短編 | ナノ


 トロスト区攻防戦の一件で、俺の身柄は調査兵団に移されることになった。しかし結局俺の寝床が地下室であることに変わりはない。毎晩就寝時間になると俺はこの地下室で手枷をつけられて眠ることになっている。悲しくないと言えば嘘になる。けれど仕方ない、巨人化できる俺は働き次第で人類の希望になれる。だが同時に人類の脅威にもなり得る。そんな曖昧な存在でしかないのだから。

『手首、痛かったら言ってね』
「はい」

 今晩俺に手枷を付けに来たのはナマエさんだった。彼女とちゃんと会話をするのはこれが初めてで、だからかは知らないけれど心臓の動きが妙に早い。目前にはナマエさんの綺麗な顔があって、目のやり場に困った俺は彼女の手元に視線を落とす。慣れない手つきで枷を扱う彼女の手は、兵士としては小さいものだった。

『エレンはさ、どうして調査兵団に入りたいと思ったの?』

 それはあまりにも唐突で、彼女の丸く大きい瞳の中に俺の動揺した顔がはっきりと映り込む。

『そんなに固くならないで。答え次第でどうこうってわけじゃないの』
「はぁ…」
『ほら、調査兵って常に死と隣り合わせじゃない?なのにどうしてここを選んだのかなって…』
「…それは、」

 俺が調査兵団に入りたいと思ったのは、実を言えば超大型巨人が故郷の壁を壊す前のこと。その理由については同期にさえ話したことはない。話す必要がないと思ったし、話したところで頭の可笑しいやつだと思われて終わりだ。だけどこの時、不思議なことにナマエさんになら話してもいいと思えた。

「昔から思ってたんです。いつか壁の外の世界を見てみたいって」
『…壁の外の世界?』
「知ってますか?壁の外には海っていう塩水で出来た広い水の領域があるんですよ」
『塩水って、そんなまさか…』
「本当ですって!氷の大地や炎の水だってあるんですよ!凄いと思いませんか?壁の外にはもっとデカい世界が…、」

 ポカンと口を開けるナマエさんを見てハッと我に返る。顔が熱くなったのはそれと同時のこと。

「え…えと…すみません…」
『今のエレン、すっごく目がキラキラしてた…かわい。』
「か…からかわないでくださいよ!」
『ゴメンゴメン!そんな表情見たの初めてだったから何だか嬉しくなっちゃって』

 屈託なく笑うナマエさんを見て、次第に俺の口元も自然に緩んでいく。初めてナマエさんを見掛けた時から思っていた、彼女は綺麗に笑う人だ。

『でもそっか。壁の外の世界を見るって、ちゃんとした目標があるからエレンはそんなにも強くいられるんだね』
「そんな、俺は強くなんてないですよ」
『強いよ。強すぎて逆に心配になる』

 ガチャン、金属音が広い地下室内に木霊する。俺の両手首には漸くいつもの枷が嵌められていた。

『だってエレン、誰にも涙を見せないから』
「…え、」
『わたし考えてみたの。もしわたしがあなたと同じ立場だったら…って。辛いなんて言葉じゃ言い表せない気持ちになった』

 俺の両手を握りながらそんな言葉を紡ぐ彼女の表情は一向に伺えなくて。ただ確かなのは彼女が俺の痛みを分かろうとしてくれてることだった。本当に嬉しかった。俺にはその気持ちだけで充分です。そう言ったら「子どもが遠慮なんてしないの」って怒られてしまう。

『無理だけはしないでね。辛かったら我慢なんてする必要ない。あなたにだって涙を流す権利はあるんだから』
「ナマエさん…」

 ナマエさんの小さな手は小刻みに震えていて。壊してしまわないよう、その手をそっと握り返す。

「泣かないでください」
『……泣いてない』
「嘘だ。肩震えてますよ?」
『……』
「ナマエさんって意外と泣き虫なんですね」
『泣き虫じゃないもん馬鹿…エレンが泣かないから、わたしが代わりに泣くの』

 あと意地っ張りなところも意外ですね。そんなこと言ったらまた怒られるだろうから言わないけど、堪らず笑みが零れてしまった。



 ナマエさん。もしもこの世に俺を理解してくれる人が一人もいなかったら、本当に一人ぼっちだったら、きっと耐えられなかったに違いない。でもそうじゃない。俺には仲間がいる。そして、俺のために泣いてくれるあなたという存在がいることが分かったから。だから俺はあなたが言うように強くいられる、だから俺は泣かなくて済むんじゃないかって。今じゃそう思うんです。


泣かない子ども

泣く大人

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