ある穏やかな午後のことだった。
村の田んぼに沿って歩く若者四人と子ども一人、猫一匹の姿が見られる。見たところどうやら長旅中の集団のよう。だが、何とも奇妙な組み合わせだった。ある者は犬耳を生やした半妖。ある者は奇妙な着物を纏った人間の女。後ろには法師と退治屋の女。小妖怪まで見受けられる。
「かごめ、四魂のかけらの気配はねぇか?」
中でも先頭を歩く男、犬夜叉は振り返って尋ねる。一方尋ねられた女、かごめは頬を膨らませた。
「やっと村に着いたっていうのにせかさないでよ!」
「ケッ、俺達は遊びで旅してるんじゃねーぞ!奈落より先に四魂のかけら集めなきゃなんねーのに」
「まぁまぁ、この辺には少し邪気が感じられますし。あっ!あの娘さんに話を」
法師弥勒は向かいから歩いてくる娘を見て目を輝かせる。するとすかさず隣にいた退治屋珊瑚は弥勒に睨みを利かせた。
「…行きますか」
瞬時ぶるりと背筋を震わせるも、数秒後には何事もなかったように歩き出す。そんな弥勒を見て、一行はやれやれと溜息をつくのだった。
これが彼らの日常。今日も穏やかな雰囲気のまま、一日を終えるのだろう。誰もがそう思っていた。だが、その時。
「……!」
何かを感じ取ったのか、突如顔付きを変えた犬夜叉。
空には無数の妖怪。群れを作り飛んでいるその異行を見て、弥勒は眉を潜めた。
「あの様子、何処に向かっているのか?」
「どうする、追う?」
「行くっきゃねーだろ!かごめ、ぼさっとすんな!」
「う…うん」
かごめは慌てて犬夜叉の背中に乗る。その後ろで変化した猫又妖怪に珊瑚と弥勒が跨がった。
「よっしゃ、行くぞ!」
あとは引き金だけ
妖怪を追って森の中へ入った犬夜叉一行。奥へと進んで行くと、拓けた場所へとたどり着いた。そこには立派な滝も存在し、澄んだ空気が一帯を包み込む。
「どうやらここが森の中心部のようですな」
「妖怪はどこに行ったんだよ!いねぇじゃねぇか!」
「い…犬夜叉!後ろを見るんじゃ!」
一早く妖怪の気配を感じ取った七宝は怯えた声をあげる。見れば、先程とは違う妖怪がこちらに来ていた。
「来やがったな!」
「待て、犬夜叉!何だか様子がおかしい」
弥勒の言う通りだった。妖怪はこちらに目もくれず、滝壺へと向かって行く。そしてそのまま滝壺へ飛び込み、一瞬にして消えてしまった。
「浄化、されたようですね」
「あの滝壺の中に何かあるのかしら」
不審に思った一行は妖怪が浄化された滝壺へと近づき、覗き込んだ。
刹那、息を呑む。何とそこには巫女の姿があったのだ。紺青色の艶やかな髪を水中に揺らめかせ、死んだように眠っている。
「…巫女?」
「どうしてこのような所に巫女様が」
それぞれが顔を見合わせ動揺する中、かごめは巫女の表情に気を取られていた。眠っているにも関わらず、その表情は悲しげに思えてならない。見れば見るほど、その巫女に引き込まれて行く。遂には巫女が眠る滝壺の水に手を触れようとした、その時だった。
「誰かと思えばまた貴様らか」
突如、木霊したその声に背筋が凍る思いがした。振り返った先には、犬夜叉達が今まで必死に追い続けてきた憎き宿敵の姿があったのだ。
「奈落!」
「何故貴様がここに!?」
「勘違いするなよ、貴様らには用はない。わしはその巫女を殺しに来たのだ」
「何だと!?」
今、目の前で佇んでいる奈落は本物ではなく傀儡。口に出さずとも皆、気付いていた。
ただ傀儡を使ってまで巫女を殺しに来る、その理由が分からない。困惑する一行に対し、奈落は己が纏う狒々の皮から触手を繰り出した。
「今度ばかりは貴様らに邪魔はさせぬ」
「!!」
触手は巫女が眠る滝壺の中へと伸びていく。それを見た犬夜叉はすぐさま刀を鞘から抜き、触手を切り落とした。
「この女が何者かは知らねぇが、思い通りにはさせねぇぞ!」
「クッ…犬夜叉!」
狒々の皮に隠れて表情は読めないが、声の調子からよほど苛立っているらしい。
それに気付いたかごめはゆっくり滝壺に近づく。
「かごめ、その封印は容易く解けぬぞ。その巫女は十五年間もそこで眠り続けているのだからな」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない」
そう、五十年眠り続けた犬夜叉だって目覚めたんだ。この女の人もきっと…!
かごめは絶対の自信を持って、水面へと手を伸ばした。