桜色の約束 | ナノ


かけらの気配を頼りに走ること暫く、城が見えてきた。
火薬の匂いが嗅覚を刺激する。何よりこの辺りから足軽の死体が見られるようになってきた。恐らく負傷しながらも必死に逃げたが、ここで力尽きたのだろう。死体を見つける度に目を伏せずにはいられない。
だが、城に辿り着くとこんなもんじゃなかった。辺り一面が血、そして数え切れない程に溢れかえった死体。死体など決して珍しい光景ではないが、武士でもない限りこれだけの数を一度に目にすることはない。目の前に広がる惨劇に言葉を失った。しかし、このような状態であっても未だ刃と刃が交わる音が本丸から響く。その音に目を覚まされ、本丸へと急いだ。

死体の山を飛び越え正門に立つ。その場に皆はいた。左を向けば鋼牙と煉骨が、右を向けば弥勒と睡骨、そして珊瑚と蛇骨がそれぞれ戦っている。
そして正面に見えるのは犬夜叉の背中。この角度からでは彼が手合わせしている相手の顔が分からない。ただ犬夜叉の持つ刀も相当大振りなものだが今その刀と交わっている鉾も負けず劣らず巨大で、犬夜叉の物と同じか又はそれ以上だと思えた。

生唾を呑む。
事実が明るみに出る、その瞬間はすぐそこに…。



ガキン、大きな金属音が響き渡った。

同時に犬夜叉は刀ごと振り払われ、当然の如く私の前に一人の男が現れる。


『…っ!』


彼の顔を一度たりとも忘れたことはない。

揺れる長い三つ編みと、
日に焼けた褐色の肌と、
何もかもがあの時のまま。

『蛮骨…』

自分ですら聞き取れないような声でその名を口にした時、蛮骨は犬夜叉に注いでいた殺気を含んだ視線を一瞬こちらに向けた。

途端、蛮骨から表情が消える。驚いたというより目の前にあるものが信じられない。そんな顔をして、こちらを見つめていた。
もしかしたら今の自分も彼と同じ顔をしているのかもしれない。瞬きをするのも忘れてひたすら彼を見つめる。本当なら周りで鳴り響いているであろう爆音もほとんど耳に入ってこない。まるで時が止まったような錯覚に陥った。
だが、その錯覚も男のある一声でものの簡単に解かれてしまう。風の傷、その叫び声とともに最愛の男の姿は金色の光の中に消えた。



犬夜叉による「風の傷」の威力は凄まじいものだった。背後の建物までもが跡形なく吹き飛んでしまい、後には地面に残った深い爪痕と傷がついた大鉾のみ。

「大兄貴!」

何処からか聞こえる蛇骨の声を耳にしながらも、私はただその場に立ち尽くすだけだった。あまりにも大きな衝撃が重なり、未だ事態が飲み込めない。

「へっ、どうでい!」

私と蛮骨の関係など知るはずもない犬夜叉は余裕の笑みを浮かべる。


だがその時、大鉾の後ろから手が見えた。
次に現れ出たのは蛮骨。あれだけ大きな攻撃をまともに受けたにも関わらず、彼は無傷だった。
唖然とする犬夜叉達に対し、蛮骨は傷がついた大鉾を担いで私を真っすぐ見つめる。その時の表情は怒りでも悲しみでもない。かと言って喜びであるはずもない。「無表情」、その言葉が今の彼に一番似合っていた。だからこそ、怖かった。一体何を思って何を考えているのか、それが全く分からなくて。それでも、とにかく口を開こうと思った。真実を聞きたいと思った。

だが、それはどこからともなく現れた無気味な虫によって遮られる。羽音を立てながら飛び回るその虫から何らかの伝令を受けたようで、蛮骨は私から目を逸らして犬夜叉の方へ向き直った。

「おう、犬夜叉!今日はここまでだ」
「なっ…ふざけんな!」

首領の言葉に次々と銀骨に乗り込む七人隊の面々。犬夜叉の攻撃を適当にあしらうと、蛮骨も退散の準備を始める。


私に背を向けて、一言も言葉を交わすこともなく、去っていく。
その背中を見た時、私の中で何かが弾けた。

『蛮骨!』

無意識だった。出したこともない大声を張り上げて、蛮骨に向けて弓矢を構える。
その行動にほとんどの者が驚いた。犬夜叉達も、蛇骨も…。ただ彼だけは立ち止まっても、こちらを向くことをしない。私はその背中に全てをぶつけた。

『何故お前がここにいる!何故奈落の手先に堕ちた!何故…、』

―死人なんだ…。

蛮骨の首には三つの四魂のかけらが黒く光る。そして蛮骨の時はあの頃から止まったまま。つまり彼が死人だという事実を指し示していた。

蛮骨さえ生きてくれればもうそれだけでいい。十五年前のあの日、最後にそう思って奈落に命を差し出した。なのにあの想いは結局は無駄だったのか。


「おめぇがそんな必死になるなんざ珍しいじゃねぇか」

ようやく蛮骨は口を開き、こちらを向いた。鋭い眼光はさながら刃のようで、弓矢を手に持っていながらも怯まずにはいられない。

「それは昔馴染みの情からくるモンか?」
『…何?』
「興が冷めた、そう言って俺の前から去っていったんだ。そんなお前が今更俺のことを気に掛ける理由がどこにある」
『…何を、言っているんだ?』

私がぶつけた質問に対し、彼が答えたのは予想すらしない言葉。彼が何を言っているのか、全くもって理解出来なかった。蛮骨に向かってそんなことを言った覚えはない。そもそもあの時の自分は蛮骨と一緒になることを心より願っていた。自分から彼のもとを去る訳がない。考えれば考えるほど混乱する。蛮骨の後ろには蛇骨の姿もあり、何処か悲しげに見えるその表情をみた時、あの言葉が頭の中に浮かんだ。

「昔のこと、忘れたとは言わせねぇ!」

それは蛇骨と再会した時、彼に言われた言葉。
あの時も不思議に思ったが、今蛮骨に言われた言葉で確信した。

―自分の知らないところで何かが起きている…。

「あの頃の俺とは違う」

蛮骨は銀骨に乗り込むと、最後にそう言った。その表情は何処か悲しく儚げなものに思えてならなかった。

「ま…待ちやがれ!」

蛮骨を乗せた銀骨は急発進する。それを止めようと犬夜叉は走り出すが、銀骨から発射された砲弾により足止めされた。その間に銀骨は城壁を崩し、猛威の速さで城から離れていく。すかさず犬夜叉達はその後を追うが、私だけは未だその場に立ち尽くしたまま。
結局、彼が去っていくのを見つめることしかできなかったのだ。


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