて自分の部屋に戻るんだよ?』

 眩しい金色の髪をわしゃわしゃと撫でて、起き上がるために体に力を込める。ああ、今日も腰が疼く。昨晩も初っ端から大分飛ばしてたし、アリババくんの体力には毎回驚かされる。若いなぁなんて思いつつ、それに比べてわたしは年をとったんだなぁって悲しくなった。これからは多くても一週間に二回ぐらいに抑えておかないとこんなんじゃ流石に体が持たない。
 軽くため息をつきながらベッドサイドの机上から白シャツを手に取った。シンドリアの官服が露出少なくて本当に助かった。白シャツもボタンをしっかり上まで止めれば鎖骨から胸まで点々と付けられたこの赤い痕も他人の目につくことはない。とは言えど政務官殿には既に勘付かれているようだが。あの人頭良すぎて怖い。そろそろ何処からかひょっこり現れて何か言ってくるんじゃないかと、毎日内心ビクビクしてたりする。

「ナマエさぁん…」
『うっ…あ!』

 突然手首を掴まれ引っ張られれば当然バランスを崩すわたしの体。ポスンと軽い音を立ててベッドに沈んだ体はそのままアリババくんの腕の中にすっぽりと収まって落ち着いた。

「行っちゃ嫌です…今日はこのままずっと俺の傍にいてください」
『だーめ。お姉さんは忙しいんです!』
「一日くらいサボったっていいじゃないですかぁ。明日からまた頑張れば…」
『そういう考え方が人間をどんどんダメにしていくんだよ』

 ほら離して、とおでこを軽く弾いてやると流石にシュンとして「分かりました」と小さく返事をする。その時一瞬、彼の頭に垂れ下がった犬の耳が見えた気がした。可愛いなこの野郎。つい手が伸びてよしよしと頭を撫でてやると、横から強く抱きつかれて頬にキスをされる。

「お仕事頑張ってきてください」
『ん。アリババくんも剣術の修行頑張ってね』
「はい。今日もナマエさんの顔を思い浮かべて頑張ります!」

 この子はわたしをどうしたいんだろうね、まったく。このあざとい言動にいつも萌え殺されそうになる。いつかほんとに殺されてしまうかもしれないとさえ思った。でもそれならそれでいい。天使みたいに愛らしくて愛おしい恋人の言葉で殺されるなんて贅沢じゃないか。
 やがて、部屋の外から廊下を渡る人の気配を感じ取る。皆部屋を出てそれぞれの仕事場へ向かっているのだろう。こちらもあまりのんびりとしてはいられない。仕事に行きたくない気持ちを必死に押し殺してだるい体を起こしていると、アリババくんはこれまたくぅーんと鳴き声をあげる子犬を連想させる表情でわたしを見つめてくる。

「今晩もここでナマエさんの帰りを待っててもいいですよね?」
『あ…あー…』
「どうしたんですか?」
『あのさぁアリババくん。今日は自分の部屋に戻ったら?』
「……え…」
『だってほら、キミの友達のアラジンくんやモルジアナちゃんが寂しがってると思うし。たまにならここに来てもいいけどさ、普段は…』

 それから先の言葉は声にならずに虚しく消えていった。アリババくんは目にうっすらと涙を浮かばせ、体を震わせている。それを見た瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。

『あ…アリババくん!?』
「やっぱり俺、下手でしたか?」
『は…、』
「ナマエさんに嫌な思いさせちゃいましたか!?」
『ちょっと待っ…』
「俺っ、ナマエさんが初めてで、その…どうしたら気持ちよくなってくれるのかとか全然分からなくて…。でもナマエさんすげえエロくて可愛いし、俺いつもそれで興奮しちまってガツガツ攻めてばっかで…」
『アリババくん!』

 やや大きめな声で名を呼ぶとやっと口を閉じてくれた。よかった。それ以上言われたら多分爆発していただろう。今だってきっとわたしの顔は真っ赤に染まってる。恥ずかしくてたまらない。顔を俯けてごにょごにょ口籠りながらどうすべきか必死に思考を巡らせていると、アリババくんが縋るようにわたしの名を呼ぶ。
 その瞬間、揺れていたわたしの心はひとつに決まった。

『なるべく早く仕事終わらせるように頑張るから…』
「え…?」
『ここで待ってて』

 寂しそうな表情を向けられて冷たく突き放すことなど出来るはずもない。結局はこうやって甘やかしてしまうのだ。でも嬉しそうに顔を綻ばせるアリババくんを見てると最早どうでもよくなってくる。わたしってダメな大人だよ、まったく。
 アリババくんは眩しい笑顔を浮かべて正面からわたしに抱き付いた。それはもう窒息しそうな勢いでぎゅうぎゅうと抱きしめられる。

「ずっと待ってます。大好きですナマエさん」
『わたしも、アリババくんのこと大好きだよ。だからアリババくんにいっぱい触れたいし触れられたいって思う』
「ナマエさん…」
『これからも今までと変わらずわたしを愛して…』

 その言葉の続きは彼の口内へと消えた。触れるだけの軽いキス。一度唇が離れたのち顎を持ち上げられ再び口づけられそうになったけれど、そこは人差し指で彼の唇を押さえて阻む。続きは仕事終わってからね。悪戯っぽく微笑んでそう言ったら、ふにゃんと笑って「楽しみにしてますね」だって。可愛いね、ほんと。

『じゃあ行ってくるね』
「あっ…ナマエさん!」
『ん?』
「今夜も可愛い声、いっぱい聞かせてくださいね?」

 そこにはもう可愛い天使はいない。
 今のアリババくんの表情は先程とは一転、情欲に塗れている。その眼差しは行為中に彼がわたしに向けているものと全く同じ。ドアノブに手を掛けた状態で固まったわたしはその時改めて思い知らされることになった。この子あざとい。しかしまさかこのままでわたしの気が収まるわけもなく。部屋から踏み出し扉を閉める直前、余裕な笑みとともに一言罵声を浴びせてやった。

『この小悪魔め…!』


お砂糖漬けの悪意
(その後、廊下で人目もはばからずひとり悶絶したのは言うまでもない)

2013/08/13
title by 誰花


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