同じ空の下で | ナノ




「父親のことな、薄々気付いてたよ」
『…え』
「何度かおめぇの家に行っても父親の姿だけは見なかったから。おめぇを苦しめてるものが何かあるなら、そのせいじゃねぇかって」


漸く涙も枯れ果てた頃、蛮骨は今だあたしを腕の中に収めたままそう語った。

彼の口から紡がれたのは想定外の言葉。最初は驚きで声すら出せなかった。まさか蛮骨に気付かれていたとは露ほど思わなかったから。


『そ…そっか、流石首領は違うね!洞察力が長けてるっていうかさ』
「首領だとか、そんなことは関係ねぇ」
『えっ…?』
「難しい話じゃねぇよ。ただ単に、ずっと見てたからだ。おめぇのことを」


蛮骨の発した低音が鼓膜を震わせた刹那、全身が甘く痺れるような、そんな感覚に陥った。
その言葉が暗示する意味を理解しようと頭を必死で働かせるも、中々納得するような答えにはたどり着けない。


「気付けば寝ても覚めてもおめぇのことばっか。この俺が…ったく、かっこ悪ィったらありゃしねぇ」
『え……えっ?』
「ここまで言わせといてまだ気付かねぇのか?」


この鈍感。
最後に付け加えられたその一言に思わずムッと顔をしかめる。
あたしだってもどかしいのだ。


『ちゃんと言ってくんなきゃ分かんないよ』
「……分かった、しっかり聞けよ」


漸く腕の中から解放されたかと思えば、両肩をがっちり掴まれる。
彼の強い瞳があたしを捉えた。


「俺は…」
『うん』
「ゴホッゴホッ!!」



…うん?

何ともわざとらしい咳払いが傍らで聞こえ、あたしたちは互いに目をぱちくりとさせた。視線を移動させれば、バツの悪そうな顔をした蛇骨がそこにいる。
いつからいたのかは分からないが、本当タイミングが良いと言うか悪いと言うか…いやこの場合は多分悪いのだろう。何てったって見る見る蛮骨の顔が怖くなっていくのだ。



「話を中断させて悪ィけど、そろそろ行こうって……れっ煉骨の兄貴が!」
「おい人を巻き込むな、ンなこと言ってねぇぞ」
『蛇骨、あ…あの、さっきはごめ…』
「おめぇも早く支度しろよ。行くんだろ?瑞稀を送り届けに」


殆ど口から出かけていた「ごめん」の三文字は彼の意外な言葉のせいで半端に途切れた。つい先程まで反対していた蛇骨が清々しいくらいに考えを変えた、そのことが不思議でたまらない。


『どうして…、だってさっきまで』
「俺にも分かるから。顔も知らねぇ親のことをふと思い出した時、辛くて悲しくて会いたくなる、その気持ちがよ」
『蛇骨…』
「おめぇのこと、全て知ったつもりでいた。だけどそうじゃなかった」


さっきはごめん。項を垂れて呟く蛇骨にあたしは首を横に振る。


『謝ることないよ。蛇骨の言ったことは正しいんだから』
「けど、おめぇ」
『勘違いしないで、あたしは不幸じゃないんだよ。完全体じゃないけど家族がいるし、みんながいる。それで充分じゃない』
「……それで言ったら俺だって。俺の傍には大兄貴達がいる、おめぇがいる。そうだろ?」


蛇骨は柔らかく微笑んだ。

返す答えは一つしかない。最早言葉は不要に思え、あたしは静かに笑顔を返す。
勿論だよ、その言葉を笑顔に乗せて。






「じゃあ、行くか。…と言いてぇところだが。その前に蛇骨、てめぇ一発殴らせろ」
「何で!?」


漸く不穏は取り除かれたというのに、早速喧嘩(というより最早じゃれ合い)を始める二人。
その傍らで呆れつつも笑みを零せば、みんなが笑った。




捨テラレタンダヨ


あたしを苦しめ続けたあの声は、もう聞こえない。




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