桜色の約束 | ナノ


十五年という失われた空白の時を経て目を覚ました私の前には無論、あの人の姿はなかった。代わりに私の前に現れたのは奇妙な旅の集団、犬夜叉一行。彼らは不思議だ。四魂の玉が再びこの世に出でた理由から奈落との因縁まで包み隠さず話してくれた。彼らの目に映る私はきっと得体の知れない化け物に違いない。なのに、どうしてこれほどにまで親切にしてくれるのだろうか。その理由が全くもって分からなかった。

『主らは私が怖くはないのか?』
「え、どうして?」
『どうしてって……!』

問い掛けたのはこちらの方であるのに何故か逆に質問され、言葉に詰まってしまう。だが、その時すぐに気付いたのだ。今、私とかごめが交わした会話が奇しくも昔、「彼」と交わした会話と酷似していたことに。


『アンタ私が怖くないの?』
「あ?何でだよ」



それは幼少時、「彼」と出会って交わした言葉。今でも鮮明に覚えている。まるで昨日のことのように…。

『…私は、半妖だぞ』
「半妖だとか妖怪だとか、そんなことは関係ないわよ」

相変わらず曇りなき笑顔でそう言葉を紡いでは、続けて隣にいた犬夜叉に対しても「ね!」と笑いかける。一方で愛らしい笑顔を向けられた犬夜叉は「けっ」と無愛想な声を漏らしながらも、その頬に紅が浮かべていた。

『…そうか』

そんなものは所詮、偽善者の戯言だろう?
温かな笑顔に囲まれながらもこんな卑屈なことを考えてしまう、こんな自分はやっぱり嫌いだ。



戸惑う淵に於て




奈落の話題を終えた後も、私は暫く犬夜叉らと共に身を置いていた。
粗方必要な情報を手に入れればこの場を後にするつもりでいたのだが、目覚めたばかりだから、とかごめが機転を利かせてくれたこともあり体力が回復するまで居座ることにしたのだが。

『……』

それは突然の事。頬がチクリと地味に痛み、叩けば平たい物がひらりと落ちてくる。「それ」は地面に落ちると同時に膨らみ、やがて本来の姿を見せた。

『冥加じい?』
「お久しゅうございます、葵様ー!」
『寄るな』
「あ゙ぁっ!」

飛び付こうとしてきたものだから、条件反射で手が出た。小さな体を手の平で掬い上げ、そのまま地面に付けばブチリと嫌な音がたつ。


「ひ…酷いっ!久々の再会なのにあんまりではありませんか!」
『煩い。お前のことなどとうに記憶から消し去ったわ』
「あら、二人とも知り合いなの?」
「おお、そうじゃ。昔、葵様のお世話を承ったことがあっての」
『……』


はて。お世話になった、の間違いではなかろうか。出来る限り記憶を遡ってみても、この蚤爺に世話になったという記憶は一つも存在しない。代わりに多大な迷惑をかけられたこと、力を借りたい時に姿を晦まされたこと、などロクでもない思い出ばかりがありありと目に浮かぶ。


「な、何ですかその目は!葵様、この冥加がお世話をしたこと、覚えていらっしゃらないので!?」
『残念ながらお前とはいい思い出がない』
「んなっ!?」


額に冷や汗を浮かべて目を泳がせる、そんな冥加を見てやはり私の記憶違いではなかったと悟る。また今のやり取りを経て、犬夜叉の冥加へ送る視線が一層冷やかになったことから、今でも相変わらずなのだろう。


『しかし、意外だな。主らも冥加と知り合いだったか』
「知らねぇよ、こんな蚤糞じじい」
「い…犬夜叉様ァ〜!」


不機嫌さを露にする犬夜叉と、涙を目一杯に溜める冥加と。決して主従関係が良いとは言えない二人を見て、漸く私は一息をつく。
冥加は確かに頼りにこそならないがその人脈は広く、しかも信用に値する者と関係を持つ。そんな冥加が敬う相手ならば少しばかり気を許してもいいだろうと思ったのだ。


だが、実際気を緩めることをできたのもほんの僅かの間。


『…!』


ふと感じた妙な胸騒ぎに全身の神経が研ぎ澄まされる。
この様な気配を覚えたのは初めてではない。覚醒時、又はかごめが懐に四魂のかけらを隠し持っていた時にも同じ気配を感じ取ったのだ。つまり、この何とも言えぬ胸騒ぎは四魂の玉によって引き起これている。それは即座に理解出来る。
何故自分がこのような気配を感じ取れるのか。気にはなるが、そんな疑問も何処かへと飛んで行ってしまう程、今は動揺の方が勝っていた。何しろその気配はこちらに近付いているのだ。段々、なんてものではない。その速さは凄まじく、気配も平行して強くなる。


「あら、この気配は…」


かごめも同じ気配を感じ取ったのだろう。ただ彼女はその気配の主を心得ているようで、動揺している素振りは一切見せない。また気配が近づいてくると何故か犬夜叉が苛立ち始め、それを見た一行は皆「またか」と息を漏らした。どうやら“超速の気配”を持つその人物のことを知らないのは私だけのようだ。


「今度こそケリつけてやらぁ!」
『……』


険悪な顔つきで殺伐とした空気をまき散らす犬夜叉。当然ながらその被害は私にも及んでいるわけで。ギスギスした雰囲気をすぐ傍で感じながら、これは厄介なことが起こりそうだと、心中で深い深い溜息を漏らすのだった。


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