ラストラバー・ラスト | ナノ

unreachable stars

「まぁたそんな本読んでる」

 頭上からため息交じりの声が届いた。目線を上げると、ヒトよりずっと大きな双眸と視線がかち合う。その気怠そうな瞳を見て彼がわたしに対して抱いている感情を理解する。呆れだ。別に気にしない。いつものことだし、もう慣れた。

「僕にはこれっぽっちも理解できないねー。何で外界なんかに興味持っちゃったかな」

 わたしのたった一人の友人、ザガン。彼は人間が住まう外の世界が嫌いらしい。どんな経緯でそうなってしまったかは知らないが、わたしは逆に彼の考えが理解できなかった。ギラギラと無駄に輝かしいだけのこの宝物庫に閉じこもって一体何が楽しいのだろうか。
 ふと周囲を見渡せばそこには空飛ぶ絨毯やお酒の湧き出る杯などの魔法道具が、そして至る所に金銀財宝がゴロゴロと転がっている。ほとほと見飽きた光景だ。

『ザガンもこの本読んでみてよ。そしたら絶対外の世界に行きたいって思うから!』
「有り得ないね。大っ嫌いな人間の住む世界なんてぜーんぜん興味ないもん」
『……』

 諦めた。もう何も言うまい。ベーッと舌を出すザガンに対して冷ややかな視線だけを送り、再び本と向き合う。
 一枚、また一枚。ページを捲る度に笑みが零れていく。エメラルドグリーンの海やその日の気分によって色を変える空、火山に砂漠に氷山。その本に書かれていること全てが魅力的だった。最後のページに描かれていた絵なんか特にそうだ。沢山の草花に囲まれて微笑み合う二人の男女の絵と『恋人』という見出し。素敵…だなんて、小さな笑みを漏らした。

「そんなの読んだって虚しくなるだけじゃないの?」

 本に添えていた手が一度だけ大きく震える。

「どれだけ夢見たってここから出られやしないのに」
『……』
「分かっているかいリデル、君は…」
『言わないで、分かってる』

 ちゃんと分かってるから。笑顔ながらにそう答えたわたしから彼は目を逸らした。


 わたしは、人間ではない。大地と生命のジン、ザガンによって生み出された、言わば迷宮生物である。マギによってこの迷宮が創り出された時、彼はわたしを作った。所詮宝物庫から出ることのできない彼の話し相手をするためだけに作られた存在だ。迷宮にやってきた人間と戦うことはない。だからわたしは日がな一日をザガンと話をしたり、外界の本を読んだりして過ごした。その結果がこれだ。わたしは外の世界に強い憧れを抱くようになった。ザガンにとっても予想外のことであったに違いない。
 だけど迷宮生物は迷宮内で生きるが運命。わたしがここから出ることは一生ないだろう。叶わない夢を抱き続ける、この苦しみから解放される時。それは王の器が迷宮を訪れ、攻略した時だ。


「そろそろ時間だ、リデル」

 その時は、思っていたよりもずっと早くにやってきた。

「もうじきこの宝物庫に人間がやってくる。僕が王を定めれば、迷宮は消滅するだろう」

 意味を、理解する。彼は言いたいのだ。わたしが生きていられる時はあと僅かなのだと。

『そっか…結構早かったね…』
「…ごめんよ、リデル」
『どうして謝るの?』
「僕の勝手な我が儘で君に辛い思いをさせてしまったね」

 卑怯だ。別れ際にそんな顔で、そんなことを言うなんて。目頭が熱くなるのを感じて咄嗟に顔を俯ける。

『やめてよ。そんな言葉、あなたにはちっとも似つかわしくない』
「…そうだね。ごめん」
『それよりも聞かせて?どんな人なの?あなたが王と見込んだ人は。どうせもう決めてあるんでしょ?』
「それがさー…男の癖にすぐに泣き出しちゃう泣き虫くんなんだよねー。まぁ、僕の力と相性が良いから仕方なく選んだってところかな」
『あまり苛めちゃダメだよ?』
「どうかなァ…これからは君を苛められなくなるからね。代わりにそいつを苛めて楽しむことにしようかな」
『あなた意地悪ね』
「フン、今更だろう?」

 わたし達の間に自然な笑みが生まれた。よかった、ちゃんと笑顔でお別れができて。

『さよなら、ザガン。元気でね』
「うん。ありがとう、リデル」

 わたしの頭を優しく撫でたのを最後に彼は居るべき場所に戻っていった。途端静まり返った宝物庫。ここに人間が来る前にわたしもどこかに身を隠さなければ。初めて目にする人間とお話をしてみたいけれど、そしたらきっと未練が生まれてしまう。彼らが住まう世界を一目見たいだなんて叶わない願いをより一層強めてしまう。虚しくなるような行動は止そう。本を閉じてため息交じりに笑みを零した。

2013.07.06

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